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5/12コミティア個人誌サンプル【5】

2019/5/12コミティア発行予定の個人誌サンプルその5です。4はこちら↓

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4・片手に銃、片手に夜への招待状

 
 「う、うわあああああぁぁぁ!」

 あっという間に叫びが遠くなっていき、エリオは窓枠を掴んで身を乗り出した。
 花柄男がぐんぐん遠くなる。落ちて行く、落ちて行く。
 エリオの大好きな真っ青な海に落ちて行って――ばしゃん、と高い水しぶきが上がった。エリオはまだしばらく海面から視線をそらさない。心の中でじっくりと数を数える。少し不安になってきたころに、花柄男がもがきながら水面に浮かんできた。
 エリオはほっとして笑顔を取り戻し、勢いよく振り向く。

「生きてます!」
「よかったね、礼儀知らずにはちょうどいいくらいの罰だ。君たち、よくできました」

 ジルドが笑って言った。相変わらず優しい言い方だったけれど、不思議なくらいエリオの心は浮き立った。やりたいことを命じてくれて、しかも褒めてくれた。それがあまりにも気持ちよかった。
 見れば花柄男の取り巻きはいつの間にやら居なくなっていたけれど、この町はどこへ行ってもアバティーノ一家の目が光っている。きっとすぐにとっつかまって、ちょっと小突かれるんだろう。粋がるには場所を考えなくちゃダメということだ。
 内心エリオが十字を切っていると、ジルドは何事もなかったかのように、女のためにレストランの椅子を引いた。

「あっ、すみません!」

 エリオは慌ててジルドに駆け寄り、今度はジルドのために椅子を引く。ジルドは優雅に腰かけ、静かにエリオを見あげた。間近で見る彼の顔に、エリオはどきりとする。

 ――深い。

 とっさにそう思ったのは、彼の目だ。
 明るくてキラキラしていて宝石みたいだなあ、なんて思っていた彼の目が、近くで見たらまったく印象が違った。
 何を考えているのか、わからない。優しいのかどうかすら、わからない。きらめいているのは浅いところだけで、その奥にはとてつもない深みがある気がする。下手に踏み入ったら、かくん、と踏み外して、落ちていってしまいそうな深み。
 黙りこんだエリオを見つめ、ジルドは彼の胸元を指した。

「さっきから気になってたんですが、そこ、何が入っているのかな?」
「ここ? あ、ああー! これですか」

 エリオは我に返って自分の胸ポケットを叩き、決まり悪く笑う。中から取りだしたのは、きらきら光る小さな金属だ。
 のぞきこんだルカが目を剥いた。

「すげえタイピンじゃねえか。ダイヤが山ほどついてるぜ。まさか、それもサルベージしたってのか!?」
「あんたの目はどうなってんだよ。ちげーよ、さっきのチンピラから盗ってやったの。そら、近づいたときがあっただろ? あのときにな。やつらも俺の宝物を取りやがったし、これでトントンってことさ。……ま、俺の宝物のほうも、あいつを窓から棄てるときに取り返したけど」

 そら、とばかりに、エリオはポケットから金属片を取り出した。誇らしげな彼の様子に、ルカはあきれ顔になる。

「ボロ歯車とダイヤを一緒にすんな。っつーかお前、何が悪事から足は洗う~だよ、めちゃくちゃ手癖わりぃまんまじゃねえか」
「あんたが教えたことだろ!? そもそもこいつはボロ歯車じゃねーし、仕返しっつーのは善人だってやるもんだ。さっきのはただのゴミ出しだって、ジルドさんも言ってたし!」

 言い合うふたりを交互に眺め、ジルドはくすくすと声を立てて始めた。やがて彼の笑いは大きくなり、向かいに座った女が不思議そうに首を傾げるまでになる。
 うるさかったかな、とエリオとルカは黙りこくったが、ジルドは気にせず笑い続けた後、やっと目尻の涙を拭いて言った。

「いやあ、金髪くん。君、実にいい腕だ。とっても素敵だよ。――ところで、ふたりとも。仕事、欲しくありません?」
「仕事?」
「しっ、仕事ですかっ!」

 当惑気味に返したのがエリオ、勢いこんだのがルカだ。
 ジルドからの仕事ということは、すなわちマフィアの仕事だ。大したことは任されないだろうが、出来によってはマフィアの一員として認めてもらえる未来もあるのかもしれない。ルカにとっては願ったり叶ったりの事態と言える。
 けれど、エリオにとってはどうだろう?
 マフィアの御曹司のお気に入りになって悪事を働く人生と、気持ちいい職場と大好きなサルベージで満たされた人生と、果たしてどっちが自分らしい?
 ――ジルドを喜ばせられないのは残念だけど、答えはやっぱり決まっている。
 エリオはジルドたちを刺激しないよう、慎重に口を開いた。

「あの……それって、俺たちにとっちゃ凄くありがたいお言葉なんですが、俺はまだガキだし、この店の仕事があります。多分、この兄貴は――ルカっていうんですけど、ルカ兄貴は、アバティーノの仕事をやり遂げる力があると思います。頼れる男です、俺が保証します。いや、俺ごときが保証してもあれだけど」
「エリオ……お前ってやつぁ、なんていい弟なんだっ! 俺はしあわせだぜ」

 ルカは本気で嬉しそうに目をうるませるが、ジルドはあっさり言い返す。

「いや、君たちはセットで欲しいんです。金髪君は、ここの給仕なんですよね?」
「はい。エリオって言います。ここでの仕事、性に合ってるんです。住み込みで――」
「オーナー!」

 ジルドは最後まで聞かずに声を上げる。
 間を置かず、厨房から野太いリディオの声が答えた。

「はい」
「騒がせてしまってすみません。迷惑代はこれで足りますか?」

 のっそり出てきたリディオに、ジルドはズボンのポケットから取り出した大量の札を差し出した。目を円くするエリオの前で、オーナーシェフのリディオは黙々とそれを受け取り、半分取ってジルドに戻す。

「これで充分です。アバティーノさんには、いつもお世話になってますから」
「それじゃこっちが申し訳ないなあ。騒がせたのは本当なわけだし。じゃ、残りの半分でここを貸し切ってくれませんか。彼らと話がしたいんです」
「わかりました。通常営業するにゃ給仕が足りないんで、ちょうどいいです」

 リディオは淡々と言い、レストランの隅で震えていたエリオの同僚に合図を出す。彼がジルドの卓に他の卓をくっつけるのを見て、エリオも慌てて駆け寄ろうとした。
 が、すぐさまルカとリディオに肩をつかまれ、椅子に座らされる。

「ちょっと、リディオ! それに、兄貴も!」
「お勤め頑張れよ、エリオ」

 リディオは低く言い、ルカもうなずく。

「そうだ、弟。ボスの前ではおとなしくしとけ」
「ちょっ、待てよ、いつの間にそういうことになったんだよ!」

 エリオは小声で反抗しながらも椅子に座った。ジルドとは斜め向かいの位置だ。
 冷たい視線を感じてジルドの後ろを見ると、イザイアがこのうえなく冷徹な目でこちらを見ている。
 思わず膝に手を置いて黙ったエリオに、ジルドはもの柔らかに告げた。

「エリオくん。君はよくわかってないようだけど、僕らはこの街では恐れられ、尊敬され、疎まれる商売をしている。僕らが遠くにいるならそれでいい、何をやったって構わない、ってひとたちは多い。だけど、僕らの関係者を同僚に持ちたいひとは少ないんです」
「え……? それって、どういう……あ」

 どういう意味なんですか、と訊く前に、エリオは思い当たってしまった。
 そう、ジルドはさっき、花柄男たちに向かってエリオたちを『身内』と呼んだのだ。
 ジルドは静かに笑う。

「気づきましたか。君は聡い。さっき僕が言ったことは、すぐにコローナ中に広まりますよ。君がここに留まれば、周りに迷惑がかかります」

 ジルドの声は氷でできた針みたいにエリオの心臓に刺さった。
 さっきまでと声音も態度も変わらないのに、いきなりエリオを追い詰めてくる。やっぱりこのひとは怖いひとだ。キラキラしているのは表面だけで、裏で何を考えているのかはわからない。ほんわかと笑いながらひとを刺せる、そんなひとだ。
 そんなひとが、なんでかエリオのことを望んでいる。エリオを手に入れたいと思い、優しい顔で鋭い牙を突き立てようとしている。
 エリオは息が苦しくなって、視線を机上に落とす。ぴんと張ったテーブルクロス。これを毎日整えるのが好きだった。美しい遺跡。錆びた歯車。それらを全部秘めた、青い海。みんなみんな、好きだった。でも、もうダメなんだろうか。
 脳裏に、青い海に落ちていく花柄男の記憶がよぎる。
 自分はこれから、ああいうのばかりを見て生きることになるんだろうか。

「ジルド様」

 ふと、イザイアがとがめるような声で主を呼んだ。ジルドは揺るがず、穏やかに返す。

「黙ってて、イザイア。――エリオ、君はサルベージが好きなんでしょう?」

 サルベージと聞いて、エリオはどうにか顔を上げた。このことに関してだけは、しっかり、はっきりと答えなくてはならなかった。

「そうです。俺の魂の半分は、海の底にあるんです」

 エリオは、ジルドの深い緑の瞳を真っ向からとらえて言う。
 ジルドもエリオを見つめ返してきた。ばかにしているふうにも、脅かそうとしているふうも見えなかった。ただありのままの瞳をさらしてこちらを向いていた。

(そうか。海に似てるんだ)

 エリオは不意に、そんなことを思う。
 このひとの目は、このひとは、どこか海に似ている。穏やかに見えていきなり牙を剥く、南ウィルトス、コローナの海。
 底なしの海を瞳に抱えて、ジルドは言った。

「やっぱり、君たちでなくちゃダメだ。どうか、僕と一緒に来てください。僕は汚いこともする。でも、すべてはこの海に沈む宝を守るためです。僕らは遺跡の守護天使なんだ。……この仕事には君たちが必要です。どうしても」 

【続く】

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