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近頃の若者は世界征服なんて夢を見ない(3)

☆第1話はこちら

前回までのあらすじ~

世界に平和と笑顔を届ける「正義の秘密結社」が日本を統治するようになって50年。

「悪のフリーランサー」であるブラディメアリ、エイトビット、レイヴンの三人は、秘密結社GSMの洋上パーティ会場に乗り込んでいた。

自らの血液を操作する奇妙な術によって要人の護衛SPを蹴散らしていくメアリだったが、死角からの一撃に為す術なく吹き飛ばされる。

いったい今のは何者なのか?

メアリは無事なのか?

悪は、滅びるのか?

~悪~


 その男は、明らかに先程メアリに殺されたSPたちとは異質だった。

「遅いぞ、猟犬。お前のせいで若手がまた死んだ」

「まあまあ大将。どうせ今死ぬような連中は今後も使えやしませんよ。それよりも、安全な場所へ」

「ここで見ている。手短に済ませろ」

 猟犬。それが男の呼び名だ。GSM標準の白スーツをゆるく着崩し、羽織ったコートはだぼついている。おまけに剃り残された無精髭が、まるでたった今パチンコ屋から出てきたかのような野暮ったい印象を付加していた。

 それでも、彼の身のこなしは流麗だ。
 
 ヒゥ、ヒゥ。ふっとばされる間際にブラディメアリが放った血槍が二本、男へ向けて飛来する。彼はそれを軽く身を捻って躱した。

「なんだ、これで終わり――」

 しかし今のはフェイントだ。最初の攻撃に隠された第二陣が既に放たれている。これがメアリの得意技なのだ。あからさまの一撃を放ちあえて攻撃を躱させる。その後の、体制を立て直すまでの僅かな隙をついて、殺す。

 そして実際、必殺の一撃は僅かな男の隙を捉えようとしていた。

 ヒゥ。空気を切り裂く音。血槍は狙いあやまたずに男の胸部へと吸い込まれるように飛んでいき、そして、突き刺さる。

 ……そのはずだった。
 
 虚空を掠める血槍。後方の床面に突き刺さり、飛散して赤黒い染みになる。

 男は、現れた時と同じように消えていた。痛みを堪えて起き上がったメアリが瞬き一つする間に。

 嘘。確かに取ったはずだった。どこへ消えたの?

 見逃すなんて、私が――。

 ぞく。

 殺気。これもまた、男が現れた時と同じもの。

 振り返る。視界いっぱいの猟犬の拳がメアリの頭部を粉砕した。輪郭がひしゃげ、叩き割られたスイカみたいに赤色が撒き散らされる。

 それで終わりではなかった。

 猟犬の回し蹴りがよろめくメアリの腹部を打ち据え、彼女の体はくの字に折れ曲がって吹き飛ばされた。

「がっ――」

 会場の白い壁に赤色の染みを残しながらバウンドしたメアリに、いつの間に距離を詰めたのか、なおも猟犬は追撃を加える。

 やばい。

 脳天から叩き潰すようなフィスト。容赦なく床へと打ち付けられ、揺さぶられる思考の中でメアリはそう理解した。

 これやばい。
 
「グゾがよォ!」
 
 これ以上食らうのはまずい。鈍痛の波の中でそう判断したメアリの全身が波打つ。そして、風船がぽんと爆ぜるみたいに真っ赤な霧となって周囲へと飛び散った。トドメの一撃はメアリに命中することはなく、会場の床にヒビを残す。

「へえ……」

 赤い霧はまたたく間に飛散し、逃げ遅れ押し倒された死骸の上を通り抜けて会場から逃げ出した。相手は気体。さすがの猟犬ももう追撃はできないらしい。一連の戦闘を眺めていた局長に肩をすくめてみせた。

「すんません、取り逃がしました。なかなか面白い芸をするようで。あー、それよりお怪我はありませんかね、大将?」

「奴らに殺意があればお前が遅れてくる間に私は死んでいるよ」

「そうだったら俺ももっと早くに出てきますよ。それより奴さん、何が目的だったんでしょうね? 大将の暗殺じゃなきゃあ――」

「おおかた私を人質にGSMから身代金でも取ろうという魂胆だろう。だがお前のことも知らんとは、よくその程度の情報でこの船を襲えたものだ」

局長の反応は、徹底的に平坦だ。まるで感情そのものが欠落しているかのように。

猟犬は、けれどそんな現局長を気に入ってもいた。事あるごとに呼びつけ、無意味な戯言を撒き散らしては死んでいく。そんな連中たちより随分マシだ。

人間性? それってなんの役に立つのかい。

「ま、あれだけやられりゃもう諦めるでしょう。悪くない女だったし、あれをそう何度もぶちのめすのもいい気分がしない」

懐から煙草を取り出す。安い銘柄だ。慣れ親しんだ安物が一番うまいのさ。彼はそう信じている。

「船内は禁煙だ」

猟犬がまた肩をすくめる。

「勝利の一本ですよ」

「もういい、さがれ。これから会場の掃除もしなくちゃならんのだからーー」

バイブレーションが言葉を遮る。局長の懐からだ。彼がそれを開く頃には、もう猟犬はその姿を消していた。まるで幻のように、なんの前触れもなく。

「なんだ、こんな時に。さっきの奴がまた現れたのか?」

端末が耳元でがなりたてる。不快な音楽。局長の鋼の表情がわずかに歪む。

「なに……本当なのか」

荒れ果てた、静かな空間に彼の声だけが響く。

「娘が、チエが、攫われたというのは……」

つづく

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