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父とカメラ

父に贈った最後のプレゼントは、Nikonのカメラになった。

人生初の入院と手術をなんとか乗り切った快気祝いと、コロナの外出自粛で会いに行けない父の日を兼ねて。
妹と2人で、これまでにないほど大奮発をしたのだ!

その年に発売されたばかりのクールピクス(Nikonのデジタルカメラ)が欲しいというのは、事前のリサーチで知っていた。
9万円ほどのそれは、定年退職後の父にとっては手軽に買えるものではなかっただろう。少なくとも「お母さんに相談」が必要な案件。だから、プレゼントしたら絶対喜ぶことがわかっていた。

わたしと父は、とくに仲がいいわけでもなく、共通の話題もほぼない。
だけど、カメラの話だけはたびたび盛り上がった。わたしたちはカメラが好きだったからだ。
お互いのカメラに興味を持つだけで、ほんわかしたコミュニケーションが成り立つ。「好きなものでつながる」はとても心地よい。

父の日に届くように送ったサプライズ。
想像以上に大喜びだった父は、新しいカメラに合わせて周辺機器を手配したり、庭で撮った写真を送ってきたりした。毎日ワクワクしながらカメラをさわる様子が目にうかんで、うれしかった。

痩せてしまった体も少しずつ戻ってきて、リハビリがてら庭を散歩しながら写真を撮っていることを知った。とてもいい感じだ。
「アフターコロナになったらこれを持って観光したいね^^」と父からLINEがきた。この先の人生を、まだまだ好きなことをして楽しんでほしいと願った。

2020年の父の日に贈ったそのカメラは、たった5日間だけ父に愛でられた。

今振り返っても、あぁ、たった5日間だったのか、と思う。
だけど、その存在は思いもよらず、数ヶ月にわたる父の孤独なリハビリ生活を支えてくれるものになった。

6月末のある夜、お風呂上がりに異変が起こった。
母から「お父さんがお風呂上がりに転んだ。」と、電話がかかってきた。
状況を聞いていると、立ち上がれないし、顔の表情がなんだか変だという。
脳だ!と、すぐにピンときた。
「動かしたりせず、今すぐ救急車を呼んで」と、できるだけ落ち着いて伝える。

ところが母は「でも、お父さんに聞いたら大丈夫やって言うから…。」
といって、様子をみようとする。
「大丈夫や、休んでたらすぐ治る。」と父が言ったそうだ。
そう思いたい気持ちはよくわかる。わたしだってそうであってほしい。

それでもなんとか母を説得して、その年2回目の救急搬送をしてもらった。
コロナのせいで、今回はわたしは行けない。
お父さん、どうなってしまうんだろう。手が震えて、また寿命が縮まる感じがした。

倒れた原因は「脳出血」。
父の場合は手術をする症状ではなく、出血が止まったら容態が安定するまで入院。そしてそのあとはリハビリ施設に移ることになる。つらく苦しい期間になることは想像がついた。

父がリハビリ施設から自宅に帰ってこれたのは10月。
コロナで一切の面会が禁止だったため、会うのは約4ヶ月ぶりだった。

「お父さん、おかえり〜」といってみんなで迎える。
部屋に入って腰を下ろした父の前に集まって座り、それぞれにいろんな想いが溢れた。
体調はどう?リハビリつらかった?施設のご飯食べられた?優しくしてもらえた?聞きたいことがたくさんある。ずっとずっと、心配だったことをゆっくり聞いてみる。

でも父から最初に出た言葉は、「カメラを持ってきて」だった。

Amazonでたくさん注文していた周辺機器、まだ梱包されたままの三脚。これからたくさん出番がある予定だったものたち。
父が帰ってくる部屋に、母がちゃんとスタンバイしていた。

カメラを手にすると「早くこれで庭を撮りたかったんや」と涙を浮かべる。
そうか、このカメラの存在が父の心の支えになってくれてたんだ。
つらくて孤独なリハビリ期間の励みになってくれていたんだと思うと、胸がいっぱいになった。

右半身が動かない人が、カメラなんて撮れるのかな?と思ったけど、父は「三脚で固定すれば撮れる、大丈夫。」といって、新しい三脚を一生懸命に操作しようとする。
でも、ぜんぜん思うように扱えない。うまくできない。
右手右足が動かないとは、そういうことなんだ。

少しだけ手伝いながら一緒に操作した時、父の焦りを感じたような気がした。だからできるだけあっけらかんと、いつも通りに振る舞った。心の中で泣けてきたのはわたしだけじゃなかったと思う。

不自由になった身体では、もうカメラを楽しむことはなくなったけれど、うれしそうにカメラを構える父の姿は、わたしの心に鮮明に残っている。最後のプレゼントがカメラでよかった。
父の日のサプライズ、その日の喜びが伝わるLINEのやり取りが、今でもスマホに残っている。ありがたい時代だ。

わたしが最近新しく買ったSONYのちょっといいカメラ。
これを自慢できる相手がいないことが少しだけさみしい。


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