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34章 近未来 老前整理

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 蔵子は出張で新幹線に乗っていた。
二人掛けの窓側のシートで、幸いなことに隣に乗客はなく、時々窓から田植えの終わった水田を見ながら本を読んでいた。

 11時という中途半端な時間はビジナスマンも少なく、客もまばらで、車内も静かだった。
 停車した駅で二人の女性が蔵子の後ろに乗ってきた。
二人は当然のように、土産らしい大きな紙袋を空いている3人掛けの座席に置いた。
静かな車内に二人の声だけが聞こえる。

 はじめは小声だったが、だんだん大きくなっている。
蔵子はミステリーの小説に集中しようとした。もうすぐ犯人がわかるところだ。
そこへ「老前整理」という言葉が耳に入った。

えっ、なんだろうと本を置き、耳をすませた。
窓際のハスキーな声のほうが話している。
「子供たちも結婚したし、家の中の物を片付けなくてはいけないと思っていたけど、やめたの」
通路側の女性はお菓子の袋をガサガサいわせながらどうして? と訊いた。
「だって、今、おそうじロボットがあるでしょ」
せんべいを食べるバリバリという音。
「あれはおそうじだけでしょ」
「5年後、10年後には片付けもしてくれるロボットができるわよ。これができたら、みんな買うわよ」
「でも、何でもかんでも捨てられても困るし、ロボットが片付けてしまって、どこに何があるのかわからないのも困るじゃない」
「ロボットに聞けばいいのよ」


「何を捨てるかもロボットが決めてくれるの?」
「そうよ、サイズの合わない洋服、縁の欠けたお皿、趣味に合わないもらい物の花瓶、全部即刻処分してくれるわ」
「だけど、思い出の品もあるじゃないの、それはどうするの」
「全部写真に撮って、データで保管して物は処分してしまうの。それもロボットがしてくれるからいいわよ」
「ふ~ん、そうすると押入れの中もすっきりするかも」
「そうでしょ。だから今から焦って老前整理なんかしなくてもいいのよ」
「そうねえ、そう思うと気が楽になったわ」
「そうよ、そんなことより、次はどこの温泉にするか相談しましょう」

 蔵子も、確かに片付けロボットができたら売れるだろうと思いつつ、では、人間は何をするのか…と考えたが、ばかばかしくなって小説の犯人探しに戻ることにした。

おわり

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