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「自分はスポンジ」と思って踏み出す一歩【糸魚川・天野千恵さん】

助手席の窓から見える景色は夏真っ盛り。
青い海と入道雲が眼前に広がり、頭の中ではゆずがひっきりなしにギターをかき鳴らして「夏色」を歌っていた。
8月も終わりだというのに気温は35度。どうやら日本は夏を終えたくないらしい。
そんな暑い日に、新潟で「くらしはたらく」人の熱い思いを聞くため糸魚川にやってきた。
今回は糸魚川市中宿地域にある株式会社「美装いがらし」で、自社ブランドである「ao」の担当をしている天野千恵さんに取材をさせていただいた。
工場見学などもさせていただいたので、まずは会社の紹介から入っていこうと思う。

株式会社美装いがらし

美装いがらしは1967年に創業。レディースアパレル用品を中心に製造を行っている会社だ。スノーピークやニューヨーカーなど多くの有名ブランドにも製品を提供しており、もしかすると知らず知らずのうちに美装いがらしの製品に触れていることもあるのではないだろうか。
創業から50数年。その期間で培われた技術をもとに、2005年、「ao」というガーゼ生地に特化したブランドを設立した。「ao」設立当時、ガーゼ生地を利用した服は少なく、珍しいものであった。しかし、その肌触りのよさとガーゼ生地の出荷量が増え始めていたことから、ガーゼに特化したブランドへと踏み切ったそうだ。現在は美装いがらしの生産の約40%が「ao」で占められている重要な販売源である。
 
自社ブランド「ao」
製品の特長は何といってもその肌触り。日本アトピー協会に選ばれるような商品も販売されており、その生地は化学物質を少なくし、赤ちゃんが着ても大丈夫なような基準で作られている。とにかく肌に対して刺激となるものが少ないのだ。実際にいくつか生地を触らせていただいたが、ものすごく柔らかく、まるでこれを着て生まれてきたのではないかというほど肌なじみがいい。言葉では伝わらない部分もあるのでぜひ、実際に製品を手に取ってみてほしい。

「ao」の製品を支えるのは肌触りの良さだけではない。自社で綿花を作る「コットンプロジェクト」や、環境に配慮した素材を追求することで、良い製品を生み出し続けている。
 
そんな製品を作っている社員の皆さんの様子はというと、とても集中して、しかしどこか楽しそうに働いているように私の目には映った。
彼らの集中力を生み出すためには、さまざまな工夫が施されている。例えば、朝、出勤してきてから一時間一人で黙々と仕事を行う「がんばるタイム」や、一日の仕事のペースを作るために午前中は工場内で音楽は流さない、などのルール。なるほど、いい仕事をするには環境から作る必要があるのか。
「ao」の販売店舗は新潟だけでなく、大阪や博多などの大都市にも展開している。新潟県に、大都市で売られている服を作っている工場があることを私は知らなかった。田舎で何もないと思われている新潟は、魅力のある企業がある県なのかもしれない。

天野千恵さんインタビュー

プロフィール
天野さんは美装いがらしがある糸魚川市出身。商業高校卒業後、ペットの看護とトリミングが学べる東京の専門学校へ進学した。当初は獣医のアシスタントになるのが夢だったが、勉強を進めていくうちにトリミングに興味が湧きペットトリミングの道へ転換。卒業後、糸魚川へ帰ってきて市内唯一のペットショップで三年間働き、結婚を機に退職。その後は子どもを育てながら古雑貨のお店でパートをしていた。
現在は美装いがらしのガーゼに特化した自社ブランド「ao」の販売員として働きながらコットンプロジェクトをすすめている。

「ao」に入社したのは「綿花を育てていたこと」がきっかけ

地元・糸魚川で、オーガニックコットンを育てようと始まった「コットンプロジェクト」。このプロジェクトを始めるために、今の美装いがらし専務は綿花を育てられる人を探していた。そんなとき、天野さんが前職で綿花を育てていたことが彼の耳に入り、「ao」への入社のきっかけとなる。そして声をかけられた天野さんは「綿花育てられるならいっか」と入社を決めた。
入社当初は、それまで育児で会社での仕事から離れていたこともあって、仕事の成果を出さなければいけないというよりも「(綿花の)畑に行ければいい」というような感じだったそうだ。 

綿花栽培だけでなく、縫製作業や販売もやることに

しかし、畑ばかりやっているわけにもいかず、工場での縫製作業を手伝ったりして現場に少しずつかかわっていくうちに、「トリミングで面白いと感じた部分と同じだ!」、「(昔と同じように)はさみ持ってるじゃん!(やっぱりこういうことが好きなのかも)」とやりがいや面白さを感じていくように。
そして徐々に「ao」の販売の仕事に重きが置かれるようになっていき、今では週に一回畑に行きながら「ao」の業務をこなしている。

不安を乗り越えるには

天野さんは「ao」に入るまで接客を伴う販売の仕事はしたことがなく、すでに購入が決まっている商品のレジ打ち経験がある程度だったそうだ。
 
社会に出れば初めてのことに挑戦しなければいけないという場面は多い。それは理解しているし、そこでの新たな出来事があることもわかっているのだが、私は初めてのことをやるときいつも不安になり尻込みしてしまう。
 
同じように、天野さんも初めてのことをやるのは不安だったという。
では不安を解消して新しいことをするにはどうしたのか。それには「まぁやってみるかと思うようにする」こと。そして「自分はスポンジ」だと思うことだそうだ。
販売の仕事を始めた最初のころは、商品の展示会で東京と田舎がつながっていることの面白さを感じたり、大阪店の店長に相談をしながら行っていた天野さん。まだ何も知らないけれどその分いろいろなことを、スポンジのように吸収できると思って、少しずつ頑張りながら過ごそうとしていた。
 
「自分はスポンジ」。いい言葉だ。
新しいことに挑戦するというのはこれまで知らなかった・やってこなかったことをこれからしていかなければならないということだ。失敗したらどうしよう、そんな不安がぐるぐると自分の中で渦を巻くが、知らないのだからこれからやり方や知識を吸収すればうまくいく、ということである。
なかなか最初からうまくやることは難しい。それでも、「自分はスポンジ」と思うことで知識を吸収しながら挑戦してみようと思える。

大学生に向けてのメッセージ

新しいことに挑戦するのは怖い。けれど、「少しでもやりたいことがあったらやってみてほしい」と天野さんは話す。

「こうしなさい、ああしなさいって、大人が言っても自分が決めたことじゃないと納得しないよね。取っ散らかった人生だけど、私は自分で決めてきたかな。どこ行く?東京行きたい!じゃあ東京行く!とかね。決めてきたことの積み重ねでこんなになってるけど、ああすればよかったとかそういうのはないかな」
自分で決め、やりたいことに挑戦するというのは意外と難しい。将来のことを考えたら自分がやりたいことよりも、大人のいうことやいろんな情報を参考にした方が現実的ということもある。けれど、そこであきらめてしまった「自分のやりたいこと」は一生宙ぶらりんな状態で心の中に残り続け、後悔の原因を他者に求めるようになってしまうのだ。
毎日が選択の連続な私たち。選択するのに疲れ、自分がやりたいと思っていることよりも楽な方を選んでいるかもしれない。けれどやりたいことに挑戦できるのは、今、この一瞬だけかもしれないのだ。この先生きていくうえでの後悔を減らしていくためにも、自分のやりたいことは見失いたくない。

おわりに

大学生活も残り半分。前回の記事にも書いたような気がするが、来年からは本格的に就活に向けて動いていかなければならない。選択肢としてはそのまま進学をするというのもある。私が本当にやりたいことは、就職か進学か。将来のことを考えてまたあきらめようとしていないだろうか。
周りに流されず自分が本当にやりたいことを選びたい。今回天野さんのお話を聞いて強く、本当に強くそう思った。
この記事を読んでくださっている方にもいろいろな事情があると思う。けれど少しでもやりたいことがあって、それに挑戦できる環境にあるのであればぜひ挑戦してほしい。
あなたの人生はあなたのものである。

書いた人
くらはたネーム:歩く文化資本
出身:新潟
おすすめの本:『本と鍵の季節』米澤穂信      
最近の出来事:デザインカッターを使っていたら十数分のうちに二枚も歯を折るというやらかしをしてしまった。悲しい。

株式会社美装いがらし/ao:http://www.ao-daikanyama.com/

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