代表理事のつぶやき…髪の色を変えたことから考えた、「自分相応」な生き方。

先日、髪の毛の色を変えました。

それまでは普通の髪色だったのを、明るめのグレーみたいなアッシュ系の色にしたのですが、ブリーチで色を抜いているので光の当たり方によっては金髪みたいに見えることもあり、周りの反応がすごい…。正直、髪の色を変えただけでそんなに面白がってくれるのか、とびっくりしています。

もともと独身時代は緑にしたり赤にしたりしていたので、自分自身はまったく抵抗がなかったのですが、人によって反応が違ってそれも興味深い。あきらかに目線が髪の毛に行ってるのに、そのことにはまったく触れずにビジネスライクに話をする人とか(金髪キャラじゃないので気を遣っておられるんだと思いますが…)、逆に会ったとたんに「なんで?どうした?」と矢継ぎ早にたずねてこられる人など。

髪色を変えたのには理由があって、実はもう5年以上白髪染めをしていたのです。でも、毎回毎回、安くないお金を払って同じ髪色にするというのがなんだか不毛な気がして、どうせなら面白い色にしよう!と今回カラーチェンジしてみたのでした(ずっと金髪にしたい願望はあったのですが…)。

そのことを話すと、「私も白髪染めするのに疲れた」「可能なら染めずに、白髪のままでOKな世の中だったらいいのに」とおっしゃる女性が多いこと多いこと!これにもびっくりです。

私自身も、白髪のままでもいいんじゃないか、と美容師さんに相談したこともあったのですが、「年齢より老けて見えて損だよ」と言われ、そうかあ、そうだよなあ、と思っていました。でも、ここ数日でいろいろな女性と話をしてみて、「白髪を染めて年相応の人間として見られる」ということに疲れている方は多いのかもしれないな、と感じ、あらためていろいろ考えてしまいました。

よくよく考えたら、年齢と仕事がほぼ関係のない状態で仕事をしている私にとって、別に40代相応の見てくれじゃなければならない理由ってないのかも。白髪でも金髪でも、中身は同じですから(これは自分が特殊な働き方をしているからできることだとは思うのですが…)。

逆に言えば、見てくれじゃなく、私という人間と相対してくださる方がたくさんいらっしゃる、ということで、これはとても嬉しいことです。

それに、年相応という言葉に縛られて、今後も50代相応の服を着て、60代相応の暮らし方をしていかなくちゃいけない…というのはなんだか嫌だなあ、抗いたいなあ、と感じてしまいます。

「年相応」って世間一般の年齢に照らした基準なんだろうけど、むしろこれから(40代以降)は、「自分自身」が基準になってくるのかな、と感じています。「こんな自分でありたい」という理想像が確立するのが40代くらいなんじゃないでしょうか。そして、その思い描く理想の自分に近い姿でありたい(外見も、もちろん中身も)から、おしゃれをしたり、白髪染めをしたり、自分磨きを頑張ったりするのだと思います。

だから言ってみれば、「自分相応」を追い求めるのが40代からの生き方なのかもしれません。

私の思う理想の大人は、知的好奇心が旺盛で、朗らかで、常に少し上を目指して暮らしている人。髪の色は何色でもいいのですが(笑)、自分の物差しがちゃんと備わっている人が理想です。そして、ずっと健康でいたいし、できれば若々しくありたい。

今はまだかけ離れていますが、「理想の自分」を基準に、相応な暮らし、相応な学びを追い求められるような大人でありたいなあ、と思う今日この頃です。

…髪の色を変えたことからずいぶん話が飛躍しましたけど、くらしアトリエが考える「シビックプライド×スマートエイジング」の概念にも通じるところがあるなあ、と思ったので、綴ってみました。




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