【妄想旅行記】3.あの、もしよかったら、花火大会に行きませんか

好きな人ができた。

大学のサークルで出会ったひとで、ちょっとした、いや大々的な一目ぼれだった。

ちょっとした飲み会でLINEを交換し、ちょっとした弾みにLINEのやりとりが始まった。

学部が同じだったので、あの先生の授業がつまらないだとか、1限から統計なんてやりたくないだとか、一緒にお昼食べる?だとか。そんな感じで、わざわざ集まって一緒にお昼を食べるようになった。初めてご飯のお誘いが来たときは、「確実に前進しているぞ、自分」と思って、手が震えて緊張して、学食で何を頼むかのシミュレーションまでしていたのだ。今思えば、大事なのはそこじゃない。全然そこじゃない。盛り上がる話題だとか、どこそこの店のタピオカが美味しいらしいだとか、そんな話をするべきで、事前にそういったことを考えていくべきだった。のかもしれない。

そのひとは、言葉に飾り気がなく、でも表情が豊かで見ていて楽しいひとだ。美味しいものを食べたときは小声で「おいし」とつぶやきながら目をキラキラさせているし、つまらない授業を一緒に受けたときは、目が死んでいた。つまらなすぎて。それを見たこっちの目まで死んでしまうくらい、そのつまらない授業に生気を吸い取られていた。

ちょっとした一目ぼれから始まった、恋、というか、なんかこのワクワクした感情は、日に日に、雪だるま式に、芋づる式に、紐に繋がれたたくさんの雪だるまのように連なって大きくなっていった。紐に繋がれたたくさんの雪だるまは、正直目にしたことがない。でもきっと、実際に目の前にそれが現れたら、「ああ、今の自分の気持ちを表しているな」と思うはずだ。

そんなこんなで、初めて会った日から3か月が過ぎて、夏になった。と思う。まだ梅雨っぽいが、確実に夏の匂いがする。夏だ。

長い長い大学の夏休み、そのひとと何かがしたいな、と思った。何かがしたい。「何かがしたいね」なんていうLINEは送れない。何かしらのイベントに誘うのがいいか、と思って、スマホを開く。

第42回隅田川花火大会

これだな、と思った。自分の中にいる紐に繋がれたたくさんの雪だるまが一斉に「これだよ!」と叫ぶ。結構声が低くて身体に響くのでびっくりする。

さっそく、LINEを送る。

久しぶりに手が震えた。「よしゃっ」という変な言葉が出た。なぜか部屋の中で立ち上がってしまったので、そのまま浴衣を取り出してみる。

何かあるかな。いや、何もなくてもいいな。楽しいといいな、と思う。

後3日。ご飯のお店を調べたり、当日の動線…流れを考えたりしなければ。テスト期間だというのに、一気に忙しくなってしまった。でも、全く苦じゃない。「これが恋ってやつか」と小さくつぶやいて、むず痒さにキッチンまでまで行っておどりを踊ってしまった。


そんなこんなでテスト勉強とレポートに追われ、追われすぎてちょっと記憶が飛ぶくらい徹夜をするなどして、いよいよ花火大会当日である。


昨日は緊張とテスト勉強と緊張とワクワクで2時間しか眠れなかった。2時間。花火大会は1時間半。大会より、ちょっと長いな、と思った。こんなことを考えているということは、寝不足なんだと思う。コンディションとしてはかなり悪い。でも、ここからが勝負である。

予定通り、17:30に渋谷駅ハチ公前に集合。浴衣を着ている。似合うなあ、とぼうっと見てしまって、恥ずかしくなった。

テストの出来は?なんていういつもみたいなありきたりな会話を交わしながら、予約しておいた汁べゑへ向かう。浴衣にはきなれない草履だと歩きにくいかな、と思って駅近のところを選んだけど、どっちにしろ暑くて長い距離を歩く気にはならなかったので、正解だったと思った。

料理人さんと向かい合う形でカウンターに座った。「ふー暑いねえー」と語尾を伸ばしてそのひとが言った。もう疲れちゃったかな、と心配になって顔をのぞいたら、意外にもものめずらしそうに店内を見まわして楽しそうだ。「何にする?」と聞いたら、元気に「オススメなんでも」と返ってきた。気持ち悪いかもしれないけれど、こういった弾みに「好きだな」と思う。紐に繋がれたたくさんの雪だるまたちが、口から出てきそうになる。慌てて仕舞う。

ネットで人気のあった肉じゃがと〆鯖をつまみながら、ゆっくりお酒を飲んだ。1時間、のつもりが1時間半も話し込んでしまった。たくさん話をしたが、その内容は、自分の中に留めておく。すいませんね。

お店を出て浅草へ移動。電車の中には浴衣の人もいて、浅草に近づくたびにだんだんと増えていった。いつもよりもにぎやかな車内。みんな楽しくて、いい空間だ。席に座れなかったので、「足、痛くない?」と聞いてみた。「痛い…くないな。痛くない。」と足元を見遣りながら答える。ホッとした。「花火、見たことある?あるか。」とそのひとはひとり突っ込みを始めた。「あるよ。地元のやつだけど」と言ったけど、そういえば、最後に花火大会に行ったのは、たしか5年位前だ。だいぶ前だな。そりゃ覚えてないか。首をこちらに向けたそのひとが、「酔ってる?」と聞く。とまあこういう風に一言一句を耳に、頭に焼き付けようとしていたのだけど、それを克明に記すのは憚られることにたった今気づいたので、やめようと思う。

電車を降りて、浅草の駅を出てからは、2人とももみくちゃになって笑ってしまった。はぐれないようにするのに精いっぱいで、ほんとうは邪な気持ちというより安全面から手を繋ぎたかったけど、そんなことをしたらもう、よくわからないけどダメになってしまうので、がんばって2人ではぐれないようにした。出店もたくさん出ていて気になるけれど、おなかはまあまあいっぱいだし、人も多いのでとりあえずスルー。ひたすら見やすいところを探した。

花火は遠目に見えて、スカイツリーも遠目に見えて、お酒を飲んでしまっているし、もみくちゃだし寝不足だしで記憶が遠のいていく気がする。ああ、台湾に行った時も夜はこんな感じだったな、と思い出す。隣のそのひとは綺麗な横顔で花火を覗いている。「なんか、やっぱり遠いね」と笑いながら話しかけたら、「でも見れたねえ」と返ってきた。

遅れて到着したこともあり、花火はあっという間だった。確かに迫力はある気がしたが、なんだか遠くて他人事だな、と思ってしまった。ただ、満足感がすごい。なんだこれ。幸せだ。他人事の花火よりも、自分事のそのひとがずっとそばにいる。幸せすぎるのも問題だ。今日は暑い。とても暑い。

「かき氷、食べてもいいですか、っていうか、食べませんか」とそのひとはお伺いを立てた。立ててくれた。くださった。「いいですよ、食べましょう」と答えるや否や、照れたような笑顔で「ありがとうございます」と言ってくれた。その辺の出店でかき氷を買って渡す。「いいよ~」と言われたが、「もう一回お財布だすのめんどくさいから」と断った。2人でかき氷を突っつきながら、人の流れを眺める。自分の中の雪だるまが水を得た魚のように喜んでいる気がした。今更だが、自分の中の雪だるまとは何だ。

「そろそろ、帰ります?」と聞いてみた。日は沈んでいるとはいえ、かなり暑い。足も疲れてきただろうし、現に自分の足もむくんできたので提案。どこかを見つめて「ふうん」と言ったきり、その人は黙ってしまった。あらまあ、という気持ちで、物は試しと、ちょっと勇気を出して聞いてみる。「お酒、抜けちゃったからもうちょっと飲んでもいいけど、でもどっちでも」と言うと、すぐ「うん!」と返ってきて笑ってしまった。

この後、新橋へ向かう。実は、お店を調べてあった、んだけど、なんかそれもやましい感じにみえるかな、と思って、おそるおそる「こんなお店はいかが?」と聞くと、「全部ありがとうね」と返ってきた。

日本の皆さん。いや、世界の皆さん。あと自分の中にいるひもで繋がれたたくさんの雪だるまさん。草木、花火、電車、この世にあるもの全部、そしてあなた。ありがとう。大好きです。なんやそれ。酔っ払いか。


【花火大会 好きなひとと見る プラン】

人数:2人
日数:1日(夕方~夜)
予算:1人あたり7000~8000円(食事代)
移動:東京メトロ銀座線 渋谷~浅草

17:30 渋谷駅ハチ公前集合夜ごはん:「汁べゑ」渋谷店
https://tabelog.com/tokyo/A1303/A130301/13007275/

18:30 浅草へ移動(東京メトロ銀座線)
(19:00 花火打ち上げ開始)
19:05 浅草着、さらに移動しつつ花火見る(徒歩約15分)
~20:20 花火見る
20:30 夜店見つつ帰路?

21:00 飲むなら新橋で降りて「月のはなれ」
http://tsuki-hanare.com/
(か、空いてないとか階段しんどかったらほかのお店)








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