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電車旅が好き

もうだいぶ前の話。
春休みを終えて日本から戻り、1日休んだら妹が住むスイスに行く予定でした。
同じ時間軸に戻ってきたよー!と妹と電話をしていたところに、不穏な通知が。Deutsche Bahnがストライキをするとのこと。
1月から何度目になるだろうかというストライキ。そして、私はなぜかストライキの最中に動かなくてはならないことが多く、早い時間帯に動いたり、なんとか動いている電車に飛び乗ったり。毎回無理やり動いてきました。
ただ今回は少し事情が違い、当初の予定の日は完全に電車がない状態。
大都市から大都市間は1-2本走らせてくれるDBも今回は譲る気がないようで、本当に電車がない。
姉妹で頭を捻り、1日早く出発することを決めました。その日の昼にフランクフルトに帰ってきたばかりで、ゆっくり家の掃除をしたり、パッキングを解いて荷物の仕分けをし、1日休んでからスイスに向かう予定でした。
そのため準備は次の日と、旅程を変更した時には何もできていない状態。おまけに唯一走る電車は朝の5時50分発。現時刻は22時30分。家から中央駅まで向かう時間を考えると4時に起きた方が良さそう、と考えていたら家を出るまでのタイムリミットはすぐそこでした。妹と電話を繋ぎながら、荷物の確認をして、「早く寝ろー!!」と妹に言われながらベッドへダイブ。
時差ボケがどこかへすっ飛んだ気分でした。

ちゃんと朝4時に起きて、家を出発したものの、事件が発生。
ストライキがすでに始まっているのか、SBahnが動かない。
しかもいつも使っている電車は工事で中央駅につかないので、別ルートを選択したところ、電車が動かない。
え、市内の電車のストライキ早くない?と焦るのも束の間、別の焦りが。
このままだと唯一のスイス方面の電車を逃す。
さあどうする!?
捻り出した結果、スーツケースを持ってフランクフルトで最も治安の悪いエリアを突っ走る or 路面電車が動いていることに賭けるの究極の二択でした。
フランクフルトの治安はドイツの中でもかなり悪いに分類されるので、その中でも最も治安の悪いエリアを歩くのは朝でも昼でも夜でも避けたい…。
(余談ですが、中央駅周辺はとても治安が悪いです。薬の売買、酒・タバコ、路上で寝ている人が息をしているのか?と疑いたくなるような光景もあります。日本の感覚で駅近!と安易に考えてしまうと逆に怖いと感じるかもしれません。)
路面電車が動いていなかったら走ろうと思い、停留所までダッシュ。
スーツケースの中に日本酒の酒瓶を2本入れていたり、本やらお菓子やら色々詰め込んでいたので、案外スーツケースの重量は重く、ストライキの中に移動する人もあまりいないので早朝の街をゴロゴロと音を鳴らしながら駆け回りました。
幸い、路面電車がすぐにきたので安心して中央駅へ。チケットカウンターに行って、「ストライキですって?私のチケットどうしてくれるのよ!」と一応相談という名の軽い文句とチケットについての確認をとって、「そのチケットは今日からいつでも使えるから〜Gute Reise〜」のコメントをもらい、電車に飛び乗り、波乱万丈のスイス旅が始まりました。

と、言ったものの、電車に乗ってしまえばあとはどうにでもなります。
行き先が変わろうと、この駅には止まらないとアナウンスがあろうとも。
一度、楽器を持って移動するからと座席指定のチケットを買ったのにも関わらず、この電車の車両半分は来ませんとの通知。「????」と理解ができず、ホームに着いたところ、短い電車になっており私が購入した座席がある車両がなかった、ということもありました。

ここで、大切なのは折れない心です。そして、自分を正しく主張する力。
例えば行き先が急に変更になり、次の駅で降りることになった。そうなればDBのカウンターに行って、どうしてくれるんだ?と聞く。周りに流されているだけでは一向に目的地には辿り着きませんし、チケットを買ってお金を払って、正しいチケットを持っているのは自分だという自信があれば、根拠なしにわがままを言っているわけではありません。責任の所在はシンプルです。それは淡々と伝えれば良いだけ。
電車の旅には(特にドイツのDBを使う時には)いろんな予測不可能な事態は起こります。それもまあ、ごく自然に。毎度きゃあきゃあ言っていては神経が保たないので、良い塩梅に受け流すことを覚えました。
今回は電車に乗って仕舞えばこちらの勝ち!と思っていたので、電車の座席に座った時にはホッと安心しました。

今回はスーツケースとリュックサックの旅。
普段楽器ケースを背負っていろんなところに行っている私としては、背中の感覚が違うと、一瞬心配になるのですが、「休暇!」と割り切って電車の旅が始まりました。

日本の電車は安全なので、ついうたた寝をしていたとしても何も盗まれることなく、トラブルに巻き込まれることはありません。しかしながら、海外では常に気を張っている必要があります。
例えば、携帯や財布を盗まれる。パスポートを盗まれる。座席に置いておいた飲み物や食べ物に毒物や薬を盛られる。情報を抜き取られる。私が警戒しているものをあげたらキリがないのですが、とにかく寝ることなどできません。
そうなると旅のお供は本やiPad、PC、あとは車窓の景色を楽しむこと。
フランクフルトから30分ほど経てば、急に高層ビルがなくなり緑豊かな土地が現れます。トンネルを抜けたり、広い原っぱの横をビュンビュンと通り抜けていく。
高層ビルや現代建築が多く集まるフランクフルトも好きですが、自然の風景も好きな私にとっては、たまにビルではなくて山や湖、野原を眺めている時間も大切だったりもします。
本を読みながら、時々車窓の景色を目に映していれば、3時間くらいあっという間です。さらに、ドイツの長距離列車は日本の新幹線に比べて窓(というか窓枠)が大きいので、太陽光も入って明るく移り変わる風景が見やすいという特徴もあります。

スイスに入るとわたしの携帯は機能しません。国境を越えてしまうと電波が通じないので、半強制的にデジタルデトックスの時間が訪れます。
スイス鉄道はまた少し雰囲気が変わり、ここからは中距離列車になるので、座席や周りの乗客、止まる駅の間隔も変わってきます。
スイスはさらに山が多いので、山肌に近い場所を線路が通っていたり、自然のトンネル(岩がくり抜かれているように見えました)が連なっていたり。遠くの街が雲の合間から見えたり。山の天気で、太陽が見えたり見えなかったり。

話している言語がドイツ語からフランス語に移り変わり、時折聞こえてくるイタリア語や英語、中国語、韓国語。私の頭の中は日本語で思考が動いていて、読書の本も日本語。
さまざまな言語に囲まれて過ごす時間、それはある意味私にとって「自分が何者であるか?」の自分探しの時間です。
自分の育ってきた環境、今いる環境、何にどう影響されているのか、自分の思考回路や、決断・決定の定義や何を基準に目の前の世界を見ているのか、自分の頭の中とは?といった答えのない、自分の意思決定や価値観・倫理観を見つめ、無心になって窓の外を眺めながら、考えを張り巡らせている時間。
他の言語が耳に入ってくるからこそ、自分の母国語や思考の言語を再び意識する、なんとも不思議な空間です。
日常の延長にある非日常な景色と体験は新しい視点をもたらしてくれます。
新しい場所に行くという楽しみもありますが、その過程で整理されることや湧き上がる感覚も味わい、考えることができるのも「旅」の醍醐味かもしれません。

そんな風にしているとあっという間に7時間ほどの電車旅は終わり。
学校帰りの妹と駅で合流して、妹の家へ。
束の間の休息と、フランクフルトでは感じることのできない自然豊かで空気の美味しいスイス、山と湖の景色とスイス料理を楽しむ、特別な姉妹の時間でした。

帰りは名残惜しい気持ちもありますが、お互いエネルギーチャージをし、リフレッシュしたことによって明瞭になった頭で再び電車へ。
帰りは冴えた頭と自分の本拠地に戻ってからのことを考える、未来への目線。
足元をしっかりと地につけて、目線は前へ。
だんだんと見慣れた光景が戻ってくるのを電車の窓から見つめていくと、次のための起動スイッチが入る感覚がします。

「さて、明日からやるぞ」
だんだんと目的地へ近づき、そして同じ時間をかけて元の場所に戻る。その電車で移動している時間があるからこそ、日常から非日常へ・そして非日常から日常に一本の線が繋がっているようになれるのだと思います。

ヨーロッパという地続きで隣の国や国を跨いで動くことができる、大陸というメリット。日本の島国とは違った電車の旅から得られる新しい体験は、きっと私の人生も彩ってくれるのだと思います。

できる限り電車で旅できるように身軽に動き続けていたいと、これからの旅にも思いを馳せて。

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