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5/12コミティア個人誌サンプル【2】

2019/5/12コミティア発行予定の同人誌サンプルその2です。その1はこちら↓

現代ヨーロッパ風異世界のファンタジー・マフィアものだよ。気になったらイベントか通販でよろしくです。

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1 始まりの朝、宝探しの町はレモンの香りがしていた

  
 午前の光がまぶしい。
 視界の端で、押し寄せてくる波が宝石みたいにきらめいている。
 海にはりだした半島の国、ウィトルス王国の南。このへんの海は穏やかで有名だが、初夏の海水はまだひんやりとしていた。本来、素潜りだってウェットスーツが要る季節だ。
 しかしエリオは、育ち盛りの身体に水着とマスク、シュノーケルと長めのフィンだけを装備して、海面にぽかりと浮かんでいた。

(今日もいい天気だ)

 むくむくとわき上がった雲を映すエリオの目は、空にも負けないぴかぴかの青。透明な海水に揺らめくのは完璧な金色の髪だった。
 今年十四になった少年は、ウィトルス王国の平均からしたら小柄なほうだ。痩せているせいで目が大きく見えるのもあり、花のような美少年と言われがちな容姿かもしれない。
 けれどまとう雰囲気はその逆で、瞳ははっきりした生気で輝いているし、骨張った身体は今にも弾けそうな力で満ち満ちていた。
 彼は思うさまぼーっと空を眺めたのち、素早い動きで上半身を水面に突き立てる。一気に水の中へと分け入れば、辺りは夢のように美しい海中の景色に変わった。
 ひらひらと舞い泳ぐ小鳥みたいな魚たちの間を、小気味よい泳ぎですりぬけていく。

(さーて、そろそろお邪魔しますよ、大昔のお嬢さん)

 心の中で囁き、エリオはフィンで水を蹴った。目指すは十五メートルほど下に広がる、やけに複雑な形をした岩礁の群れだ。力強い泳ぎでぐんぐん近づいて行くと、岩礁が自然に出来たものではないのがわかる。

(ここいらへんが、大通り!)

 エリオはますます冷たくなってきた水にも負けず、折り重なった二本の細長い岩礁の下に潜りこんだ。フジツボや海藻で覆われた岩礁の途中に、大きなコブがある。よくよく見れば、それが奇妙な獣の頭をかたどった彫刻だとわかるだろう。
 そう、この岩礁は美しい彫刻に飾られた、巨大な円柱なのだ。
 エリオは彫刻に軽く触れてやる。同時に、岩と岩の間から驚いた魚たちがぱっと逃げ出した。彼らに道を空けながら、エリオは柱の下を抜ける。
 鮮やかに視界が開けた。
 見渡す限り広がる、白い砂に埋もれた岩礁の――いや、海底遺跡の世界。
 その規模は凄まじいものだった。もはや見渡す限り、すべての海底が遺跡に覆われていると言っていいくらい。エリオは壮大な幅広の階段の上を通り、左右にものすごく太い円柱の土台を眺めつつ、過去の大通りの上を泳いでいった。
 この海底遺跡が地上にあったのは、一体何年くらい前のことなのだろう?
 そのころ、この大通りを通ったのはどんなひとたちなんだろうか。
 偉大なる王を乗せた輿も通ったかもしれないし、胸を張って凱旋してくる戦車軍団もいたかもしれない。そしてきっと、とびきりの美女だっていたはずだ。
 体に直接巻き付けるタイプの優雅な衣に、きゅっとしまった素足のくるぶしをさらして、豊かな金髪を風になびかせながら、ほら、あの屋根の落ちた住居らしきあたりから、小さな階段を下りてくる――と考えたところで、ちかり、という光がエリオの目を打つ。

(そろそろ上がらなくちゃだけど……この距離なら、いける)

 エリオはとっさに判断し、エリオはフィンで大きく水を掻いた。何せ素潜りだ。もうすぐ限界なのはわかっていた。とにかく真っ逆さまに光のところまで到達し、石の隙間から目当てのものを引きずり出す。次は迷いなく水面を目指した。
 ぐんぐん光が近づいてくる。空が近づいてくる。まるで飛ぶみたいな感覚。

「ぷはっ!」

 海面に顔を出すと、跳ね飛んだ水しぶきが派手に光った。
 急激に入りこんでくる酸素にいささかむせかえりつつも、エリオは器用に立ち泳ぎをする。そのままマスクを押しのけ、さっき海底で見つけたものを確認しようとした。
 そこへ、陸のほうから声がかかる。

「おーい、エリオ!」
「ルカぁ! どーしたんだ、こんな早くから!」

 見慣れた男の姿が岩場辺りにあるのを見つけ、エリオは腰の物入れに握ったものを放りこんだ。そのままゆったり泳いで岸に着くと、すぐにさっきの男が駆け寄ってくる。

「エリオ~、お前、わざとゆっくり泳いで来たろ。このルカ様がお呼びだってのによぉ」

 息を切らして言うのは、エリオの兄貴分のルカだ。
 年齢はまだ十七歳だが、もう十歳上と言ってもおかしくないくらい雰囲気がくたびれている。無精髭だけでも剃ればいいのになあと思いつつ、エリオは岩場に置いた自分の荷物に歩み寄りながら言った。

「俺はこの後バイトなの。無駄に疲れたくない、健全な勤労少年の十四歳なの。で、ルカ様は? 今日も無職?」
「無職だとぉ? お前、ルカ様をなめるんじゃねえ。聞いて驚け、ついでにひれ伏せ! 俺の職業はっ、通りすがりの、正義の味方だっ! 東で道に迷っている美女がいれば助け、ついでにエスコートし、うっかり恋仲になり、愛を語らう熱い毎日を過ごす!」
「つまり、ヒモじゃねえか。あ、そっか、兄貴は無職じゃなくて専業ヒモだったっけ」
「違ぁーーう! 俺はヒモじゃねえって。ヒモと正義の味方じゃ全然違うだろ!? どんくらい違うかっつーと、昼と夜くらい違う! あと、ほら、真珠とウミウシくらい違う!」
「そうだな。で、ウミウシくんは朝からどうしたんだ?」

 エリオはダイビング用具をしっかり片づけ、パーカーを羽織ってから言う。
 ルカはなんとも情けない表情でエリオを見た。こんな顔をしなければ、短めの黒髪にシャープな目鼻立ちは結構クールだし、猫背を伸ばせば背だって高い。あとは、パンダと椰子の実が印刷された真っ赤なアロハと、ぐだぐだのズボンと、ひしゃげたビーチサンダルというファッションセンスをゴミに棄てるだけで格好がつくのにな、とエリオは思う。
 出来ることなら、エリオはルカに格好良くいて欲しい。
 だって、兄貴分なんだから。
 そんなエリオの思いは知るよしもないのだろう、ルカはへなへなと岩場に両膝をついて、エリオの袖にすがった。

「俺の天使ちゃぁぁぁん、腹減ったよぉ……」
「その呼び方を今すぐやめろ。あと、俺の乏しいバイト代にたかるのもよせ」
「ケチっ! 天使ちゃんのケチ! 一食抜いたとかじゃねえんだよ、昨日からなんにも食ってねえんだ、胃袋が干しクラゲになっちまってる……哀れと思ってくれよぉ。お前が施設から逃げ出したばっかのとき、飯食わせてやったろ? 覚えてねえのかよぉ」

 ねちねちと言って袖を引っ張ってくるルカを、エリオはため息交じりに振り払う。

「覚えてるから殴らねえんだ。つーか、俺の兄貴のくせに情けない声出すんじゃねえよ。どうせまた女に追い出されたんだろ。あんたは見境なしのナンパとヒモしか才能ねえんだから、もうちょっと気合い入れて女にぶら下がっとけ」
「ばっかやろう、俺のヒモとしての才能を知らねえな!? 俺はコローナ中の女を知ってるし、幼女にも婆ちゃんにももれなくモッテモテ、表通りを通りゃあみんなが声をかけてくるのよ。その時世話になってる女には、そりゃあもう尽くすしな。だけど女ってのは、そんな俺にも読めねえところがあるんだ」

 興奮して息巻いたルカは、自分で自分がヒモであることを認めてしまっている。いつものことに、エリオはとっとと自分の作業に移った。

「お前は女を知らねえからわからねえだろう。いいか? 女ってのはなあ、こう、もやもやっとしてて、ふかふかで、ふにふに、ふわふわ……って、お前、何持ってんだ?」

 身振り手振りで何やら怪しげな動きをしていたルカが、エリオの手元を見て固まる。
 エリオは腰の物入れから取り出したものを目の前にかざし、悪戯っぽく笑った。

「俺の女に挨拶してたの」

 陽光にきらりときらめくそれ。エリオが海底から素潜りで拾ってきたのは、直径五センチはあろうかという金貨だった。ずいぶん古いものなのだろう、すりきれかけた表面にはかろうじて女の横顔が見て取れる。

「古代コローナ金貨じゃねえかっ! おいおいおい、そいつ一枚あったら豪遊できる! さすが俺の天使ちゃんだ、話がわかる、仕事もできる、顔もいい! よーし、ここはひとつ、俺がオススメの店を紹介してやる。一緒に豪遊だ! ふかふかで、ふわっふわだ!」

 拳を握って叫ぶルカを尻目に、エリオは金貨の横顔に軽くキスをした。
 潮の味を感じる。大好きな海の味。ちょうどそのとき、レモン畑のある丘から爽やかな風が吹いてきた。唇に移った潮の香りに爽やかなレモンの香りが混じり、エリオは自然と柔らかな笑顔になった。
 これが、この町の匂いだ。
 エリオの大好きな、『俺の女』の匂い。
 エリオはそのまま大きく振りかぶると、しなやかな一投で、金貨を海へと放り投げる。

「おいっ!」

 我に返って目を円くするルカの視線の先、はるか遠くで、金貨は海面に落ちた。
 しばし愕然として動けないルカに、エリオは天使の笑みを向けてやる。

「古代コローナ金貨に描かれてんのは女神様だ。神様を独り占めにするのは野暮ってもんだろ?」

 ルカは怒り狂うかと思いきや、頭を抱えてその場にしゃがみこむ。

「あああ……俺の豪遊が……」

 続いて、ぐう、という、やたらと大きな音がルカの腹から響き渡った。

【続く】 

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