渡部直己教授について

 早稲田大学の渡部直己教授がセクハラをしたという記事を読んで愕然とした。私は1997年からの2年間、近畿大学の大学院で渡部直己の授業に出ていた。修士論文の副査にもなってもらった。渡部直己は私の恩師である。修士課程を終えて、他の大学に進学して以降も、数年に一度程度だが会う機会があり、2011年から2年、事件の舞台となった早稲田大学文芸・ジャーナリズム論系で非常勤講師を務めるにあたっても、彼の口添えがあったのだと思っている(確認はしていない)。その意味で、私は渡部直己に近い人間であり、冷静かつ中立に語れる立場ではない。その旨はあらかじめ断っておきたい。
 まず、今回のセクシュアル・ハラスメントに関してだが、弁護の余地はないと思う。大学院生と二人きりで飲みに行くというのですでに微妙だが、その場で関係を迫るというのは完全にアウトである。相手が学生でなければただのスケベ親父案件で済んだかもしれないが、教師と学生という非対称性が存在する以上、セクハラであることは動かない。渡部直己は自分がしてしまったことの責任を引き受けるほかはない。
 電車の中で、当該の記事を読んだときは、頭を抱えたくなった。「渡部先生、やってしまったか」というのが偽らざる感想だった。渡部直己がある種のスケベ親父であることは、周囲の人間は皆知っている事実だったからだ。もっともスケベ親父であること、つまり、飲み会の席で下品なギャグを飛ばしたり、他人の恋愛事情に興味津々であったりすることは、嫌われたりバカにされたりは避けられないとしても、それ自体で罪ではない。しょうもないが愛すべきおっちゃんだ、という判断はありうるだろう。実際、私にとってはそうだった。飲んでいるときの渡部直己は、批評家や教員としての評価とは切り離して、「しょうもないが愉快なおっちゃん」だった。
 だが、迫られた女性にそのように捉える余裕はなかった。当然のことだろう。ただの下ネタとは違って、関係を求められたのだ。「逃げてきた」と泣きながら知人に訴えた被害者の心情は察するにあまりある。結局退学に至ったというのだから、学業を道半ばで断たれてしまったことになる。功利的な理由で文学学術院を選ぶ意味などないから、本当に心から文学を愛し、創作について考えたいと思って入学したのだろう。同じ文学研究の道を歩んで来た人間として、彼女の辛さ、悔しさ、悲しさはよくわかるつもりだ。その後の大学の対応もなんともお粗末だ。
 かえすがえすも残念なのが、なぜ渡部直己は謝罪しなかったのかということだ。手紙でもメールでもいいから、真剣に謝罪して、何度でも許しを請うべきだった。近畿大学の教授時代に、セクハラではなく舌禍により──渡部直己の毒舌は有名である──複数の学生が渡部直己に抗議を申し入れたことがあった。彼は反省し、数日後、学生たちのもとに謝罪文が郵送されてきた。当時、受取人の一人であった私の妻によれば、きわめて長文の真摯な手紙であったという。はるかに深刻な今回の事件に際して、どうして同じことができなかったのか。
 以上のように、渡部直己はとてもアクの強い、周囲に好悪の反応を引き起こす人間である。基本的にマッチョで、高飛車な物言いが多い。が、同時にとても繊細で、自分の言動が他者を傷つけてしまったと気がつき、悔悟することもあった。それだけに、悲しい。
 現在ツイッターには、渡部直己を嘲笑し、非難する言葉が溢れている。それは致し方がないと思う。けれど、私の知っている渡部直己は、傲慢な怪物でも、鈍感な権威主義者でもない。いや、威張りんぼではあるけれど、他者の痛みにも敏感で、学生の資質に惚れ込む献身的な教育者でもあったというべきか。その教育スタイルと今回のセクハラが結びついているのが悩ましいところなのだが。
 
 次のような例がある。
これも近畿大学の頃の話だが、こんなことがあった。学部の一年生の授業で教壇に立った渡部直己が、この中で村上春樹が好きな人いる? と尋ねる。一年生くらいだと、村上春樹を読んでいるというくらいで、ちょっと誇らしかったりする。意気揚々と手をあげた学生を指差して、渡部は「ふうん、あんな田舎っぺの読み物読んで、何がおもしろいの」(大意)と言ってのけるのだ。そして作品の細部を次々に取り上げて、いかに春樹がダサいかを華麗に説明してみせる。
 なんてことを、と憤慨する読者もいると思う。他人の趣味を否定して何が楽しいのか、と。だが、中にはそれで目から鱗が落ちる学生もいたのだ。つまり、それまではえらい作家だと思っていた村上春樹も、この世界に数多存在する書き手の一人にすぎず、さらに文章の細部に着目することで、単にストーリーを追うのとは違う新しい読書体験が開けるのだと気がつく。そうした学生たちは、渡部直己推奨の作家たち(谷崎潤一郎、泉鏡花、金井美恵子、中上健次など)を読んでいくことで、文体の力に気づき、言葉とイメージが絡まり合うダイナミズム、エロティシズムに目覚めていく。渡部流のテクスト論の実践である。そうしたとき、彼はまちがいなく優秀な教育者だった。
 とはいえ、私は大学院生としてそうした光景を観察しながら、自分が教える立場になったとしても、とてもあんなことはできないな、と思っていた。渡部直己のスタイルは、まず学生の価値観を崩壊させ、そこに自分の考え(春樹はダメ!)を叩き込むというものだ。あまりにマッチョで、高飛車で、上から目線だ。劇薬である。失敗例だって多々あるだろう。(反発して授業に出なくなるなど)。ただ一部の優秀な学生は、新しい価値観も渡部直己の受け売りに過ぎないと気づき、あらためて自分の文学観を確立しようと努力していく。そうやって巣立っていった渡部門下は少なくないはずだ。
 実際、今私は大学で文学を教えているが、渡部流の授業はできないし、する気もない。学生が誰それが好きだと言ったら、とりあえず受け止め、可能なら「おもしろいよね」などと肯定する。もしゼミの学生が、「アイドルで論文書きたいのですが」と言ってきたら、自分はアイドルのことをまったく知らないので再考して欲しいというだろうが、「アイドルなんて下らない」とはまず言わない。そんなことでへそを曲げられても面倒だし、人文学の現場では、すべての興味・嗜好は等価である、という漠然とした認識が共有されている(内心ではまったくそう思っていないのに)。
 だが、本当にそれでいいのだろうか。教育には必ずショックを与えてそれまでの考えを打ち壊し、力ずくで別の地平に目を向けさせる、そういう局面が伴うのではないだろうか。
 渡部直己のスタイルはまさにそのようなものであり、それも高飛車な「俺が教えてやる」というものだった。それは効果的でもあったのだ。効果があったのは、偉そうなだけではなく、人一倍情熱的な教師だったからである。
 渡部直己は学生に入れ込む教師だった。(過去形なのは、私がよく知っているのが、二十年前の近畿大時代の彼だからだ)。これぞ、と思った学生にのめり込み、時間を割き、力を伸ばすために努力を惜しまない。そういう教師だった。そもそも学生と一緒にいるのが好きだった。私たち大学院生は、毎週のように彼と飲みに行き、カラオケに付き合わされ、時には野球で汗を流した。今、そういうタイプの教員がどれほどいるだろうか。
 私などは、教師として学生とは一定の距離をおきたいと思ってしまう方なのだが、彼はそうではなかった。当時遅くまで飲んだ後、一緒にマンションまで行き、ギターの腕前を披露されたのを覚えている。愛すべきしょうもないおっちゃんなのである。
 もっともそれだっていいことばかりではない。すべての学生に平等に入れ込むことはできないから、どうしたって「お気に入り」ができる。嫉妬や羨望が生まれもする。逆に過剰すぎる期待をプレッシャーに感じることもありうる。むしろのびのび学生の自主性に任せるべきだ、という考え方もある。
 ただ、今回の事件を見るにつけ、渡部直己の持っていたマッチョイズム、そして過剰な思い入れが背景になっていることはわかる。「才能を感じると、目の前にいるのが学生であることを忘れてしまう」などというのは、文章だけ見たら失笑ものだが、主観的にはきっと本心なのだろう。渡部直己が学生の才能や資質に惚れ込み、夢中になってしまう教師であるのはよく知っている。「おれの女になれ」というパワーのありすぎる言葉も、いかにも直己イズムである(本当に言ったのかどうかはともかく)。
 もちろん、だから許されるということではない。学生への愛情に性的関心が忍び込んではならないのだ。人間だからそういうこともあるだろうが、そこは意地でも、否認し、抑圧しなければならない。それが教師である。その辺の認識が薄かった。いや、甘えていたのだろうか。

 私たち大学院生は、本人のいないところでは彼を直己ちゃんと呼んで、その振る舞いをよく話題にしていた。「直己ちゃんがこんなことしたよ(笑)」「あんなこと言ったらしいよ(笑)」という具合である。私はうっかり本人の前で直己ちゃんと言ってしまい、「流石に俺の前では慎め」と叱られたことがある。それくらい、彼のマッチョぶりは周知のネタであり、冗談の種だった。本人もそのことはよく自覚しており、だから、親しい学生のあいだでは、「俺様」として振舞っても許されると思っていたのかもしれない。
 授業は素晴らしく刺激的だった。論文などの指導も丁寧だったと思う。約束の面談時間に現れない学生というのがいるものだが、妻は「今日もまたすっぽかされちゃったよ」と嘆いていた彼の姿を今でも覚えている。
 自分と異なる学生の価値観を一旦叩き壊すというスタイルだったため、嫌悪感や反発を抱いているものも多いだろうが、一度波長さえ合えば、とてもいい教師だった。批判や議論がオープンにできる雰囲気があり、軽口の応酬も日常だった。その学生との距離の近さを勘違いしてしまったのではないか。
 ネットでは、余罪があるのではないかとも囁かれている。なんとも言えないが、マッチョイズムと過剰な思い入れという構造的要因がある以上、似たような事例、もっと悪いケースがあっても少しも驚かない。そのようなことがないよう願うばかりである。もしかしたら、この文章も渡部直己にあまりに甘すぎたということになるのかもしれない。
 しかし、それにしても残念すぎる。渡部先生には晩節を汚してほしくなかった。渡部直己のもとで学んだ日々を誇らしい記憶として持っていたかった。
 被害者の方が心の傷から快復できる日を祈っています。
 今はただひたすらに悲しい。


追記(6月26日)
 上記の文章は、20日の夕方に報道を見た翌日に朝から熱に浮かされたように書き続け、深夜に投稿したものである。多くの人の目に触れたようで、多数の批判にさらされた(共感や理解できるという声もいただいた)。数日たった現在、感じていることを簡単に記しておきたい。
 まず、当然のことながら、セクシャル・ハラスメントを行ってしまった氏を擁護する意図は全くないということである。文章でも、「責任を引き受けるほかない」と明瞭に書いている。いうまでもなく、処罰が必要だという意味である。にも関わらず擁護と取られてしまったのは、私の文章に氏への悲しみが滲み出ていたからだろう。それは端的に事実である。私はこのスキャンダルまでの約二十年、師への一定の敬愛を感じていたのだから。なお、その期間、私と氏のあいだには数年に一度程度の交流(メールなども含め)しかなかったことは申し添えておく。
 また「擁護であるにもかかわらず悪事を暴いている」といった類の評言に関しては、そもそも擁護の意図はなかったと答えるほかはない。ただ単に、率直に私の目から見た(20年前の)「渡部直己」像を残しておきたかっただけである。ネットの片隅に一つの「証言」をそっと置いておくつもりだった。
 それよりも一番腑に落ちたのは、ある批評家の方による、この文章は「自分自身の過去をケアすることに終始してしまっている」というコメントだった。確かに私は自分の過去が汚れてしまったと感じ、その怒りと悲しみを整理できぬまま筆をとってしまった。そこに傷ついた自己愛を慰撫したいという願望があったことは否めない。その点については、恥ずかしく感じている。
 この事件を受けて、日本の文学研究業界の旧弊な体質・意識改革を訴える声があがっている。まったくその通りであろう。だが、それについては、私などよりはるかに有能な論客がいるだろう。

 
 
 

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倉数茂

コメント3件

「痴漢にも三分の理」というのがよくわかる、手下による名文でした。
「渡部直己のスタイルは、まず学生の価値観を崩壊させ、そこに自分の考え(春樹はダメ!)を叩き込むというものだ。あまりにマッチョで、高飛車で、上から目線だ」というのは、些か語弊があるのではないでしょうか。渡部さんの講義はむしろマッチョ的な(現代国語的な)読み方に真っ向から対立するものだったと思いますし、村上春樹批判も「接近=遮断」の文脈においてのもので、村上春樹ファンの学生を小馬鹿にした感じはあまりなかった記憶があります。
まあ,学生の先入観とか根拠のない自信とかを叩き潰さないといけない場合があるのはわかるし,優秀な学生なら学生であることをつい忘れて学問上対等だと思うのもわかるけど,そういうのはあくまでも学問上の話であって,性的関心を混ぜたらダメでしょう。
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