【レポート】映画リバーズ・エッジ舞台挨拶【感想】(文:こたにな々)

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映画「リバーズ・エッジ」ベルリン国際映画祭 

国際批評家連盟賞受賞記念トークショー

--------------------------2018.03.10 渋谷HUMAXシネマ

<出演>二階堂ふみ、行定勲監督、小川真司プロデューサー
 MC: 矢田部吉彦(東京国際映画祭プログラミングディレクター)

今回のトークショーはベルリン国際映画祭の話が中心でした。

行定勲(監督)

ベルリン国際映画祭で賞を貰うのは今回で4回目。初めてが『GO』(2001年)の時で、その全てがパノラマ部門賞。

今、ベルリン(国際映画祭)ではパノラマ(部門)が一番力が入っていて、面白い雰囲気がある。

映画祭では全体で300本以上上映され、パノラマでは30本以上ある中で、今回オープニング作品に選ばれた。

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”岡崎京子” の凄さが海外のひとにどれくらい伝わるのか分からない挑戦もあった。

海外では思わぬシーンで笑う傾向がある、こちらが思っていたシーンではめちゃくちゃ笑う。観音崎とルミがセックスしているのをこずえが覗き見ながら、ソーセージをかじるシーンはめっちゃくちゃウケた(笑)

日本では主人公ハルナは何にも興味ない女の子として描かれているけれど、ベルリンではハルナは何にでも首を突っ込む過敏な女の子として捉えられていたのが面白かった。

ティーンの映画は教育上良くないとされて世界中で無くなってきている。日本ではこの作品がはR15+で見れる事に驚かれる。世界が丸くなってきている。

前提として死生観・宗教観が違うので、それを受け入れながら見てくれる観客が集まってきてくれるそれが映画祭で、映画祭は勇気付けられる。

映画祭はそうあるべきだと思う。

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-質問コーナーにて、劇伴について

この作品ではアレンジ等を加えながら、劇伴は1曲しか使っていなくて、劇伴で説明する作品にしたくなかった。ゆいつ、山田が好きな人を校庭で見ている場面でキラキラとした合唱曲が流れる。ここには山田の劇中では説明されなかった感情が表現されている。でもそれを歌っているのは山田が望んでいない人達が歌っているという矛盾がある。

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参照画像:映画『リバーズ・エッジ』公式サイトより

二階堂ふみ (主人公・若草 ハルナ役)

もともとベルリンが好きで、ベルリンに行きたいとずっと言っていた。

Berghain(ベルグ・ハイン) っていうテクノクラブにもう一回行きたかったっていうミーハーな理由なんですけど(笑)

大好きなウェス・アンダーソンが来ていて興奮して、すごく会いたかったけど、会えなかった。

カンヌでもベネチアでもなく、ベルリンの薄暗さにこの作品が合うんじゃないかと思った。

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----ここからは岡崎京子の原作をちゃんと読んだ事がない世代の女の ”感想” をお楽しみ下さい。

◆原作を見てから映画館へ行くのと、先入観なく突撃するのと最後まで迷った。『ヘルタースケルター』の時は映画を観てから、どうしても原作が読みたくなってその足で本を、頭をぼーっとさせながら漫画を読んだ。

◆結局今回は原作を読まないで行った。知らないで行ってしまった女の感想の方が面白いんじゃないかと思ったのと、原作を読んでしまうと映画に納得出来ないんじゃないかと思い、丸腰で突撃した。小沢健二の『アルペジオ』すらこの瞬間まで聴かなかった。初見の ”気持ち” がとにかく欲しかった。

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山田を見た瞬間に、小山田さん(コーネリアス)にしか見れなくて、殴られている山田を見て、いじめていたのに、いじめられている...なんて頭の中で錯覚した。

「ウゴウゴルーガ見逃した」とかこないだ廃刊した雑誌「CUTiE」とか「渋谷HMV」とか「オリジナル・ラブが渋谷クアトロで」とかオザケンが「小沢くん」で「元フリッパーズ」って言われてたりとか、そんな事にいちいち心を掴まれてた。そんなミーハーな気持ちと同時に、90年代の不穏を思い出した。

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「どっちかと言うと生きてないと思う」

90年代は音楽業界やカルチャーが元気があって良かった、なんて言われるけど、震災・猟奇事件・宗教テロ・援助交際...思い起こせば子ども心にもその空気を肌で感じるくらい不穏な時代だった。

特に若い子達は、時代の中で若さを凄い勢いで消費しながら・されなから、やっぱり皆んな、傷ついてたんだと思った。

劇中のインタビューでハルナが「どっちかと言うと生きてないと思う」とぽつりと言ったのが、それがすべてだと思った。

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結果的に映画だけでは充分なショック(私が大人になっているのもある)や、泣けなかったけど、最後の小沢健二の曲で泣きたくなった。

この作品は2018年現在に続いていて、あの曲の中で時代もハルナも山田もオザケンも岡崎京子も生きていて、もちろん現在も皆んな頑張って生きているって思わせてくれる歌だった。2018年に90年代の作品が公開された意味がきちんとそこにあった。

そして、映画を先に見てしまった2018年の私には、90年代の少女達がぶち当たった衝撃をきっともう体験出来ることはないけれど、それが90年代に思春期を過ごせなかった・2018年を生きる私の役割でもあると思った。

2018年の岡崎京子と小沢健二に、そして行定勲監督、二階堂ふみ・吉沢亮をはじめとした出演者の皆さんに、愛を込めて。


文:こたにな々(ライター) 兵庫県出身・東京都在住https://twitter.com/HiPlease7 

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