Fの階チラシ_1120表

なにごともなかったかのように再び始まるまで(7人70分)

Fの階上演台本 脚本:久野那美

2019年3月22日~25日 

神戸アートビレッジセンター KAVCシアター及び地下フロアにて上演

公演アーカイブはこちら→ http://floor.d.dooo.jp/f/

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登場人物(出演者名)
A 映画館を語る女 藤谷以優
B 映画を語る男 佐々木峻一(努力クラブ)
G 映画を映す男 練間沙 
C なんでも説明する男 七井悠(劇団飛び道具)
D 深く考える男 三田村啓示
E 最後に席を立つ女 イトウエリ(空の駅舎)
F 案内する女 プリン松

    

地下にあるミニシアター映画館。休憩が終わり、もうすぐ次の上映が始まるのだろう。ロビーに出ていた客が戻り、客席が少しずつ埋まり始める。

F 改めまして、ご来場のお客さまにお願いがございます。携帯電話は音が鳴らないように設定して頂くか、電源からお切り下さい。
火事や地震などの有事の際は係の者が安全に誘導いたします。その時は、指示に従ってください。
この後客席は再び暗くなります。
客席が暗い間は、声を出したり声以外の音を出したり立ち上がったり座ったまま激しく動いたりなさらないようご協力お願いいたします。
正面以外をご覧になりたい時は、立ちあがらず、
座ったまま腰から上の身体の向きだけを変えるようにしてください。外に出たくなったときは後ろの扉から静かに退出してください。
遅れてこられるお客様は、他のお客様に気づかれないように静かに席についてください。
終了までまだまだ先は長いです。休憩中はロビーにて、飲み物や食べ物を補給してください。
本日は、「当映画館10周年記念企画、春のWAKUWAKU映画まつり」にご来場いただきましてありがとうございます。当館選りすぐりのラインナップを、明日の朝までごゆっくりお楽しみ下さい。
もうまもなく、3本目「アメイジング・スペース」の上映が始まります。みなさまお席にお座り下さい。

映画が始まった。スクリーンに映し出される映像。

オープニングに流れる字幕。

"よく、物をなくす子供だった。

探しても探しても、みつからずに泣いている私に

母は、もっとよく探しなさいとは言わなかった。

「探しても見つからないものはある。でも、

探さなかったものが見つかることもある」と言った。

それには、いつ、どこで出会えるのだろう"


見入る観客。ポップコーンを食べる音。すすり泣き、笑い声…

映画は進行する。

やがてエンドロールが流れ始める。
遅れてきた客がひとり、静かに通路際の座席に座る。

突然奇妙な音と共にスクリーンに閃光が走る…
一瞬のざわめきの後、館内は暗闇と静寂の中に沈み込む。何が起こったのかわからない。
映写機の事故だろうか?
暗い。そして静まり返っている。
どうやら皆眠っているのだ。
起きている者もいるのかもしれないが、暗いのでわからない。深い眠りの中で、各々が夢を見ている。
…と思いきや、席を立ち、あたりを見回す者がいる。(B)
何かに誘い出されるように立ち上がり、スクリーンの方へ踏み出す。
暗闇の中、小さなあかりがついた。反対側の通路際の後ろの座席からAが懐中電灯で照らしている。Aの持つ灯りがBの姿を追う。

A 誰。
B え?!誰が誰?
A 有事の際に安全に誘導してくれる係の人?
B 違います。
A ・・・動かないで。
B はい。
A 何してるんですか?
B 僕は、映画を観ていたんです。
A 映画を観ていた?
B 映画を観ていたら、突然こんなことになって…

双方用心して様子をうかがっている

A (しばらく考えて)…「オープンザドアー」
B え?…(意味が分からない)

A 「大法螺の鳴る丘」
B ん?! (手で腿の外側をたたく)
A あっ! (あとずさる)…… 「アメイジング・スぺース」_
B う………煙の見える窓!
A んん…「インターミッションコンプリート完結編」
B (不敵な笑み) ひらめきのV
A な…っ!…「レフトオーバー・フッテージ」
B うううっ!(あとずさる)(翻って不敵な笑み)…「Xからの手紙」!!
A え?………………午前3時のメール?
B あ……(力尽きる)

A (体制を整える)素早い回答。あなたは、映画ファン…?
B そうです!
A つまり映画を見に来た人?
B そうです!映画館なんで。
A テロリストとか銀行強盗とかではなく?
B …映画館なんで。
A 有事の際に誘導してくれる係の人でもなく?
B 僕は!映画を!見ていたんです!
なんでこのタイミングで中断するんですか。途中で止めたらフィルムが痛むじゃないですか。
A 誰かがわざと止めたんですか?
B いや…それはわからないですけど

  B、暗い中で状況を把握しようとあちこち触る。

B 停電?でもあそこ(映写室)灯りついてますよね…(いろいろいじっている)

 暗い中少しずつ目が慣れてくる

B 誰も来ませんね。映画館でこの状況、充分有事ですよね?
A 映画館よく来るんですか?
B この映画館は初めてです。映画好(ず)きなんで、映画館にはよく。
A 映画好(ず)きなんですか。
B はい。
A  「10周年記念企画、春のWAKUWAKU映画まつり」6本とも、全部見たことがあるんですか?
B 映画好きなんで。どれもいい映画です。僕は…
A 私、映画は良く知らなくて。
B えええ?
A あんまり(興味なくて)
B え?…映画館…あんまり来ないですか?
A 映画館はよく来ます!
B ?
A 映画は、まあ、あったら見る程度です。
B (意味がわからない…)だいたいはあるでしょうね。映画館なんで。でもさっき…(正確にタイトルを…)
A タイトルは全部プログラムに書いてあったので。
B ああ…
A 見たことがあるのもあります。
B ?
A 『アメイジング・スペース』は十年前にこの映画館で見ました。「オープニング企画秋のD0KID0KI映画まつり」もうひとつは…
B この映画館、企画の内容は悪くないんですけどネーミングセンスが残念です
A そうですか?
B そうですよ。よくこれで客が集まるなと…(客席を観る)
B ああああああああああ!
A え?!
B ああああああああああ!これはもしかして。
A …ん?
B もしかしてこれはあれじゃなくてあれなんじゃないですかね。
A もしかしてこれはあれじゃなくてあれ?
B ほらあの…ほら…いやまさか、いやまさかまさか…いやだけど…(嬉しそう)
A ?
B ここ、映画館ですもんね。いるんですよ。やっぱり。
A 映画館に誰がいるんですか?
B それはもう…映画館ですから、映画館の霊…的な…
A 映画館の霊 的な…?
B いわゆる、幽霊。これきっと、シアターガイストですね。
A シアターガイスト。いろいろ動かすやつですか?でもいろいろ動いてないです。止まってます。
B いろいろ動かす奴はまた別なんです。それとはちょっと違う。まあ似てますけどちょっと違うんです。(嬉しそう)
A …?
B シアターガイストは映画館で起きる心霊現象です。映画好きの間ではちょっと有名なんですけどね。(知らないんですか?)
A これがシアターガイスト。あんまり怖い感じじゃないですね。
B 心霊現象は別に人を怖がらせるのが目的じゃないですからね。
A 幽霊のせいでこうなってるんですか?
B 映画の上映中に起こるんです。さっきみたいにふっと突然映画が止まって、真っ暗になって、立ち会ったひとはみんな眠り込んでしまう。その時のことは後から全く思い出せないらしいんです。変な夢を見ていたっていうんです。
A 変な夢を見ていた…
B いやあ…ただの都市伝説だと思ってたんですけどね…
A わたし経験したことないです。
B 大丈夫です。ひとりが二回も経験することは都市伝説とは言わないです。事件です。映画の中では……
A (無視して続ける)この状況ってつまり犯罪的な事件的なやつではなく、幽霊的な都市伝説的なやつってことですか?
B (得意げに)事件とか犯罪だったら、そろそろ次の段階に進んでるはずだと思うんです。
A 次の段階。
B でも次に何かが起こる気配がない。(あたりを見回す)
A Bを見ている
B 耳を澄ますと、壁の奥からカーンカーンどどどどどどとかいう音が響いてきて、
だんだんこっちに近づいてくる…
A !!
B わけでもない。
A え?…
B やがてばーん、てそこの壁が崩れて向こうから集団で突入してくる…
A !!
B わけでもない。
A え?…
B…全員壁に向かって手を頭の後ろに組め!
A !!
B とかいうわけでもない。
耳をすまして聞こえてくるのは、(耳をすます)…寝息だけです。
A (客席を見渡す)ほんとに眠ってるんですか?
B 眠ってます。
  
A、耳をすまして客席を見回す。
観客はみんな眠っている。ような気がする。

A  目をあけてる人も…?
B  眠ってます。
A 寝言言ったり笑ったりしてるひとも……
B 眠ってます。いろんな眠り方があるんです。
A これがシアターガイスト!死んだりはしないんですか?
B 死んだりはしません。眠るだけです。これはそういう種類の心霊現象なんです。
A (なるほど。うなづく) あれ!?…でも。
B ん?!
A 私達……起きてます。
B …!そうですね。
A 眠った方がいいんでしょうか?でも自分から普通に眠るのでは心霊現象になりませんね。
B それは睡眠ですね。
A もしかして実は眠ってるんでしょうか?
C (客席から突然割り込む)スクリーンを見てなかったんじゃないですか?
B わー。ええええ?
A (驚くけど)なるほど。ん?
B …なんで見てなかったんですか?
A (聞いてない)スクリーンに何か秘密があるんですか?
C スクリーンじゃなくて、フィルムの方です。秘密じゃなくて原因です。
A・B …??
C フィルムの細い裂け目に埃が入って音と映像が急に止まることで科学現象が起こるんです。
B …?!
C 音の環境が一定の条件に整った場所で、想定外の特定の周波数の音が急に鳴り響いたときに、スピーカーがひずんで一瞬音が拡散します。それが壁にあたって客席の方へ跳ね返される…でも客席には人がいますから、一部の音はそこに吸収される。と同時に予測してなかった強烈な光が目に飛び込んでくる…スクリーンに映ってしまったフィルムの端の影が規則的なテンポでチラチラ揺れる……それらが合わさって、人間の脳波に影響を及ぼすんです
A 聞いてる限りすごく体に悪そうですけど…
C ふふふふ。(手で腿の外側をたたく)不思議とそうでもないんです。
B …ふふふふ(手で腿の外側をたたく)…?
C 映画館で大量に人が死ぬって話は聞かないでしょう? むしろ健康にはいいんですよ。めったに起こらないことですけど、これに遭遇した人は、質の良い睡眠を得てぐっすり眠ってさわやかに目覚めます。この原理を応用したものがほら、あれです。
B なんですか?
C ええっとほら…あれですよ。あの不眠症の治療とかにも使われてるあれです。
B 僕は科学とか苦手で。映画館の霊の仕業だって話を信じてました。
C 古い機材や建物のほうが条件が整いやすいんで、昔は今よりよく起こったんです。科学が説明ができなかった時代が長くある。
それぞれが自分の納得したい理由に納得していたんです。映画館の幽霊の話は説得力があったんでしょう。特別な場所では特別なことが起こってほしいとみんなどこかで思ってますからね。
A たしかに映画館は特別な場所です。
…こっくりさんとかとおなじですね
B ?
A こっくりさん。知りません?こうやってコインの上にみんな指を乗せて。
 「こっくりさん、こっくりさん、おいでください」。で、何か質問します。
D (客席から)「この映画館に幽霊はいますか?」

ABC、見えないコインの上に指を置く。
つつっと、コインは「はい」の方へ。動いた気がする。

B おおっ!
A 指先に下りてきた霊が答に導いてくれるんです。
B おお…やっぱりいるんだ。(指をじっと見る)
A これを担当するのはわりとレベルの低い霊です。江戸時代に日本に流れ着いたアメリカ人の船員から村人たちに伝えたと言われてます。
B …幽霊ともなると国も時代も超えるんですね!
A でもこれ、科学とか心理学で説明できるんだそうです。
B え?
A 潜在意識下で答えを思い浮かべると、無意識に手が動いて、みんなの力がより大きく集まっている方向にコインが動くんです。正解っていうか…多数決ですね。
C つまり霊じゃない。
A 霊だっていうひともいます。
D ほんとうはどうなんですか?(客席から出てきていつの間にか話に交っている)
B わああ…(驚く。誰なんだ?)
A どんなふうにでも説明できるってことかと。
C でも幽霊には動機がない。
A そうです。なんでも幽霊のせいにしちゃだめです。
C こっくりさんもシアターガイストも。

B、外へ出る扉を開けようとしている

C (ところで)あなた映画ファンなんですか?
B (扉を開けるのを阻止される)え?ああ…まあ。最近また。
C 最近どんな映画見ました?
B あ!それ!その質問。(急に偉そうになる)
C・D・A え?
B なんでそんなこときくんですか?
C え・・・なんで…
B それを聞かれるたび、僕はいつも、人は皆違う世界に生きてるんだって思います。
C・A・D 人は皆、違う世界に生きている…
C えっと…
B みんな聞きます。聞くんですよ。僕が映画好きだって言ったら。
A きくでしょうね。
B 聞いてどうするんです?
C 今度映画を見るときの参考に…
B 参考になりますか?しますか?
C だって、詳しいひとの話は
B 詳しいひとの話をさらっと聞いて参考にできるのはもっと詳しい人です。詳しいんですか?
A・C・D ……

B (わからないなら例を挙げて説明しよう)最近人とどんな話しをしました?
A な、なんでそんなこと聞くんですか?
B ほら、困るでしょ。毎日いろんなシチュエーションでいろんな話するじゃないですか、
どこからどこまでがひとつの話題なのか区切れめがわからないし、あの時の話とあの時の話は同じ話としてまとめてしまっていいのかわからないし、そもそもあれは最近だったのか?ずっと前の話なのか?最近とはいつからいつまでなのか?
映画好きにとって、映画を見るという行為は日常なんです。いや行為ではなく状況なんです。個体ではなく液体なんです。絶え間なく続く映画を見るという流れの中で、あるときはこの映画だったり、あるときはこの映画だったりする。実際見たのか、思い出して反芻したのか、ずっと昔に見たものがふと頭をよぎったのか…
A …… 
B あなたたち映画見ないでしょう?
きいたら何かなんかいい感じの答が返ってくると思ってるでしょう。
あなたの事情とは関係なく、相手の経験はその人の中でその人に必要な形に分類されて、その人に必要な優先順位で整理されているんです。
「最近見た映画」っていう分類は、最近といえる期間に簡単に数えられるくらいの数の映画を見た人にしか意味のない分類なんです。
初対面の相手に、自分にしか意味のない条件で瞬時に情報を分類しなおして抽出することを要求するわけです。しかも、ここ大事です、しかも、相手にそれだけの面倒をかけておいてあなた自身ほとんど得るものはないんです。
A たしかに聞いたらそれで終わりですね。
B え?!……(そんな答えが返ってくるとは……)
D 参考にできるかというと…
B え?!……(あなたまで…)
C 聞いたところでどうしようもない、全く何も得るもののない自分たちの好奇心をちょっと満たすだけの興味本位の質問でした。申し訳ない。
B うう…(ひどい…)
D 人は皆、違う世界に生きている。そこから見えるものは一つではない。そもそも一つのものを見るとは…(ぶつぶつ)…
C (聞いてない)まあ。挨拶ですよ。せっかくこんな、珍しい状況で出会ったわけですから……ところであなたは(誰ですか)?
A・B(うなづく。さっきから気になっていたのだ)
D 私は…
A・B ?
D 映画は見ない。
A・B (そういうことを聞いてるんじゃない)
C アウトドア派ですか?
A・B え…(そういうことを聞いてるんじゃない)
D いえ全く。私にとっては映画館もドアの外です。
C あなたのドアの中狭いですね。
D そのためのドアです。

B (なんかよくわからないことになっているので話の流れを戻そうとしている)つまりみなさんちゃんと映画を見てなかったんですね?だから眠りそびれて今こういうことになっている…
A・C・D ……

突然音が聞こえる。ドタバタドタバタ
音の発信源は…映画館の…スピーカー…?…

F  なにやってるんですか?!

4人 えー(驚く)

映画館内に声が響く。会話がスピーカーから聞こえてくるのだ。
会話しているEとFの姿は見えない。
ABCDの4人は困惑しつつ、会話を聞いている…

F  さぼってますね。
G  いいえ。
F  フィルム止まってるの気づいてないですよね?
G  え?

G  あれ?なんで?
F  それを聞きに来たんです。
G  僕は何もしてないです。
F  何かしてください。何もなかったら何もしなくていいですけど、何かあった時は何かしてください。
G …
F  なんのための映写技師ですか。
G  だって、なんか…動かないんですよ。
F なんかじゃない
G  どうしましょう。
F  素人に聞かない。機械の事わたしわからないです。

A 誰でしょう。
B 映画館の人じゃないですか?フィルムがどうとか言ってますよ。
C なんで映画館の人の声が映画館のスピーカーから聞こえるんでしょう
A あなたさっきいろいろいじってませんでした?
B いろいろいじってしまいました。
A ……
B …でもね!そのおかげで今ここ明るいんですよ。じゃなかったら今もここ暗いんですよ。
D あなたが灯りを付けたんですか?
A この人、暗闇でいろんなものを触ってました。
B そんないかがわしい言い方しないでください。
C 何か、入れちゃいけないスイッチ入れちゃったんですかね。
D うおお!!(吠えるか歌う。)
B 何するんですか。(止める)

G  特に故障とかしてる感じじゃないんですけどね。
F  じゃあどうしてスクリーンに映画が映らないんですか?
G  分からないです。こういうときはいったん止めて、しばらく休ませて、「再起動」してみましょう。

D こっちの声は聞こえていない
C とりあえずこっちに有利な状況ですね。
B いや、別に敵ではないと思いますよ。
A  そんなのわからないじゃないですか。向こうの出方次第です。
C 出て来ますかね?
B 何してるんでしょう。

F  原因がわからないまま形だけ解決しても、きっとまた別の形で問題が起こりますよ。
G  大丈夫です。その時はみんな別の問題だと思いますから。
F  それ全然大丈夫じゃないじゃないですか。
G  この事故だって、前に誰かが形だけ解決した別の何かの別の形かもしれない。お互い様です。
F  なるほど…いやいや。なんの? 
G  映画館ですからね。あるでしょう色々。
F  ?
G  ホテルや映画館の怪奇現象は、過去に闇に葬られた事件を世の中に伝えるために霊が活動するから…ていうのは、ホラー映画の定番じゃないですか。

B 霊の活動…!
A 闇に葬られた事件!
C 怪奇現象は霊の表現活動…
D 芸術性が違いすぎると創作意図は理解されない…

F  映画館に幽霊が出るんですか?
G 何を今さら。あなた十年前からここにいるんでしょう?
今も毎日ちゃんと座席を空け続けてるじゃないですか。
F  それは映画館ですから。(誇らしげに)。
G  ほんとに何も知らないでやってるんですか?映画館が、座席を全部売り切らないでいくつか席を空けておく理由。

A 席…
B 席?
C 席…
D 席…

F  それは昔からの風習…
G  理由もなく風習にはならないです。
F  どんな理由があるんですか。
G  「映画館には…入って来る人数より出ていく人数のほうが時々ちょっと多い…
F  あ…
G  映画館の客席には、「途中から」映画を見て、見終わって出ていく人がいるからです。
F  遅れてくるお客様のことですか?遅れてくるお客様だって映画館に入りますよ。
G  うーん。では話を変えます。
F  ええええ??
G  映画の主人公は、映画の中で自分に起きることをぜんぶ知っていると思いますか?
F  それは…主人公ですから。
G  それがそうでもない。世界は、人生よりずっと大きい。
F  ええっと
G  主人公には見えない世界も、映画はスクリーンに映すことができる。

B うん
C なんの話をしてるんでしょう…?
A 映画の主人公の話? 
D 世界は、人生よりずっとおおきい
B しいっ!(Bは真剣にスピーカーの話を聞いている)

G  ですから、映画の途中で主人公が死んでしまっても、それだけでは映画は終わらない。

B うんうん
F えええ?
G  主人公がいなくなっても、主人公以外の誰かが見届けることで、主人公の物語は映画の中で完成するんです。
F  ええ?
G  主人公は自分の物語の意味の一部を譲り渡して世界から消えていく。見届けてくれた人と映画の観客に。
F  ひどい…自分の人生なのに…
G  そしてそのことが主人公の物語を完成させるんです。

C 自分の物語の意味の一部を譲り渡して世界から消えていく。
D そしてそのことが主人公の物語を完成させる

G  だから、完成した物語は主人公の人生の中にはない。
F  どこにあるんですか?

G  映画の中で人生を終えてしまった主人公は上映中にスクリーンをそっと離れて、映画の外、でありかつ映画館の外、ではないこの場所に、幽霊として現れます。
F  えー!?

B 映画の外、でありかつ映画館の外、ではない場所!?

G  映画の中には、映画のストーリーに必要な人しかいることができないですけど、映画の外であれば話は別です。
彼らは、自分のいなくなった後の世界を最後まで見届けるために、映画館の片隅から残りの映画を見るんです。映画の観客として。
F ・B ええええええ?

G  そんな彼らに映画館は最後の贈り物をするんですよ。
F  映画館が?

C なるほど。そのために席を空けておくのか…
A 関係者席ってことですか。
B 関係者席ってそういう意味だったんだ…つまり映画館に幽霊がいるっていうのは…

ACD (納得している)

G  ま、ざっとそんな感じの都市伝説です。
F・B え?
F  嘘なんですか?
G  映画館が昔から、満席でも必ず席をいくつか空けておく理由にまつわる都市伝説。
F  ええええ
G  さて。とりあえず、客席を見に行きましょうか。
F  あああ… 

G、映写室から出てくる。廊下を通って、場内へ向かう。

B 映画館の座席にまつわる都市伝説…
A シアターガイストとはまた別のやつですか?
D 方向性が違う。
C うん。映画の主人公の霊には映画を止める動機がない。いやそもそもシアターガイストは霊のせいで起こるのではありません。
D そうだ。
B じゃあ映画が止まったことと幽霊は関係ないじゃないですか。
A あのひと結局肝心なこと何も説明してないですよね。
D 巧妙に話をすり替えてひとのせいにした。
A 人というか、霊の
C なんでも幽霊のせいにしておけばまるく収まると思っている。…こっちへ来るみたいですね。
A やっぱりあそこですよね。(映写室を見る)
B 映写室だ。
C 映写室?
B あそこから映画を映すんです。
D 窓だ。大きな窓だ。窓の外も中も外じゃない窓だ。

Gがやってくる気配。
ABCD思わず隠れる

C なんで隠れるんです?
B なんとなく、ここは隠れて様子を見るのがセオリーかと。
A なんのセオリー?
D しっ!

G扉を開ける

G なんか扉開けるの怖いなあ。

扉を開ける。物音はしない。

G あれ?客席は暗いのにスクリーンの前は明かりついてる…

スピーカーからFの声が聞こえてくる。

F  わあ。鍵…鍵がない!
G 扉の横にかかってます。(Fには聞こえていない)

F  (バタバタバタ)ここ電気は…つけたまま?あれ。スイッチはどこ?
G それも扉の隣です。(Fには聞こえていない)

F  (バタバタバタ)もう!ぜんぶこのままにして一人でさっさと行かないでほしい。
G すいません…(Fには聞こえていない)

G、 Fがいないのにようやく気付く

G あれ?(きょろきょろ)

F  電気OK。鍵OK。映写機…OKじゃないけど、とりあえず、良し。

G、 スピーカーからきこえてくる音を聞いて呆然としている。

Fも遅れてシアターに入ってくる
Gは固まっている

F なんですか?
G あ…
F お客様は…?
G あのですね。落ちついて聞いてください
F えええええ?何ですか?何ですか?何ですか?
G 鍵をかけて、電機のスイッチを消してきましたか?
F はい。あなたが何もしないから。なんで知ってるんです?
G 聞こえてきたんです。
F え?
G あそこのスピーカーから・
F 何が?
G あなたの声が。
F ええ!?なんで?
G なんか…スイッチ入れたままになってたんですかね。
F どこの?
G 映写室の。
F なんの?
G スピーカーにつながってる、何かの。
F 誰が入れたんですか?
G さあ…
F じゃさっきの会話って全部ここで聞こえてたんですか?
G おそらく。
F えええええ?
G (声を潜めて)なんかまずいこと話しましたかね
F いろいろと。
G でも、あれぜんぶ聞こえてたら、なんか反応があってもよくないですか?
F 確かに。静かですね…

G (大きな声を出す)だめですね。全員死んでたりして…すいません。
F (客席を確認する)寝てる…
G 誰が?
F みんな。
G え?
F 眠ってます。
G  どういうことですか?
F 眠ってる…
G 起こした方がいいんですかね。
F 一度に起こしたらかえってパニックになるかも…
G どうしますか?

 F、人の気配を感じて振り向く。
 誰もいない…
 でも…誰かいるような気がする
 誰もいない…
 でも…
 客席にいる一人の女Eが立ち上がる。

G (Eに向かって指をさす)あ~!!あ、あ、あ~
F 指をささない。
G すいません。

F (客席のEに気づいて)大丈夫ですか?
E 終わったんですか?
F え?
E 映画。
F あ…。申し訳ございません。もう少しで終わるところだったんですけど、機械の故障で…
E そうですか。
F あの、大丈夫ですか?

F、Eをじっとみる。 

F 以前にも来られてました?
E いいえ。初めてです。
F そうですか…

ごそごそ歩き回っていたGが当然、気配に気づいたのか…

G…全員壁に向かって手を頭のうしろに組め!

ABCD、あわてて立ち上がり、ぞろぞろと出てきて言われたとおりにする。FとEも混じっている

F えー?…
G ええええ?(こんなに?)
F どうなってるんです?
G こいつらが犯人グループですよ。
F 犯人?!
G この状況の。
F ええ?これって…あれ?結局…
A 違います。
G お前たちの目的はなんだ?
B 僕たちは…犯人じゃありません。そもそもグループでもありません。目的は映画鑑賞です。映画を見に来たんです。
A 私は違います。
B 今ややこしいことを言わないでください。
C 私はこのひとたちとは無関係です。単体で扱ってください。
D はい。私も。
G 全然わからない。どういう集団なんだ?
B だから集団じゃないんです。落ち着いてください。
G 5人もいるのに集団じゃないなんておかしい。3人以上は集団だ。
C そういうことをいってるんじゃなくて、私達は集団ではなく今日ここでたまたま出会ったばっかりの個人の集まりなんです。
皆(うなづく)

C たしかに、どんな集団にも出会ったばっかりの時期はあると思いますから、今後これを機会に私達がなんらかの集団としてやっていく可能性がないわけではないです。ですがそれは今はまだ誰にもわからない。
B そうだ今はまだ誰にもわからない。
D なんの集団だろうか。
A それは今はまだ誰にもわからないです。
G グループじゃないといってるわりにはグループ感あるじゃないか。
C 私達はさっきからずっとこの状況を共有してるんです。あなたは今入ってきたばかりでしょう?
E もう少し時間がたてば私達も加われるんじゃないでしょうか。今はまだ…
F 過ごした時間の長さは重要です。
D しかもこの状況。
B 吊り橋効果だ。
G うるさい。グループでもないのにテンポよくしゃべるな。

B (Fに)この人はなんなんですか?
F この映画館の映写技師です。
A  さっきの話聞いてなかったんですか?
B それはわかってます
F スクリーンに映画を映す係の人です。
E  つまりあなたのせいでこんなことになってるんですか?
G な、なんでそんなこと言われないといけないんだ…
ABEF スクリーンに映画が映ってないから。
D そうだ。責任者は君か。
G いや、それはそうだけど…これは…
C これは彼のせいではありません。

皆、Cを見る。

C さっき説明したじゃないですか。
D ?
B シアタ―ガイスト現象ですよ。
G ?
B 心霊現象的なやつじゃないですよ。
G そうなの?

C 音の環境が一定の条件に整った場所で、想定外の特定の周波数の音が急に鳴り響いたときに、スピーカーがひずんで一瞬音が拡散します。それが壁にあたって客席の方へ跳ね返される…と同時に予測してなかった強烈な光が目に飛び込んでくる…スクリーンに映ってしまったフィルムの影が規則的なテンポでチラチラ揺れる……それらが合わさて、人間の脳波に影響を及ぼすんです。映画館はこの条件に当てはまりやすいんで、稀に起こるんです。
G …(呆然としている。しかし気を取り直し、(Fに向かって)つまり、ぼくのせいじゃないってことじゃないですか? 
A この人自分のミスだと思ってたんですか?
G いや…
B それをごまかすために僕らを犯人に仕立て上げようとしたんですね。
G いや…そういうあれでは…
F さっきは幽霊のせいにしてました。わけのわからない作り話をして。

A 手を下ろしてもいいですか。(毅然と)
G ……
B おろしましょう。(毅然と)

  皆、毅然とした態度で手を頭の後ろから降ろす。

E 自分の罪をひとに押し付けようとしたんですね。(Gに)
D 人の心とは弱いものだ。
G ええええ!?ちょっとなんなんですか。じゃああなたたちは?なんか別のものの犯人ですか?銀行強盗とかE  映画館で銀行強盗をするのは無理です。
A そうです。私たちは犯人じゃありません。
G じゃあ 誰なんです?
B だから客ですよ。映画館の。
G・F …??????!!!
A 私の席はそこ
B 僕の席はそこ
C 僕の席はそこ
D 私の席はそこ
E 私の席は、そこ
G だったら最初からそう言ってくださいよ。
皆 (最初からそう言ってるじゃないか)
G 単独で映画を見に来た映画館の客がなんで集団でそこに隠れてるんですか?
B それは…
A  ほらやっぱりややこしいことになったじゃないですか
C でも隠れちゃいますよね。疑われると。
D  あの時はまだ疑われていなかった。
G 本当に、この状況はあなたたちのせいじゃないんですね。
全員 違います。
G どろぼうとかテロリストとか強盗とかじゃないんですね。
全員 違います
G …すいませんっ!
F こちらはお客様。私たちは映画館。完全に、私たち分が悪いです。(他人事のように責める)
G …申し訳ありませんでした。
 
C いや…そんなに恐縮して頂かなくても。私達が犯人でもグループでもないということさえわかってもらえたらそれで。
A じゃあ…、解散ですか?
E 待って下さい。
全員 え?
E あ…えっと…ここで私たちが解散してしまったら、さっきの映画の続きはどうなるんですか?
A 「アメイジング・スペース」
D それはどんな映画?
C みてたんじゃないんですか?
D ちょっと考え事を…
C 映画館で映画も見ないで何を考えてたんです?
D その前に見た映画のことを。
C 映画一本分もの間?
A あの映画はもう終わってると思います。エンドロールが出てました。
B なんてこと言うんですか?エンドロールは映画の一部です。僕はエンドロールを最後まで見るまで絶対に席を立ちません!…映画が止まったりしなければ…
E みなさん起こさなくていいんですか?
F 一度に今起きられたら説明するのが大変なんじゃないかと…
E しばらくこのままで?
F そうですね。
A (うなづく)待ちましょう。何事もなかったかのように映画が再開する時まで。
G えええ?

全員スクリーンの方に向き直る
Gは、そういうわけにもいかないので困っている。Fは溶け込んでいる。
しばらく。
Cが待ちきれずに振りかえる。Gと目が合う。
Gに何か言おうとしているように見えるが… 

C 結局、と(室内を見渡す)、目を覚ましてるのはこれで全員ですか?
A 1,
B 2
F 3
C 4、
D 5
E 6
G 7

8、という声が聞こえるような気がして全員耳を澄ますが、聞こえてこなかった。

E あの。(Gに)
G はい
E 基本的な質問で恐縮なんですけど、
G なんでしょう。
D 基本的な質問程奥深いものだ。
E 映画の主人公は、関係者席で映画を見終わった後 そのあとは、どうなるんですか?
G 映画の主人公?あれ?なんでその話知ってるんですか?
F …聞いてたんですか?
ABCDE 聞こえてきたんです。
F・G !!
G 映画を見終わったあと…??
E はい。その後は、どうなるんですか?
G ええっ……いや…そこまでは…
ABCDEF !

Cが口火を切る

C …それは…解散,自由行動でいいんじゃないでしょうか?
B 自由行動!? その、主人公の幽霊は、映画の中と同じ姿で映画館に現れるんですかね。(わくわく)
E 映画館のある場所に似合う格好で現れないと目立ちすぎるし、外に出た時困らないですか?
B それは困るでしょうけど…
A そんなことで困っている人を見たことがないです。
C (また適当なことを言う)幽霊は物質じゃないんです。実際いるのかどうかもわからない。でも、いろんな社会がその社会の幽霊を持っている。映画の中にもいる。いてもらいたいと思う理由がきっとあるんです。

皆なんとなく納得させられる。

B 幽霊ってそんなに自由なんですか?なんか無責任な都市伝説ですね。
C 伝説はマニュアルじゃないんです。
いるのかいないのかわからない人のあるのかないのかわからない状況を誰だかわからない人がなんだかわからない形にまとめてるんです。あるのかないのかわからないものはとりあえず言葉で説明しないとあるのかないのかわからないとさえ思ってもらえないわけです。つまり、どこにもない以外にどうしようもなくなる。
みんな ……んん?

E すぐに外に出てもいいし出なくてもいい。自由行動というのはそういう意味ですか?
A ……たぶん。
B 何が気になるんですか?
E その…関係者は、死んでから後を見届けるんですよね。映画の最初の方見てないですよね。
G 都市伝説的にはそうですね。
B 自分の人生なのに。
A 自分の人生は普通最初から見ないです。
E 次の上映で頭からもう一回見ることもできるんでしょうか。それは都市伝説的にありでも、映画館のルール的にありなんでしょうか。
B 最近の映画館は基本的に完全入れ替え制ですからね。 
D 終わったらいったん外に出ないとまずい?
B いや…いや…どうなんでしょう。その人たちは、チケット持ってないですよね。チケットっていうのは、どの回をどの条件で見るかを申し入れてその分のお金を支払ったことの証明ですから、それがないということは、そもそも売買契約が成立してないわけで…
C 犯罪じゃないですか。
B 犯罪なわけないでしょう。映画館側が席まで用意してあげてるんですから。
E じゃあ、いいんですかね。
D いつまでもいても。
C いなくても。
D 映画館出るときもチケットがいるんですか。
A  いらないと思います。
C 何回でも好きなだけ見れるってことですか?
D いや…
皆 (そうなの? とか そうだよね。とか え?とか)

D …………見たくない。
皆 え?(そういう問題なの?とか そうなの?とか)

C 自分の人生ですよ。2回見て初めて気づくこととか、些細な言葉が思いがけない伏線になって後半につながるとか、あるんじゃないですか?一回だけじゃ全部わからないと思うな。いやむしろ、一回で十分な映画って底が浅いと思うんですよ。
D 先が読めてたらたしかに有利かもしれない。
C ちゃんと丁寧に伏線があってあれば何回見ても面白いし新しい発見があると思います。
A でも…何回も見て、そのたびに細かい伏線に気づいて、最後にどんでん返しになる構造も把握して、どんどん理解を深めていっても映画は何も変わらないですよ。筋書きも、結末も。有利なことは何もないです。
E 何度も見てしまったら、見るたびにいろんなものが見えてきて、見るたびにいろんなことがわかってきて、見るたびにあれがこうだったからこれはこうなるんだって納得して、だけど何回見ても絶対に同じことしか起こらないんです。どうすればいいのかわかってもわかってもどうしようもないんです。それは、何に有利なんでしょうか?むしろ残酷じゃないでしょうか?
ABCDEF (ああ。そうかもしれない。その残酷さを想像すると震える…)

G 僕は見てみたいですけどね。何度でも。
ABCDEF ! 

C どうしてですか?!
G 映画はこっち側から見れるけど、自分の生きてる世界はこっち側から見れないじゃないですか。
E こっち側から見たいですか?
A 何回も見たいですか?
G (なぜ責められる?)
C (Gは眼中にない。議論を展開させる)その場合、同じ霊が出たり入ったりするんでしょうか?
A 出るのはともかく戻るのはなんか、違う気がしますね。
D たしかに。
E 私もそう思います。
C さらにもう一回出てくるとなると…なんか間抜けな感じさえします。

皆うなづいたり考え込んだり…
Fは皆の言葉にいちいち考え込んでいる…
Gは取り残されている

B 霊がそんなんでいいんでしょうか。
A 幽霊って、実際いるのかどうかもわからないんですから、せめて「それらしく」あるべきだと思います。
B せめてそれらしく!
A それらしく。
E ということは、つまり、映画館で同じ映画が上映されたら、そのたびに、映画館の中の主人公の霊は新しく登場して、どんどん数が増えていくということですか?
A そういうことになりますね。

皆、その状況を想像する

E それは…同じ霊なんでしょうか?

皆、それぞれに考える
C 増えていくんだから別の霊でしょう?同じ霊だったら増えないじゃないですか。
E 別の霊なのに全員主人公本人の霊なんですか?
C 同じ映画から出てきた同じ主人公の幽霊のうちの誰かが本人で、誰かは本人ではないと考えるのは無理があります。
B つまり、みんな本人。
D でも別の霊。
B でも、みんな本人。
D だけど別の霊。

皆混乱している。

C (議論を展開させるために視点を変えてみる。)
同じ映画館で考えるからわからなくなるんですよ。
皆 ??
C…例えば…自分がこの映画の主人公だとします。

そういう想像をするのは皆ちょっと楽しい。

C そして、映画のストーリーに沿って生きて、映画のストーリーに沿って死ぬとする。
D はい。
C 伝説に沿ってスクリーンを離れて、映画館の客席に座るとする。こんな風に。
D はい。

ABCDEF1列目の客席に並んで座る

C 「そのとき」同時に別の町の別の映画館で同じ映画が上映されていたとする。
B 別の国ということも…
C そうです。よくある事です。その場合、どの映画館の椅子に座っている霊が本人の霊なのか?
D それは全部でしょう。…
C ですよね。そうすると本人が同時に世界中にいることになる。すごい数だけど一人なんです。誰かが本人で誰かが別人ということはありません。もしそうだったら、同じ映画とは言えません。
映画の主人公であるとは、そういうことなんです。映画の主人公として生まれ映画の主人公として死んだ以上、受け入れなくてはならない。
B そうだ!
A でも!それはそうでしょうけど、もし私が映画の主人公だったら…、(絶対)嫌です!
C どうしてですか?心強いじゃないですか。
A 心強い…? 心強い????!!!!
D 自分一人だけが自分じゃない。
皆 …!
C 世界中の映画館に、いや国だけじゃない。時代も超えて過去にも未来にも存在する無数の自分…
B 映画は、人生よりずっとずっと長い時間、保存されますからね。
A じゃあ、もし、映画を観終わった後、主人公が外へ出ていかずに同じ映画をもう一度見てしまったら…
その映画館にはふたりの主人公の霊がいることになるんですか?
B 二人目も外へ出なかったら、三人の霊がいることに
D 三人目も外へ出なかったら…四人…
A (聞いてない)つまり主人公の霊同士が映画館で出会うってことですか?……みんな本人だっていうのはわかるんですけど、でも、後から出てきた霊の方がなんとなく本物っぽい感じもしませんか?
D それは偏見だ。

C いい質問です。
A やっぱりどっちかが偽物なんですか?
C どっちも本物です。ですが、自意識って理屈じゃないんですよ。あなた、新参者の自分より前から同じ場所にいた、キャリアの長い自分と対面して、卑屈にならない自信がありますか?自分こそが本物の主人公だと信じ切ることができますか??
A …それは…
C でしょう?
B いやいやいや…本物っぽいのは前からいる主人公の方でしょう。二番煎じっていう言葉があるくらいですよ?なんで本物が後から登場するんですか?

C (Bに)あなたは、後から同じ場所に登場した新しい自分と対面して、卑屈にならない自信がありますか?自分こそが本物の主人公だと信じ切ることができますか??
B う…
A どっちの立場も嫌ですね。
C ですから、やっぱり完全入れ替え制に沿うべきなんですよ。それが現代の映画館のルールなんですから
B そうじゃないところもあるんですよ。
C あってもです。霊に関しては、完全入れ替え制が合理的です。結局関係者みんなのためになる。必要以上に座席も減らさないし。

皆それぞれに考え込んでいる

C 同じ時間に同じ場所にいるのでなければ、本人が何人いようが大した問題ではないんです。其々の場所に、其々の本物がいるんです。でも、同席してしまったらそうもいかなくなる。「本人」というのは、世界に一人しかいないというのがその性質のひとつなわけですから、二人以上居る場合は、誰かが本物で誰かが偽物だと見做されるのは避けられないと思います。

皆、それぞれに考え込んでいる

D 主人公は映画を最後まで見たら、そのまま席を立って外へ出た方がいい。うかうかしていると自分が本物なのか偽物なのかという問題に直面してしまう。
E 映画館の外に出たら…主人公の霊はもう映画館には戻れないんでしょうか。
D 戻らなくてよくないですか?映画の中での人生も映画館での幽霊時代も終わってるんですよ。過去を振りかえらずに新しい世界を生きてほしい。
B 映画の中にも映画館にも、自分の居場所はないですからね。

いい話的に話がまとまった…?と思ったが…

C いいえそれは違います。映画館に映画を観に来ることは誰にでもできます。
A そうです。・
B え?! その時は、チケットを買って中に入るんですよね。
C はい。映画館の客席で映画を観るのに、チケットは必要です。ですが過去を振り返る必要はありません。こっち側から、好きな映画を好きなだけ観ればいいんです

皆、それぞれに納得し、その状態を喜んでいる

E (いや、でもそれだとおかしくない?)その人は、自分がかつて映画の主人公で、そのあと映画館の幽霊になって、そのあと映画館の外の人になったことを、知ってるんでしょうか。

皆それぞれに悩む。
しばらく。

C 知らなくていいでしょう。
ABCDEF ?!

A 映画館の外へ出たら、もう映画館の霊じゃないですから。
E (え?それってつまり)映画館の外に出たら忘れてしまうんでしょうか?
C それはそうでしょう。
皆 ?
C なんのために映画館に扉があると思ってるんですか?
皆 !? (扉はそのためにあるのではないと思う)

F (突然携帯がなる。ものすごくびっくりする。慌てて画面を見る。)

Fの様子と携帯の音に、全員驚く

B 携帯電話は音が鳴らないように設定するか、電源から切ってください。
F すいません。館内全体に電波が悪いので、全然つながらないことが多くって。つい切り忘れるんです。(携帯を見ている)
A 立場的にかなり問題発言ですね。
F (読んでいる)…メールです。え?
G なんかトラブルですか?
F 映画を…上映するなって言ってます。
B え今頃?
G どの映画を?
F どれなんでしょう。上映を…中止してほしい。中止しないなら、私にも考えがあります??
E  なにを考えてるんでしょう
G それ…噂のやつですね。
D 噂のやつ?
C クレーマー的なやつですか?
F どうしましょう。どうしましょう。どうしましょう。
D とりあえず落ち着いて。幸い、映画はもう止まっている。これ以上止まらない。
C つまり、これは、科学でも幽霊でもなく、そのクレーマーの仕業…?
A 犯人ですか?
E つまり犯罪?
A 映画館に映画の上映中止の脅迫をするなんて、銀行に銀行強盗に入るのと変わらない犯罪行為だと思います。
G うーん。
C どうしたんですか?何が起こってるんですか?
G (仕方がない)あのですね…
F (パニックになりながらも冷静に。Gをにらむ)映画館の内情をお客様にべらべらしゃべらないでください。
G …えー?!(自分だって…)
F ちょっと、ちょっとすいません、すぐ戻ります。すぐ。すぐです。すぐ戻ります(慌てて携帯を持って扉の外へ出ていく)

しばらく。皆、Gを見る。

C 上映を途中でとめるって…
A もうとまってますよね
D どうやって。
C 霊でもなく?科学でもなく?第三の犯人…
B いやこれは違うでしょう。これはシアターガイストですよ。
A タイミングがおかしいのは気になりますけど…

皆、Gを見る。

C 事情が分からないとね。なんとも…
D 情報は共有しないと。
E 非常事態ですからね。
C 敵がわからないと動きようがないですよね。
A 私達は罪のない観客です。

G、圧力に負ける。… 

G このあたりの映画館でちょっと有名なんですよ。「この映画は上映しないでほしい」ってメールが来るんです。
A クレーマーですか?メールで暴言はくんですか?
D どんな暴言を?
G いや、暴言ではないです。むしろとても…丁寧で…切実です。クレームというか、嘆願です。
A よく来るんですか?
G この映画館には始めてです。
C  だからあんなに混乱してたんですね。
A 初めてなのに、どうしてそんなに詳しいんですか?
G 映画館業界の秘密のネットワークがあるんです。良い情報もやばい情報も共有できます。
B そうなんですか?!
E  どんな内容なんですか?
G 「今、予定されている映画は、上映すべきではないと思います。」っていう内容です。
D 上映すべきではない。なせ?
G 「あの問題は、もう解決したのでそっとしておいてほしい」と。
A そうなんですか?
C 何がどうそうなんです?
G 「そもそも、映画にするようなことではなく、自分たちでなんとかするべき問題だったんです」
A そうなんですか?
G 「この映画のモデルは私なんです」って。
DAC 映画のモデル…!
G 「こういうことは、そもそも他人に話すようなことじゃない。自分の心の内だけに収めておきたいことだ。言葉にするとしても、当事者が納得すればいいことで、無関係な人に細かく詮索されたり意見されたりしたくない。個人のプライベートでデリケートな問題を、わざわざ取り上げて、映画にするなんて。
映画ではわからない微妙な事情がたくさんあってほんとうのところは当事者にしかわからない。そっとしておいてほしい。」。
A 映画館にそういう嘆願書を送ってくるのは、いつも同じ人ですか?
G アドレスも名前も違うので、なんとも…
C 同じ内容なんですか?
G 具体的な表現は違いますけど、概要はだいたい同じです。
E 本人に断らずに勝手に映画にしたんですか?
G その人はそう言うんですけど。
B それはまずいですよ。
G でも…
A 本人なのかどうかってどうやって証明するんですか?
G ですよね。
B 本人じゃないんですか?
A 監督はなんて言ってるんです?
G 聞けないんですよ。
E どうして?
G ずいぶん前に亡くなってることが多くて。
皆 ???
G 海外に問合せしないといけなかったり…
D どうやってその人をモデルにしたんですかね?
A 謎ですね。
G しかも、上映が終わった後で、「事実と違う所がたくさんあった」ってまたメールが来るんです。
C どうして自分がモデルだと思ったんでしょう
D 謎だ。
G 謎です。
C いたずらじゃないんですか?
G みんなそう言ってます。だから最近は相手にしないんですけどね、ただ…
B ただ?
G いたずらにしては…
B ?
G 言ってることに妙に説得力があるんです。
B 説得力。
A どんな?
G なんていうか…映画以上に細部が具体的で細かいというか…映画にもなってないようなことまで詳しく書かれてるというか…全体にあらゆる部分で辻褄があっているというか…
A なんでしたっけあの、犯人しか知りえない事実…
E 秘密の暴露。
A それ。
E 犯人なんでしょうか。
B 本物なんじゃないんですか?
A 事実と違う所がたくさんあるのに?他の映画館はどうしてるんですか?
G どうしようもないです。返信しても反応がないし。
A この映画まつりで上映される映画はぜんぶで6本です。 どの映画を問題にしてるんでしょう……

B (プログラムを出してくる)それは決まってますよ。映画のモデル本人が上映中止を求めてるんですから…
A どれですか?
B それはもう(プログラムをめくる)…あれ。
A ?
B あれ?あああああああ!!え?でも…あれ?
皆 ??
B この6本は…誰が選んだんですか?(Gに聞く)
C いや、いまはそれよりもですね、その人が…
A 犯人ですか?
E クレーマーですか?
B (聞いてない。)つまり、そういうジャンルの映画祭なんですか?
G …
B (プログラムを見て考えこんでいる)
大法螺の鳴る丘…うん
オープンザドアー…うん
アメイジングスペース…ん?んん??
レフトオーバーフッテージ… うん。
うーん Xからの手紙…うん。
インターミッションコンプリート完結編…うん。
G …
A みんな同じジャンルの映画なんですか?
B みんな…というか…うーん
A 私、映画よく知らないので。
C 私も
D 私も
E 私も。
B 僕は映画をよく知ってるので見過ごせません。これ偶然じゃないですよね(Gに)でも…
D 私は映画のことはよくわからないんですけど、つまりみんな同じジャンルの映画なんですか?
A 映画わからないのにジャンルとかわかるんですか?
D あ。…
E 映画のジャンル?
C ミステリーとか、犯罪ものとか、アクションものとかファンタジーとか。
E それでいうとどれになるんですか?
B 今止まってるアメイジング・スペースは、SFファンタジーです。
E SFファンタジー
D オープンザドアーは?
B アメリカナイズされた時代劇です。茶道の解釈にちょっと違和感あるんですけど、ベースの飲み物が違うんですから仕方ないです。まあそこも新鮮というか。わびさびの精神を求める、孤独でナイーブな殺し屋の話ですね。
E 殺し屋…。人をたくさん殺すんですか?
C あなたも見てなかったんですか?
E 私が席に着いたときにはもう終わってたんです。
B ああ。残念。あれは見てほしかった!めったにかからない映画なんで。日本びいきのアメリカ人の若い監督が創ったB級映画なんですけど、世界中にけっこうコアなファンがいます。有能な殺し屋ですけど、映画の中で殺されるのは主人公の殺し屋の方です。最後の仕事と恋人を残して。

DはBからパンフレットを奪い取り真剣に読んでいる。

C 大法螺の鳴る丘も時代劇なんですか?
B 見てたんじゃないんですか?(手で腿の外側をたたく)
C 途中から見てたはずなんですけど、よく覚えてなくて…
B あれは時代劇じゃありません。本格派ミステリー映画です。原作が有名なシリーズものなんですけど、最後の事件だけが映画になってるんです。あの主人公がもう…
E どんな主人公なんですか?
B 天才的な元詐欺師で、息を吸うように嘘をつくんです。冷静に考えたらどう考えても嘘っぽい嘘なんですけど、なぜかみんな信じてしまう。
E 元詐欺師?今は何をしてるんですか?
B 詐欺グループを抜けてからの私生活については誰にも分らないんです。巧みな嘘で犯人を煙にまいて、いつの間にか殺人事件を解決してしまう。
C へえ。 
B 嘘に嘘を重ねていくうちに、それがいつの間にか真実にたどり着いてしまうんです。

CはDからパンフレットを奪い取り真剣に読んでいる。

E どうして最後の事件なんですか?
B …その事件を解決する途中で命を落としてしまうんです。
B「ほんとうのことには理由がない。」
G「嘘には理由がある」
B「真実は嘘の向こうに」(手で腿の外側ををたたく)

BとGは横目で目を見合わせる

B・シリーズもののミステリーには特徴的な癖のある主人公がよく登場します。インターミッションコンプリートの主人公も(両手でVサイン)ちょっとめんどくさい性格ですけど、続けて観てると癖になります。
C ・…ひらめきのvってなんですか?
B そう、それが彼女の癖です。ぼくが名付けたんです。何で知ってるんですか?
C 聞こえてきたんです
B (ちょっと腑に落ちないけどまあいいか)素人探偵ですけど、けっこう頭が切れる。完結編では、主人公が映画館の客席で偶然見かけた犯罪に巻き込まれて、まあ…すごくいろいろあって、ギャング集団に川に沈められてしまうんです。実はその時の映画のワンシーンが(事件の謎を解くカギになるんですけど…)
E 完結編なんですか?

Aはパンフレットを奪い取って真剣に読んでいる。

B …人気シリーズだったんですけど、主演女優の引退が決まって続きが創れなくなったらしいです。
C あなたはどの映画から見てるんですか?(Eに)
E 私が席についてすぐに映画が止まってしまったんです。
G ん?
B さっきの映画の途中に入ってきたんですか?全然気づきませんでした。
C 「遅れてこられるお客様は、他のお客様に気づかれないように静かに席についてください。」
D マナーにかなっている。

C Xからの手紙はミステリーじゃないんですか?
B タイトルに騙されがちなんですけど違います。ミステリーではないですね。
A サイコ・ホラーって言われてますよね。でも…これこそ究極のラブストーリーです。
D それはどんな映画?
C みてなかったんですか?
G いや、これはまだ上映されてないです。
C あなたなんで知ってるんです?(Aに)
B あれのどこがどうラブストーリーなんですか?
D しかも究極?
A 前に別の映画館で見たんです。
A 映画が始まってから映画が終わるまで、私はずっとスクリーンを見ていました。
B …映画館なんで(当然です)
A いい映画でした。
B え…?どこが?あの映画のどこがいいんですか?
A 主人公の言葉が。
B え…(すごくうろたえている)
A 主人公の目の前で誰にも届かない言葉が。
B え…(すごくうろたえている)
A あんなことをわざわざ伝えようとするからあんなことになるんです。言葉にできないことを言葉で確認しようとしたりするからです。
B う…
A ああいうことはひとりでこっそり思ってればいいことなんです。
B そ、…そうです
A 私はあんなことしません。だから誰かがそうしても、きっと気づかないです。
B そうです…映画にするような内容じゃないんですよね。
A だからわからなかったんです。映画を見るまで。
B …
A 映画のラストで、主人公の書いた手紙がやっと届いて読み上げれるまで。
B いやでも、手紙が届いたのは、主人公が手紙を読んで欲しかった相手の女性ではないですよ?
あんなに時間がたってから、あんなに遠くの、全然関係ない人に手紙が届いても、主人公の世界は何も変わらないじゃないですか。何も変わらなかったじゃないですか。
A 私の世界は変わりました。
B …!!!……… でも…でも…それは映画と関係ないじゃないですか。…映画のモデルとはもっと関係ないじゃないですか。

みんな黙っている

C …つまり、タイトルからは想像できないデリケートな映画なんですね…(ピントのずれたフォローを入れる)
G この映画祭へは、その映画を見るために来たんですか?(Aに)
A 違います。一晩中映画館に居られるからです。6本連続上映の映画祭なんてなかなかないじゃないですか。
B あなた映画館でいつも何してるんですか?
A その質問。あなたがさっき言ってたことが今わかりました。
B さっき言ってたこと?
A 答えられないですね。確かに。
B え?
A  うん。確かに。私たちはみな違う世界に生きている。
B ?
A 映画館は静かで自由です。いつ来ても映画を上映してます。映画を見ても見なくても、簡単に中に入れてくれる。
B 映画を見なくても?
A 映画館の客席ではけっこういろんなことが起きてるんです。映画を見ても観なくても。
B あなた何者なんです?
D いやわかる。
皆 !!!
D いやその人の正体ではなく。ここは安全で、広くて、静かだ。
B 静かなのは、今映画が止まってるからです。上映中は大きな音が響きますよ。
D さっきのとその一本前のを見たのでわかる。でも広い空間に一つの時間だけが流れている場所は、とても静かだ。
A 映画館の椅子の上には、何をしていても、映画と同じ時間が流れています。スクリーンの向こうはこことは違う場所ですけど。
C 乗り物にのっている感じ?
A 大きい窓のある乗り物ですね。
D 私達はどこへ向かっているのだろう

話がそれてしまった。

C ちょっと待って下さい。SFファンタジー、時代劇ミステリー、サイコホラー?…どれも全然違うじゃないですか。
B だからこれは、そういうふうに同じジャンルなわけじゃないんです。
A どういうふうに同じジャンルなんです?
B ジャンルっていうか…この6本をこの映画館で上映する理由が…
A (みんなの話を総合して考えている)
あ…!(Bの顔を見る)ああああ。(世界が反転するような驚き)
B (うなづく)
C そうか(すべてわかっているかのようにうなづく)
G (うなづいている)
D・E え?!

ばん、と扉が開く。Fが駆け込んでくる
手にはフィルム缶を持っている。

F あなただったんですね。
全員 えええ?(あなた??)
G えええええ?…っとクレーマーは?
F それはもういいです。
全員 えええ?
F あのメール、すごい遅配で…今届いても、全然どうしようもないんです。もう諦めたでしょう。
B えええ!!? 
F 映画が止まったのは、メールしてきた人の仕業ではないです。
C ですからシアターガイスト…
F 科学現象でもありません。
B 映画館の、幽霊の……
F 幽霊のせいでもありません。
皆 ??
F この人(G)、さっきの映画をこっそり差し替えようとしてたんです。
B !!
A アメイジング・スペースを?…
E 何に?
G なんのことですか?
F じゃあこれはなに?(フィルムを持っている)映写機の横にこれが。
G いや、それは違(う…)
F 映画館には映画館のルールとルートがあるんです。
映画館に配給されなかったフィルムを勝手に映画館で上映することはできないんです。
それいったいどこで手に入れたんですか?

全員、Gを凝視する。

B (すべてを把握した顔で)やっぱり「アメイジング・スペース」には別バージョンがあるんですね。うん。うん。そうでないと辻褄が合わない。
C なんの辻褄が合わないんですか?あなた、何なんですか。探偵ですか
B 探偵じゃありません。ぼくは…通りすがりのただの映画ファンです。
皆 …
B だからわかるんです。
今回の『10周年記念 春のWAKUWAKU映画まつり』の企画は、そうでなければ完成しない。
映画を止めた犯人は、あなたですね。(Gに)
G 違います。
B !
G 僕にはあの映画を止める動機がない。いやむしろあの映画をあそこでいちばん止めたくないのは僕だといってもいい。
D なぜ?
G 「アメイジング・スペース」には、たしかに別バージョンがあります
B ほらやっぱり。いつどこで公開されたものなんですか?あなたどこでそのフィルムを手に入れたんです?この映画まつりの目的はなんなんですか
G 全部わかってるみたいなこと言ってるのになんでぜんぶ僕に聞くんですか?
B こ、こういうことは、犯人が自ら口を割るところに意味があるんです。
G だから犯人じゃないって…
B 証拠もあがっているのになんて往生際の悪い…
G この映画はまだどこでも公開されていません。別バージョンの映像を公表しないまま監督は亡くなっています。いわば幻のディレクターズカットです。
B え?!…じゃあ…それが監督本人の編集だっていう証拠は…
G 証拠はありません。
B えええ?!
G だから映画業界ではディレクターズカットではなくパロディ作品扱いです。つまり偽物です。
B いや…だったらそれは…
A 偽物なんですか。
G 違います。
B いやいや、監督本人が公開していないなら普通に偽物じゃないですか。
G 違います。
D …なぜ?
G この映画まつりは…そうですよ。(ABに)
上映される映画に共通するのは、主人公の見ることのできない風景が映画の中に描かれていることです。
DEF え!?
(ABはうなづいている。Cもうなづいている)
G 主人公は映画の最初だったり半ばだったり最後の方だったりで命を落として世界から消える。それでも映画は終わらない。
C 主人公は自分の物語の一部を譲り渡して世界から消えていく」
G そうです。
A あなたが選んだんですか?
G 今回のはそうですね。
A この映画祭りのコンセプトは、主人公の霊についての都市伝説なんですか?パンフレットにはそんなこと書いてないですけど…
B 書けないですよね。「アメイジング・スペース」はその条件に当てはまらない。
A あ。
D それは…どんな映画?
C 見てなかった…んですね。
E 私も。
B (説明しかけるがさえぎられる)
G 「アメイジング・スペース」は、一部にアニメーションを使ったSFファンタジー映画です。
故郷の星から遠く離れた小さな惑星で新しく生きなおそうとした主人公の女性は、結局、新しい場所に溶け込むことができず、過去から逃れられないまま有害生物として宇宙へ流されます。新しい場所は、深刻な食糧危機で、外から新しく人を受け入れる余裕がなかったんです。主人公を乗せた宇宙船が誰も知らない宇宙のかなたで爆発するところで、映画は終わります。
ABC (うなづく)

G それではだめなんです。
皆 え?
G 爆発音。そしてエンドロール。あの映画があそこで終わるのはおかしい。
皆 ?
B おかしいって何ですか。
G (無視する)あの映画はあそこでは終わりません。
B いやいやいや、それはあなたが決めることじゃないですよね。
G 非公開版には続きがあります
A・B え? 
G エンドロールの後が重要なんです。
A・B エンドロールの後?!!
G 非公開版では、エンドロールの間に長い長い時間が過ぎるんです。舞台は同じ星ですが、かつてその星で生きていた人たちはもう誰もいません。エンドロールの後、遠い空の向こうで何かが光る。花火のように美しいその光をたくさんのひとたちがそれぞれの場所から見上げています。主人公の宇宙船が爆発した時の光が長い時間を経て届いたんでしょう。そこは、水も食べ物も豊富で文化も栄えた美しい星になっています。主人公が故郷から持ち込んで、残していった種が奇跡を起こしたんです。

A …私が、十年前にこの映画館で見たときは、そんなラストはなかったですよ。
B ふつうはないんです。
G 映画の中に納まりきらないはるか先の未来を表現するのにエンドロールが効果的に使われています。
D 違うのは、ラストシーンだけなんですか?
皆 ?
G このラストシーンがあるのとないのとではこの映画の意味は全く違ってしまう。
皆 …?
A その奇跡のシーンがあれば、主人公は救われるってことですか?
G いいえ。主人公の人生の外で何が起きても、主人公は救われない。
ラストシーンが変わっても「主人公の生きている世界」は何も変わらないです。
A 何が変わるんですか?
G この映画の公式版になくて、非公開版にあるものは何でしょう。
A …「主人公の見ることのできなかった風景」
G それが映画の中にあることで主人公の存在は小さくなる。人間の存在も小さくなる。
A もっと救われないじゃないですか。

  皆、なんだか切ない気分になる。
が…
G だけど、
D ……世界は相対的に大きくなる!
皆 !
B …映画マジックだ。
A (それは、誰の…)
G このラストシーンを映画館で上映したいと思いました。でも…できなかった。
D なぜ?
F 映画館で映画を上映するには、正式なルートからフィルムを手に入れて上映を許可してもらわないといけないんです。本物なのかどうかわからないような映画を映画館で上映することはできません。そもそもそんなフィルムを見つけ出して手に入れること自体無理です。
A それなのにそのままこの6本を上映することにしたんですか?あっ!
B そうですよ。当日こっそり非公開版に差し替えるつもりだったんですよ。(Fもうなづいている)
C なるほど…

皆、理解して納得している。

B やっぱり映画を止めたのは、
G 違いますって!なんでそうなるんですか?
B この期に及んで往生際の悪い…
G いやだっておかしいでしょう非公開版に差し替えてたら、映画はあそこで止まるんじゃなくてむしろあそこで止まらないでしょう?
皆 あ!

Cはうなづいている

G それに(Fに向き直る)
F え?
G、差し替えてたら僕の映したいフィルムは今そこじゃなくて映写機の中にあるでしょう?
F あ。

皆、Fを見る・Cはうなづいている。

G 僕は差し替えてないです、
F…う…映画館の幽霊の話は関係あるんですか?
G あるような、ないような…
F なんですか?
G あれは映画館のゲン担ぎに誰かがそれらしい理由をつけた都市伝説だと思います。
伝説を拝借して幽霊を迎えるための映画祭ってことにすれば、ちょっと盛り上がって人が集まるかなと思ったんです。
A・B なんて軽薄な…
F やっぱり嘘なんですか?みんなであんなに考えたのに?
G それは僕のせいじゃないでしょ。貴方たちが勝手に盛り上がってたんじゃないですか。

皆、何に憤っていいのかわからなくて困っている。
そこへ…

E わかりました。
全員 (何が?)
E こっそり上映しましょう。
全員 え!?
E 今がチャンスです。そう思いませんか?
全員 …??
G(何かいいかける)
E(それを制して)あなたが犯人ではないという言い分は理解しました。
G そうでしょう? だって、今、こんな中途半端なところで映画を中断する理由がないです。本気でやるなら、もっと何事もなかったかのようにしれっとやりますよ。
E (聞いてない)この際、理由はどうでもいいと思うんです。科学でも幽霊でもクレーマーでも、あなたでも。
G いや、だから…
E だってどうせみんな寝てるじゃないですか。
G ……
E 起きてもきっと何も覚えてないですよ。ねえ(C に)
C …はい。(適当に相槌をうつ。そういう人なのだ)夢を見ていたと思うだけです。
E ここは映画館です。あれはスクリーンです。そしてこれは映画館の椅子です。灯りを消したら真っ暗になります。あなたが手に持っているのは、なんですか?
B でも、それは犯罪なのでは?
A つまり、私たちは今から犯罪集団になるわけですね。
E いいえ。
皆 ?
E プログラム通りに上映は終わっているし、観客はみんな公式版を見てから眠っています。非公開版のチケットは発売されていないし、誰もそれを買ってない。
D 売買契約が成立していない。…
E なかったはずの時間に上映される映画に本物も偽物もありません。
A なかったはずの時間…
E なかったはずの時間に、守らなければいけないルールもありません。
D しかも私たちは集団ではない。

皆、なんだか嬉しくなる

C つまり、ここで私たちがその映画を上映しても、
困るひとは誰もいないし、罪に問われることもない。
きっと何事もなかったかのように映画際は再開するはずです。
G え…じゃあ、じゃあ、ちょっと行ってきます。

Gはフィルムを抱え、満面の笑みで映写室へ消えていった

C 行ったな
D 行った
A 行きましたね
B 行きました
E 行ってしまいました。
B あなた見かけによらず大胆ですね。何をしてるひとですか?
E えっと…
B いや素性を詳しく聞きたいわけじゃないです。
A そうです。映画館は、隣の席に誰がいるかわからないのがいいんですよ。
D 怖くないですか?
A (パンフレットを見ている)あれ?(数を数えている。)
B どうしたんですか? 
A 映画は6本ですよね。この、レフトオーバー・フッテージは?これはどんな映画なんですか?
B あそれ!
皆 !?
B それは、もう僕の永遠のマイベスト映画ですね。
D それはどんなジャンル?
A (Dを見る)
B どんなジャンル…うーん
C ミステリーとか
D 時代劇とか、
EF SFとか、
B うーん
C どうしたんですか?
B どれでもないというか…そのどれでもあるというか…
皆 ?
E どんなストーリーなんですか?
B 見方によってどんな風にでも説明できるストーリーです。
皆 ?
E ほんとうにどんな風にも説明できるんですか?
B そうです。例えば、誰かに求められて現れた幽霊の物語だったり。
F 昔、形だけ解決した別の何かの別の形の物語だったり?
C 取り残された霊が扉を開けて外へ出ていく物語だったり?
D 宇宙をつき進む沢山の座席の物語だったり…
A 創られた映画が、映画館のスクリーンに映し出されるまでの物語だったり。

スピーカーからばたばた音がする。
Gが映写機を再起動したのだ。

E ちょっと待ってください。
皆 ?
E 幽霊の伝説も嘘で、アメイジング・スペースのラストシーンも上映できないはずだったんなら、あの人はなんのためにこの映画祭を企画したんでしょう。
D 謎だ。
A 謎です。

A あの人結局肝心なことを何も説明してないですよね。
D 巧妙に話をすり替えて追及をかわした。
A 信用できないですね。
E 私たち、利用されたんでしょうか?
F でも何もされてないです。
C そうです。だいたい私たちはたまたま今日ここで出会ったばかりの個人の集まりですよ?
D 利用される理由がない。
C 何か考えがあったか、何も考えてなかったか、真実は、そのどちらかです。
皆 …
B ああああっ!結局、非公開版のフィルムをあのひとはどうやって手に入れたんですか?
F あ!
A (Fを見ている)「取り残された霊が扉を開けて外へ出ていく物語」…(Fを見ている)

A …そもそもあの人が映画館に持ちこんだんでしょうか?
B え?
A ずっとこの映画館にあったってことは…?
E ずっとって、いつから?
A 誰かがこの映画館で最初に上映しようとしたときから。
F 誰が、そんなことを…
C そのフィルムを映画館で上映したかった誰かですね。
F えー!?いつ?
A 十年前に、私この映画館であの映画を見たんです。
B 公式版の方ですよね。
A あれはほんとうに公式版だったんでしょうか。
F えー?
B エンドロールの後がなかったんでしょう?
A エンドロールの後はなかったです。でも。
B でも?
A それだけでは、わからなくないですか?
皆 (?? とか !!とか)
A 非公開版の映像を上映しても、もしエンドロールの終わりで誰かがフィルムを止めたら…
D スクリーンに映るのは、公式版と同じ映像になる。
B なんのためにフィルムを止めたんです?
A 十年前、誰かがこっそり上映しようとした、映画館で上映できない映画が、映画館で上映されてしまうのを防ぐためです。
B …どうしてそう思うんですか?

 Aは何か考えている。実はずっと考えていることがあるのだ。

A もしも、もしもですよ。非公開版が上映されて、主人公が死んだところで映画が止められてしまったら、その主人公の霊はどうなるんでしょう。
B スクリーンをそっと離れて映画館の客席から、残りの映画を…見れない…!
A 最後まで映画を見られなかった霊は…映画館の外へ出ていけるんでしょうか?
B 出ていけなかったらどうなるんです?
C いつまでも映画館にいることになる。
A じゃあもし…同じ映画がもう一度上映されて、新しい主人公の霊が出てきてしまったら…
C 主人公の霊同士が映画館で出会うってことですか?
F えー?!

皆、Fを見る。
そしてEを見る

A その場合…その映画館にはふたりの主人公の霊がいることになるんでしょうか?


EがFに近づいてくる。

Fは顔を上げる。

Fは何も言わず、Fの手の中のカップからポップコーンをつまんで口に入れる。

Eは驚いている。気が付くと、手はポップコーンのカップへ…

いつの間にか。二人は並んでポップコーンを食べていた。


…と…スピーカーからばたばた音がする。

G えー、この後館内は暗くなります。
遅れてこられるお客様は、他のお客様に気づかれないように静かに席についてください。
もう間もなく始まります。みなさま、お席にお座り下さい
始まりますよ!

映写室の灯りがともり、機械が回り始める。
5人は慌てて空いている座席に座る。


G シートベルトを締めてください。

皆 え?

場内の灯りが消え、映写機が音をたてて回り始める。
それはエンジン音のようにも聞こえてくる。

スクリーンにはエンドロール。
そして、本物なのか偽物なのかわからないラストシーンがスクリーンに映し出される。…
映画が終わるとまた暗くなる。
たくさんの映画館の椅子が映画館の暗闇の中に沈んでいる。
映画館の椅子の上には、何をしていても映画の時間が流れている。スクリーンには、映画館の椅子の上からは見ることしかできない風景が、流れては消えていく。

それは誰も見たことのない風景かもしれない。
誰も見ることのできない風景かもしれない。
ずっと昔の、あるいはずっと未来の、あるいはずっと遠くにある。あるいはほんとうはどこにもないはずの風景かもしれない。

それを私たちは、どんな風に説明しようか。
たとえば、誰かに求められて現れた幽霊の物語だったり。たとえば昔、形だけ解決した別の何かの別の形の物語だったり。たとえば取り残された霊が扉を開けて外へ出ていく物語だったり。たとえば創られた映画が、映画館のスクリーンに映し出されるまでの物語だったり。
そして、たとえば、宇宙をつき進む沢山の座席の物語だったり…

大きな音を立てて発進したその乗り物には、たくさんの人が乗っている。
隣に誰が座っているのかわからない。
これから何が起こるのか、今はまだ誰にもわからない。
今、窓の外には何が見えているのだろう。
私たちは、どこへ向かっていくのだろう。
エンドロールの向こうには、何が待っているのだろう。

*********
長い長い時間が過ぎ…
客席に灯りがともる。
案内係が終わりの挨拶をする。
その途中で席を立ち、出ていく人がいる。
Fが。Aが。Bが。Cが。Dが。Eが。…
観客は皆、ぐっすり眠って起きたばかりのようなおだやかな表情をしている。
日は高く昇っている。映画祭は無事終了したようだ。

★<付録>劇中の映画祭【オリオン座10週年春のわくわく映画まつり】のパンフレットhttp://floor.d.dooo.jp/f/images/hihyou.pdf

※この物語はフィクションです。実在の人物、都市伝説、映画とは関係ありません。

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なにごともなかったかのように再び始まるまで
(Fの階上演台本)
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