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くらげ×寺島ヒロ 発達障害あるある対談 第166回 「今になって『ユニバーサルデザイン』が話題になることから見える日本文化の問題」ってお話

※今回は特別編として無料公開させていただきます。

[く] こんばんは。くらげです。 

[寺] こんばんは。寺島です。

[く] いやぁ、もう地震が続いてますね!実家の山形のほうでも大きな地震がありました。家族は無事でしたけど、観光業に大打撃ですね。ちょうどさくらんぼのシーズンなんですけど、観光客が激減しちゃったみたいなんですよ。地震そのものよりこっちが厳しいですね!

[寺] ご実家が無事で幸いでした。熊本・大分地震のときも温泉客が減って大打撃したけど、大きな災害があると観光地は辛いですね。山形でもさくらんぼ客がかなり減ったと聞いてますよ。

[く] まぁ、お金もないので何かが出来るわけでもないですか、実家から送られてきたさくらんぼを近所におすそ分けすることで地味に山形をPRしておりました(笑)しかし、大きな災害や事件が続き、梅雨も続いているので発達障害の知人たちが参っていますね。さくらんぼでも食べて元気になってください!

[寺] 露骨なPR(笑)切実さが伝わってきますね。

[く] 切実といえば、先日、「グリーンノートを作って欲しい」というツイートがすごくバズっていたんです。

[寺] ああ、はい。色覚過敏の方ですね。ロフトや東京ハンズでも急遽緑色のノートを取扱うことなったそうですね。

[く] そうなんですよ。ボクの知り合いもグリーンノートをセミオーダー販売をするそうですよ。いや、ツイートが実際にビジネスになるのが凄いですよねぇ。あと、UDフォントについてもバズっているツイートがありましたね。まぁ、観測範囲にもよるのですが、ツイッターでもこういう感覚的な話が話題になるようになったんだなぁと。

[寺] 意識高い系の人が、障害適応商品を作ると信用通過が稼げることに気がついちゃったのね(笑)

[く] 寺島さんはこういうデザインに詳しいと思うのですが、一つ解説いただきたく。

[寺] UDフォントというものが何なのかということについてはイラストにまとめておきましたので、ぜひそちらをみていただくとして…。なぜ今話題かというと、これは割と難しい話です。 というのもですねー、デザインの業界もいわゆるSEの業務の引き継ぎ出来てない問題と同じ問題が起こってたんです。

[く] 長い話が始まる予感…(笑)

[寺] なるべくまとめます(笑)OSや言語が変わると、それを節目にSEやプログラマが離職しちゃうじゃないですか。本人がもうプログラムは嫌だ(激務だから)って辞めちゃうこともあれば、会社から若い人と取り替えられちゃうこともあるんですけど、デザイナーも、企画と印刷をやっていた古いタイプの人はほとんど辞めてしまってて今いるデザイナーは、いわゆるWEBデザイナーか、グラフィックデザイナーになっちゃってるんです。だから、UDフォントとかを専門でやっているデザイナー以外は、あまりそういうことを意識してやってないんです。裁量もない。

[く] デザイナーというものの仕事が変わってしまったんですね。

[寺] 私も今の会社に入って驚いたのですけど、WEBデザインの仕事はディレクターという職業の人がワイヤーフレームを書いて、現場のデザイナーに落とす方式なんです。 ディレクターはマーケティングから色やウケそうな形を決めるのですよね。

[く] なんというか、「デザイナーの裁量」がかなり減っていると言うか…。

[寺] 代わりに画像ソフトのオペレーター的な仕事を量的にこなす事を求められます。現場の職人というイメージが強く、アートディレクターやプロデューサーになるのは一握りです。このグリーンノートも、以前は印刷系の裁量のあるデザイナーが、医療的な根拠は知らなくても「こういうのは一定の根強いファンがつく」とプロダクトしていたのだと思います。でもそれが、ある年代で断絶してしまいました。

[く] だから「今になってグリーンノートがなくなった」という騒ぎになるんですね。

[寺] あと、UDフォントとか、くらげさんの世代はWEBのフォントの話だと思ってると思うのですが、私が大学の頃もありました。印刷概論で必修でしたので、50歳より上のデザイナーはみんな知ってるはずです。でも、WEBに50代のデザイナー、業界にほとんど残ってないですよね。だからエンジニア系の技術屋さんで福祉に明るい人がついでにやる仕事になったんです。

[く] うちの社長の上濱とかも福祉に明るいんエンジニアですね。アクセシビリティの分野では。

[寺] まさにそれですね。まあ、それで何が言いたいかというと、今いる「デザイナー」といわれてイメージする「デザイナー」はバリアフリーなデザインに関する仕事をほとんどしてない、ということです。

[く] デザイナーがデザインに介入する余地が少ない、というのは驚きでしたね。

[寺] 欧米では、障害者をある意味いい顧客としてそれ用の商品を作るのは大きなジャンルですし、研究費も国とかからザックリ出るんですよ(笑)でも日本は、工業デザインから、商業デザイン、コマーシャル、テレビ番組制作と来た経緯からデザイナーというのは絵面を作る人というイメージになってしまって、社会的なデザインが遅れたんですよね。今も、圧倒的に遅れてます。

[く] あおが「日本の福祉用品のデザインはどうしてこんなにダサいんだ!」とブチ切れてますからね。

[寺] だから、モリサワさんはすごいんですよ(笑)今回話題になった新教科書体も国などの依頼ではなく、自社プロダクトで持ち出しだそうですよ。提案したデザイナーは30年のキャリアのあるベテランだそうです。

[く] あおが大好きなモリサワUD!めっちゃ見やすい!と言ってますね。

[寺] あおさんはそういうものにとても敏感ですよね。最近福祉用品のデザインが話題に上がるようになったのは、障害当事者と言われる人がネットで発言する機会が増えたこと、大企業終身雇用神話が崩れ、小さな規模での事業を立ち上げる人の中に障害者や支援者のニーズを商機と捉える人が増えたことがあると思います。その分野にギリギリ「失われた20年」の前に教育を受けたデザイナーが生き残ってた、そういうラッキーが重なった結果じゃないかと見ています。

[く] 思った以上に長く、着地するのか心配でしたが、なんとかまとまりましたね(笑)

[寺] まだまだ突っ込んだ話をすれば出来るのですが、くらげさんが眠くなりそうなので(笑)でも、みんなが使いやすいデザインをしようみたいな、ある意味「当たり前」のことが「凄い」と言われるのもどうかと思うんですよね。私は昔から業界の中で「UD的にどうよ!」と言い続けてきたわけなんですけど、採用面ではそういうことが通じなかったんです。で、文句を言う相手がいなくなって粛々仕事しているところに「日本は遅れてる!外国の障害者対応はすごい」「スタートアップでやりましょう!新しいでしょう!意識高いでしょう!」と言われるので、ちょっと今拗ねているところはあるかもしれません。なんだよ〜みたいな(笑)

[く] そのへんは車輪の再発明的なところはありますよねぇ。前々から努力してきた人の積み重ねにリスペクトは必要ですねぇ。

[寺] まあ、誰がやろうと結果出来れば文句はないので、そのうち折り合いをつけます(笑)そんな個人的なことはいいですが、売れる上澄みのものだけを再生産したデフレの20年で、多くのこの分野の良いデザイナーが離職せざるを得なかったことと、それがために後進を育てられず大きく外国に水を開けられてしまったことは悔しいですね。

[く] 前から日本の福祉デザインは遅れていると言っていましたが、なぜ遅れているかがよくわかりました。

[寺] 1980年代の日本は芸術、文化分野では本当に世界トップレベルだったんです。印刷技術は文句なしのトップで、今でも世界中の紙幣を印刷してます。有名な世界的なデザイナーもいっぱい輩出してました。ですから、現場に凄く良いオペレーターがいるのに、ちゃんとしたデザイナーが育たなかったのが本当にもったいないなと思っているのですよ。こういうの他の業界でもあることなんじゃないですかね。

[く] なんかこう、発達障害というか日本の全体的な問題になっちゃいまいたが、これはこれでとても勉強になりました。これはこれで貴重な話かと思います。

[寺] そうですね。わたしとくらげさんでは15歳違うのですけど、今回は世代で全然見えている歴史が違うんだなぁ、と改めて感じました。

[く] 私より15歳年下となると20歳ですが、あのあたりとはもう言葉が通じる気がしません(笑)でも、そういう世代と障害に関することとか話してみたいですね。

[寺] あ、それ面白そう!ゲストで呼んでほしいと言う方がいらっしゃいましたらぜひコメント欄へ!19歳から22歳までの方、よろしくお願いいたします。

[く] では、今日はこのくらいで。お疲れ様でした!また来週!

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妻のあおががてんかん再発とか体調の悪化とかで仕事をやめることになりました。障害者の自分で妻一人養うことはかなり厳しいのでコンテンツがオモシロかったらサポートしていただけると全裸で土下座マシンになります。