怪奇メロンパン
「そういえば、恐怖で気を失った事って無いな。」
かぁなっき氏にそう話したのは、彼の大学時代の先輩にあたるジィル氏。女性とおぼしき霊との度々コンタクトするので「リアルゆらぎ荘の幽奈さん」等と呼ばれる事もある。
「俺はちょくちょくありますよ。恐怖で脳が容量オーバーしちゃってるんですかね。」
返答をするかぁなっき氏は数々の心霊現象とそこからの気絶を経験している為か、あっさりとした口調の中にも実感がこもっていた。
「そっか、俺は無いからいまいちよく分からないな。」
ある日のこんな他愛もない話が現実のものになるとは、その時の二人には想像出来ていなかった。
「わかる分かる理解るよぉ〜!」
突然ジィル氏が言い出したのはあれから暫く経ったドライブ中であった。
「どうしたんですか。そんな久本雅美か裏バイトの登場人物みたいな声を出して。」
「いや、記憶を失うってホントにあるんだなって。」
なるほど、遂にジィルさんも経験したのか。事故物件の自宅でかな、それとも趣味のドライブ中かな?と予想していたかぁなっき氏の耳に、
「メロンパンがさ…」
という、異様な切り出し方が届いた。
かぁなっき氏曰く、それは様々なタイミングが重なった事による所謂“波長が合った”出来事ではないかと後に考察している。
ジイル氏が趣味のドライブで道の駅に着いた際、併設のパン屋から「メロンパンが丁度出来立てですよー」と聞こえてきたそうだ。
甘いものは好きだし、ドライブの疲れもある。何より先程から鼻腔をくすぐる甘い香りには抗えないとメロンパンを一つ買うと車に戻り食べ始めた。
一口齧り歯にカリモフの食感が、口内に二層の甘さと風味が、鼻腔に焼き直後の香ばしさが広がった瞬間、
「美味っ!!!」
そこで彼の記憶は途切れた。
彼が意識を取り戻したのは、店員さんの「ありがとうございましたー」に「ハァイ!」と爽やかに返答する自身の声であった。
記憶の欠如に動揺する彼の手には、彼と対照的にどこも欠けていない満月の様なメロンパンが残るだけだった…。
「え?え?つまり美味すぎて…、ってコト?」
「美味すぎて///」
照れたように答える40代男性の姿がそこにあった。
「普段から美味しいメロンパンなのもあるけどメロンパンも焼き上がり後少しして味が安定したベストタイミングでさぁ。俺自身も疲れで体が糖分を欲してたりとか色んな条件が良かったから再現は多分出来ない。
でも、記憶を失う気持ち分かるよ!」
「うっせえわ!!」
※この話はツイキャス「禍話」より、「怪奇メロンパン」という話を文章にしたものです。(忌魅恐NEO 第一夜 2020/6/30)
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