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近頃の若者は世界征服なんて夢を見ない(2)

前回までのあらすじ~

世界に平和と笑顔を届ける「正義の秘密結社」が日本を統治するようになって50年。

「悪のフリーランサー」であるブラディメアリ、エイトビット、レイヴンの三人は、秘密結社GSMの洋上パーティ会場に乗り込んでいた。

事前の破壊工作によって照明が落ちた瞬間を狙い、ブラディメアリはGSM要人の首を狙う。

しかし彼には護衛のSPがついているのだ。剣呑な雰囲気が水平線に波だっていた。

~悪~


 壇上に立ったブラディメアリは、いつの間にか装着していた真紅の仮面越しに剣呑な瞳でもって周囲を睥睨していた。

 その右手には切っ先鋭いスカーレットセラミックのナイフ。

 それは、壇上の中心にいた初老の男、すなわちGSM日本支部局長の喉元に突きつけられていた。

「貴様局長から離れろ!」

 当然、そのような狼藉はこの場では許されない。SPの男が一人、右手を開きメアリに突きつけた。その手にはなにもない。威嚇しているのだろうか? けれど彼女には視える。空気のゆらぎ。なにかただならぬ雰囲気を感じ取る!

 グ、ドゥン。

 瞬間、空気が弾けた。圧縮空気銃か? どちらにせよその一撃はあのSPの放ったものに間違いなく、人々の見守る中でメアリの頭部だけが勢いよく後ろにのけぞった。というよりもそれは、ほとんど視えない腕に無理やり折り曲げられたかのような。

 そして、ああ、不可視の攻撃を食らったメアリの、その鼻から上は虚空に塵となって消えていた。赤々とした断面が露出し、磨き上げられた床には激しく飛散した血液の跡。それでも首から下は、執念でもってか、立ち姿を崩すこともなくナイフを握りしめていた。

「馬鹿な賊だ。こんなところに単身で乗り込んでくるとは。局長、ご無事ですか?」

 SPの男たちが駆け寄る。その表情は達成感に満ちている。実際、彼らの殆どは新米だった。もともと完全に招待制の洋上パーティ、アクシデントが起こる可能性は低い。それ故の配置だったが、まさかの成果は金星だ。ひょっとすると局長直々にお褒めの言葉がいただけるのではという輝きさえ彼らの瞳にはあった。


 けれど、だけれども、未だに死骸に拘束されたままの局長は彼らを一瞥して冷静に「警告」をした。

「うん、まだ近づかんほうがいいよ」

 それが契機だった。

 ぎょるり。

 首の曲がった、脳のほとんどを失ったはずのメアリの体が身じろぎする。ハッとして立ち止まったSPたちは、それを目にした。

 壇上に散らばったメアリの血液がざわめく。まるで意思のある粘性の生き物かのように。

 さらには、完全に即死のはずだったメアリの口元がゆっくりと動く。あろうことか言葉を紡ぐ。

「ひでえ……こ、と……しやがる……なァ!」

 それに呼応して血液のざわめきが一層強まる。波立ち、共鳴し、そしてついには時を巻き戻すかのように空中に浮かび上がる。かと思えばそれはメアリの欠落した頭部に渦を巻きながら集中していくのだ。撒き散らされた血液の一滴一滴が全て元の鞘に戻る。赤黒い樹脂で作られた剥製のようなシルエットが彼女の頭部があった場所で形成されていく。

 見るものの大半は、あっけにとられてその超常的現象を眺めていることしかできなかった。やがてシルエットはその輪郭を鮮明にしていき、そして、再びブラディメアリの頭部となった。

「ひでえよね、頭吹っ飛ばすなんてさ」

 緋色の瞳が、長い髪が、徐々に黒色に馴染みゆく。

「あ」

 SPの一人が、かろうじて声を絞り出す。そしてそれが最後の言葉となった。

 彼の瞳が、胸の違和感の方に向く。赤黒い、鋭利ななにかが、自分の胸に深々と突き刺さっているではないか。

 これは何だ?

 他のSPたちも同様に胸から奇妙な物体を生やしている。

 いや、それは生えているのではないのではないか?

 刺突されているのではないのか?

 ようするにそれは、胸に突き刺さっていて、なにか。

 痛い――。

 ……。

 彼らの意識はそこが限界だった。電源を落とすように次々と倒れる。死んでいく。皆一様に胸部に赤黒い槍のような物体を突き刺されて。

「死なないけど、痛いものは痛い。まあ、もう聞こえてないだろうけど」

 突然の光景と惨劇に静まり返った会場にメアリの声だけが響く。異常を目の当たりにした視線たちが注がれていることに気がついて、彼女はバツが悪そうに苦笑いをした。

 次の瞬間には、無数の悲鳴が爆発した。

「ば、化物だあああああああああああ!」

 誰かの絶叫に煽られ、パニックは加速度的に増大していく。人々は我先にと会場の出口へと殺到していった。当然、限られた出入り口に入り込める数は限られている。小柄なもの、気の弱いもののような哀れなものたちはほとんど押しつぶされているような状態だ。何人かは圧死の運命を逃れられないかもしれない。

 一方で当の狂乱の現況は冷めた瞳でその地獄を見つめていた。

「べつに非戦闘員には手を出さないのに。あれじゃ私が殺したみたい」

 けれどその中で、逃げ出さないものが二人。うち一人は、メアリだ。そしてもう一人は逃げようにも逃げられない。メアリの握りしめたナイフの切っ先を喉元にあてがわれたままの、哀れな男。何の特徴もない、初老の、日本人。


 けれどその表情には焦りとか恐怖といった色は浮かんでいない。ともすればメアリよりも気怠げに群衆の狂乱を眺めている。

「で、なにが目的なのかな」

 その声は落ち着いていた。異様なくらいに。

「黙ってて」

「君がさっき殺した連中、あれはまだ新米なんだよ。もったいない、人材の無駄遣いだ。新人育成にかかる費用も馬鹿にならんというにね」

「……あのね、おじさん。状況わかってる? 私がちょっと右手に力を込めたら、おじさん死ぬんだよ? ちょっとくらいビビったら?」
「なんだ、君は私を殺すつもりだったのか」

「あぁ? だからさ、ちょっとイラっときたらいつでも殺せるよって話じゃん」

「私を殺したところで何にもならない。局長は単なるお飾りだ。君たちもよく知っているだろう。私が死んでもすぐに代わりがくる。GSMの経営に何ら穴は空かない。それとも、そんな私を殺すためだけに危険を犯してこの地に乗り込んでくるほど君たちは愚かなのか?」

「日本支部トップのあんたを殺せば私達は箔が付く。GSMの顔には傷がつく。十分でしょう、それって」

「あるいは『悪の組織』なら考えそうなことだが。まあいい。それよりも私を殺したいのなら早めにしておいたほうがいいな。ほら、そこ」

 途端、メアリは爆発的な殺気を背中に感じる。新手? 身構える。無意味だった。彼女の視界がぶれ、シャッフルされる。衝撃と浮遊感。

 そのまま壇上から弾き飛ばされる彼女は、かろうじて目に捉えることができた。いつの間にか局長の側に立つ男の影を。

 ズドン!

 クレーターが穿たれる程の勢いで叩きつけられたメアリを一瞥し、その男はにへらと笑った。

「真打ち登場、ってわけさ」

つづく


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