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明日なんて信じられない少年が、若者の明日を祈るオッサンになるまで

お断り

このコラムは応援プラットフォーム「ビスケット」に掲載したものの転載です。よかったらビスケットを見ていってください。

 https://bis-cuit.jp/kurage313/activities/379

明日なんて信じられない少年が、若者の明日を祈るオッサンになるまで

2019年3月末をもってジオシティーズは消滅した。インターネット老人会に加入していない方々に説明すると、ジオシティーズとはかってヤフー・ジャパンが運営していたホームページを簡単に開設できるサービスだ。ブログサービスが本格化する前は日本でホームページを持つといえばジオシティーズにアカウント開設するのとほぼ同意義だった時代もあった。

そして、1998年からインターネットを使っている私は当然ジオシティーズの無料アカウントをいくつももっていた。一番古いのはおそらく私が中2で弟が小6の時に開設したもので、HTMLベタ打ち、PC雑誌のおまけのCD-ROMに入っていた画像を使って、どっかの掲示板にリンクしたもの、というとてつもなく稚拙なものだったが、初めてホームページがパソコンに表示されたときの興奮は今でも覚えている。(ちなみに弟は現在はシステムエンジニアだ)

まぁ、そのホームページは結局すぐに飽きたわけだけど、2000年(高校2年生)前後にテキストサイトブームが到来する。テキストサイトとはその名の通り読み物メインのホームページで、今のYouTuberをやるような人たちがテキストを必死に書いていた時代、というとまぁなんとなく正しい気がする。ただ、収益は全く発生しなかったが。

その荒波に飲まれた根暗文系の私は勢い余って「明日なんて信じられない僕らのために」というホームページを作った。このタイトルは当時ガチハマりしていた遠藤浩輝の短編に「神様なんて信じていない僕らのために」というのがあって、コレをもじったものだ。今からすると酷いタイトルだが、中二病とはそういうものだ。

で、このサイトの内容だが、なんの勢いか自分のチンコのサイズを書いて学校中にバレて笑われた、という以外は何も覚えてはいない。そういう馬鹿なことを書くのがブームだったわけで、時代が時代ならバカッターをやらかしていたに違いない。(だから私はバカッターをやらかす学生を叩くことができない)

でも、書くことが楽しかった。友人の反応が嬉しかった。まぁ、実際のところ、この頃の私はまだ「世界なんてつまらないものだよ!」とうそぶく余裕もあったし、このタイトルのテキストサイトを書くことにナニカの意味を覚えていた。実に牧歌的であった。

その数年後、私は社会にでて色んな意味で破滅した。うつ病で退職した。明日なんて信じられない、というか、明日なんてもう来るな、と呪詛を吐きながら発泡酒を箱で買ってきて1日で飲み干すみたいな生活をしていたこともある。そんな私を支えてくれたのは家族であり妻だった。そこからたまたま本を出す話が出てきて、たまたま書いた本がそこそこヒットして、それをきっかけになんとか立ち直ることができた。本当にみんなに感謝しているし、とりわけ妻には頭が上がらない。

しかし、私が本を書けた理由は結構謎だ。完全な素人が何故か本を一冊書き通せたのは(編集者の励ましがあったとはいえ)奇跡だった。その根底には、高校時代にテキストサイトを書くことで「書くこと」の楽しさに少しでも触れたことの影響が間違いなくあった。

あの今では信じられないほど低性能なパソコンで、慣れないキーボードを叩きながら書いた稚拙なテキストは、もう内容もチンコの事以外は覚えてないし、既にネットからは消えた。おそらくアーカイブもされていないだろう。

でも、あの時に書いたテキストで「ウケたこと」は間違いなく、私の中に根付いていて、今こうやってテキストを打つことに20年近くの時を超えてつながっている。あのとき、あの「明日なんて信じられない僕らのために」というテキストサイトがなかったら、私はこの世のどん底で苦しんでいるか、とっとと世の中から消えているかだったろう。

という話を、妻にしたことがある。妻は笑いながら「じゃ、今は明日を信じられるのかい?」と聞いてきた。私は「ちょっとは信じれるようになった」とニヤニヤしながら答えた。妻は「素直じゃないねぇ」と呆れていた。

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ビスケットは応援プラットフォームだと思っている。そして、応援とは、その人の願いという種に水をやることだ。もし私がテキストサイトを書いたとき誰も応援してくれなかったら、私はすぐに書くことをやめて書く楽しさに触れることもなかっただろう。

ビスケットにあるのは願いの種だ。でも、種が全部花咲くわけではないし、咲いてもキレイとは限らない。でも、応援することは必ず、何年か、何十年か後かわからないけど、その人の力になる。私もまだ人に応援される立場だけど、少しずつ応援もできるように成長していきたいと思うし、それが35歳のオッサンの役目だとも思う。

明日も神様も信じてなかった少年は、いま、薄くなりつつある頭に悩みながら、若い人たちの明日を祈っている。彼らの明日に、光があらんことを。たとえ覚えていない今日だろうと、彼らの豊かな土壌となりますように。

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妻のあおががてんかん再発とか体調の悪化とかで仕事をやめることになりました。障害者の自分で妻一人養うことはかなり厳しいのでコンテンツがオモシロかったらサポートしていただけると全裸で土下座マシンになります。