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わたしという誰かの演劇_007

 わたしのいるところで、演劇がはじまる。

わたし  映画の中に出てくる宇宙服ってわたし好きなんです、身動きとりづらそうな寸胴のシルエット、生命維持装置、ガラス越しに見る星々、仲間がそばにいても通信機を使わなければ声も届かない、ああこれはわたしたちの姿だなって思いませんか、少なくとも、わたしの姿だとは思う、ああ帰ったら湯船に浸かりたい、それまでは宇宙船につながれてふわふわするしかやることない、いや、いろいろ研究したり、メカの調整したりに余念はないんでしょうけどね、せっかく宇宙に来てることだし、なにかちょっとでも間違って、命綱なく漆黒の闇に放り出されたら、いま着てるこれがわたしの棺桶で、いつか、それは明日かもしれないし、何百年後かもしれないですけど、宇宙に浮かぶ別のなにかにぶつかるまでわたしは、わたしだったからだは、一定の速度で移動しつづける、この宇宙服の中に収納されたまま、宛先もなく運ばれて、「万物は流転する」とか言いますけど、わたしだけ流転とかしなくて、おなじ方向に、おなじ速度で移動してるだけ、わたしは移動する、北とか南とかもない空間をただひたすら、さびしいのかな、新幹線乗ってるときと意外とそんなに変わらないのかな、在来線とは違う感じしますけど、グラヴィティが懐かしい、あんなに煩わしかった重力が恋しいです、地球、どこ、どこだろうここ、ブラックホールに吸い込まれたい、5次元空間につながってるとか、そんなの期待してないけど、怖いけどちょっと吸い込まれたい、ブラックホール、Gに耐えてるところ想像したくないけど、限界かも、宇宙服ももう守ってくれないし、粉々になるのか、散り散りになるのか、それともするっと消滅するのか、夜行バスがサービスエリアで停まっているあいだ、わたしはカーテンの隙間から窓の外を見ます、なにかを運ぶ大型トラックが白いラインの内側に整然と並び、ときどきドライバーがトイレや自販機に向かうのを目で追う、朝予定通りの時刻に辿り着くためにここでしばらく時間調整、グラヴィティが懐かしい、地球、どこ、どこだろうここ、まだ息をしている、生命維持装置の警告ランプ、ガラスに反射するオレンジが明滅して、目をつむると、あれはわたしの姿だと思う、おなじ方向に、おなじ速度で、わたしは移動する、わたしも流転するのかな、明日かもしれないし、何百年後かもしれないですけど、夜明けの新宿の空気、コンビニで買ったミネラルウォーター、映画の中に出てくるかわいい宇宙服、あれは確かにわたしの姿だった、ブラックホール、消失点、点、新しい一日、

 また明日。

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