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名取さなVSディアボロモン#2

2020年 12月27日 バーチャルサナトリウム

「うわ、やば・・・・・・」
 タイムラインに流れる情報の嵐を見て、名取さなは思わず呟く。Twitterは大騒ぎだ。世界中の最先端IT施設が同一ハッカーにハッキングされたというのだ。こんな話に詳しそうな友人の顔が思い浮かんだのと同時、通知がポップアップする。それはTwitterのものではなく、バーチャルサナトリウム内の業務用チャットのものだ。
『急活性について承知しました。設備の再起動を許可します。カートリッジは抜いて脇に置いておきなさい。それと、仕事中にTwitterはしないように』
「あ、はい、スミマセン・・・・・・」
 いったいどこから見られていたのか、スマホに向かって謝罪するが当然誰からの返事もない。ねこちゃんせんせぇが彼女を叱るようにニャーンと鳴く。
 許可が下りたので、名取さなは仕事を再開した。接続構造の上層から順に電源を切り、ケーブルを抜く。カートリッジも抜き取り、再生機を切った。シリンダーに浮かぶ脳髄だけが変わらず光を放っている。インジケータの点滅はそのままだ。明らかに異常である。インターネットに接続する機器は既に取り外しているのだ。
「ええぇ?何それ・・・・・・」
 周辺機器を再起動し、逆手順で接続してみても、やはりインジケータの点滅は激しいままだ。こうなるとインジケータランプの故障か。しかしシリンダーの修理は名取さなには不可能だ。分解さえできない。そもそも患者の生命維持に必要不可欠の設備なのだから。そんなものが故障したのだとしたら、いったいどうすればいいのか。
 名取さなは急に不安に駆られた。もしもこの患者がこっそりネットに接続しているのではなく、何らかの装置の異常で苦しんでいるのだとしたら?だとしても自分には何もできない。
 その時、スマホが再度通知音を鳴らす。何の通知かと画面を見た名取さなは、メッセージを読み、首を捻る。そこにはこう書いてある。
『Hello!!』
 普段使っていないはずのSMS機能による送信だ。業務用のやりとりにはSlackを使っているからだ。送信元は"@@@@@@djm.factorymark.co.jp"。当然見覚えがない。間髪入れず再度通知が鳴り、同じ送信者からのメッセージ。
『thx u waked me』
「・・・・・・何これ?いたずら?でもこのスマホのアドレス知ってるってことはサナトリウムの中の人だよね」
『lets play me』
「いや遊ぼうて言われても困るんですが。誰?」
『im on ur front』
「目の前って・・・・・・待って、これ私の声聞いてない?」
『yeyeyes』
 名取さなは画面から顔を上げる。目の前には異常活性した脳髄がある。その脳髄は他の全てと同じように沈黙している。インジケータだけが今も激しく点滅して・・・・・・否。点滅のパターンが変化した。水底を漂うクラゲのようにゆっくりと光り、消える。その発光パターンはマニュアルに記載されていない。
「嘘でしょ・・・・・・何なの、これ?」
『lets play me』

2020年 12月27日 16時54分 カスミガセキ・ジグラット

 「前回」の反省が政治家達の動きを素早くしていた。カスミガセキ・ジグラットそのものが政治的業務の集積施設であり、各閣僚は速やかに会議室へ集合することが出来たのだ。センサからはゴジラの再活性は確認できず、今回の事件は恐らくゴジラを名乗る何者かの電子的攻撃であろう、と推測できた。しかしその場の誰もが1つの可能性を捨てきれていない。そしてついに、ヤグチがそれを口にした。
「ゴジラが何らかの方法で分離し、進化して知性を獲得したという可能性は?」
「それは・・・・・・」
 誰かが恐怖に声を漏らした。誰もが考える事だ。かつてゴジラは何度も彼らの想定を超えて壊滅的被害を齎してきた。今回がそうでないとどうして言えようか。
「IRCチャネルの用意は?AKHQ(アンタイ・カイジュウ・ヘッドクォーター)との連絡は取れたか」
「ハイ、開きます」
 会議室中央、空中投影スクリーンがIRCチャットルームを立ち上げる。有事に備えたAKHQとのホットラインだ。

#AKHQ :Yagchi:今回の件がゴジラによるものである可能性
#AKHQ :MRH:可能性は極小
#AKHQ :Yagchi:零でなく?
#AKHQ :MRH:凍結した本体に異常なし。有線無線共に、不審なLAN通信電波未検出。
#AKHQ :OGH:除染洩れした破片が別個体に成長した場合の可能性。トウキョウ各地、線量上昇は検出されておらずエネルギー源を変更した可能性。従来とは逆に小型化し人間と対話する知性を発達させた可能性。全てが重複した場合の可能性は非常に低いかと。しかしゴジラについて絶対はありません。

 彼らの意見は信用できる。しかし、ゴジラを名乗る者がハッキングを仕掛けてきたのは事実なのだ。
「ただのハッカーテロリストがゴジラを名乗ったのでは?」
「だとすれば、とんだ不届き者がいたものですな」
 ヤグチはゴジラの影響である懸念を拭いきれなかった。しかし、それを示すデータがない以上、直接的な関係があるとは考えられない。
「ヤグチ=サン。不安はもっともですが、現状ゴジラ本体は無関係なのでは?」
「・・・・・・そうだな」
 ヤグチは決断した。そして、サイバー空間攻撃への対処と共に、念のためゴジラ本体への警戒レベル引き上げを指示しようとした、その時だった。会議室中央、空中投影スクリーンが、独りでに新規IRCチャットルームを起動した。それも1つではない、無数のウィンドウが開き、画面が埋め尽くされる。どれも同じ、そして未知のチャンネルを示している。メッセージが送られてきた。

#VIRTUAL :DIABLOMON:ドーモ!
#VIRTUAL :DIABLOMON:モシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシ
#VIRTUAL :DIABLOMON:ドーモ、アクマ・モノです
#VIRTUAL :DIABLOMON:私がハックしました
#VIRTUAL :DIABLOMON:遊びましょう

 幾つものウィンドウが同じメッセージを表示する。そのタイプ時間はわずかコンマ1秒だ。そして、会議室のスピーカーから合成オイラン音声が告げた。
「アンタイ・カイジュウ・ニューク発射カウントダウン再開な。カラダニキヲツケテネ!」
 ブガー!ブガー!天井に据えつけられた赤色回転灯が警告を発した!そして壁に掛かったデジタル時限表示装置が、カウントダウンを始めたのだ!当初58分46秒を示していたそれは、冷酷にも1秒ずつ減っていく。それがゼロになった時、国連軍の熱核攻撃によって東京は焦土と化す。これはゴジラ本体の解凍時に起動される緊急プロトコルなのだ!
「アイエエエエエエエエエ!!!???」
「アクマ?ゴジラが!」
「ゴジラが目覚めた!?」
「ゴジラがニュークを!?」
「ゴジラナンデ!?」
 ごく短時間にゴジラ状況に晒された上に、前触れ無き緊急プロトコルの発動。会議室はアビ・インフェルノ・ジゴクと化した。経験を積んだ政治家たちが、こうもたやすく前後不覚となるものだろうか?そう疑問に思ったあなた方は正しい。彼らはただ錯乱したのではなく、GRS(ゴジラ・リアリティ・ショック)に襲われたのである。日本人の記憶に深く刻まれたゴジラの恐怖の記憶が、彼らの精神的支柱を砕いたのだ。ヤグチを含む僅かな人々、ゴジラに面と向かって立ち向かった事がある一部の者だけが冷静さを保っていた。
 ヤグチは速やかにIRCチャットを飛ばした。

#AKHQ :Yagchi:ゴジラの凍結状態は?
#AKHQ :MRH:変化なし。カウントダウン再開な?
#AKHQ :Yagchi:ジグラットのカウントダウン表示は再開されている
#AKHQ :MRH:凍結状態再確認する

 ヤグチはAKHQからの返信を確認すると、顔を上げて周囲を見回した。そして深く息を吸い、叫んだ。
「ザッケンナコラー!」
 アナヤ!ヤクザスラングだ!これはヤクザが恫喝する際に使うチャントであり、決して総理大臣が口にするには相応しくない類の言葉である。しかし、それを発したヤグチの気迫は尋常ではなかった。かつてのゴジラとの戦いを超えた彼は、絶大なソンケイを放っているかのようだ。GRSに震える政治家達は、ショック療法めいて正気を取り戻す。
「外務大臣!」
「アッハイ」
「核が実際に発射されようとしているのか、国連に事実確認を。現在、ゴジラの凍結状態は確認中だ。凍結が継続中であると確認されれば、国連にそれを示して停止させねばならない」
「ヨロコンデー!」
 叩かれた故障UNIXめいて、政治機構は再び動き始めた。ヤグチは壁面の巨大ガラスから見える黒い巨体へ目をやった。ゴジラ本体の凍結は解けていないように見える。だがヤグチは専門家ではないし、この距離で確かな事が分かるはずもない。
(非常に明るいボンボリの真ん前はかえって見にくい・・・・・・今の私は、現場にいるわけではない。それが気がかりだ。何かを見落としてはいないか?)
 彼は漠然とした不安を感じたが、少し考え、それを口にはしない事に決めた。

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