5/12コミティア個人誌サンプル【1】

死んだ目をした君と、天国みたいに美しい海で出会った。

とある世界の海辺の町、コローナ。観光と、海底遺跡から財宝を引き上げるサルベージしか産業のないこの町で、ふたりの少年が出会う。  サルベージに魅せられた元ストリートチルドレン、エリオ。マフィアにさらわれてやってきた元資産家の息子、カール。 ふたりのぎくしゃくした友情は、やがて町にはびこるマフィア組織を揺るがし、海に沈んだ古代遺跡の謎をも解き明かす!

そんな、現代ヨーロッパ風の架空のマフィア・ファンタジーを、同人誌で文庫化します。発行は5/12コミティアにて。通販も予定中。本文は以前某投稿サイトで書いていたものを加筆修正いたします。
何回かに分けて冒頭を連載しますので、興味を持ってくださった方は本の方もよろしくおねがいしまーす!!

■■■

0 月の大きな夜、俺は君のもとへ走っていく

 月の大きな夜だった。
 岬へ向かう道には街灯なんかひとつもなくて、サーチライトみたいな月光だけがエリオを照らしていた。
 走れ。走れ。走れ。もっと早く!
 あざ笑うみたいな月光の下、エリオは踏みつけ道を疾走する。

 ――君はちっともわかってない。

 冷たいあいつの声が頭の中で響く。
 出会ってすぐのころに言われた言葉。

 ――君はちっともわかってない。君はしあわせだからだ。

 しあわせ? 俺が?
 ばか言ってんじゃねえ。しあわせってなんだよ。
 俺には家族がいない。食うのに困ってゴミ箱を漁ったことだってある。
 施設じゃ年上のやつらが暴力で全部を持っていった。弱い犬はみじめったらしく死ぬしかないんだって言われた。だから俺はその瞬間から強くなった。なんだって死に物ぐるいでやった。しがみついて、噛みついて、一度掴んだら体が壊れるまで放さなかったし、相手を壊すまで許さなかった。
 俺の戦いっていうのはそういうもんで、痛くて、苦しくて、年中泣きわめきたかったけど、戦わないで死ぬより戦って死ぬほうがマシだと思ったんだ。だから俺はいつだって、痛いほうへ、苦しいほうへ、砕けるくらいに歯を食いしばって向かって行った。
 今の俺が持ってるものは、そうやって勝ち取ったもんだ。
 で? お前はどうなんだよ。
 弱いくせに、何もかも持ってるじゃないか。
 他に欲しいものがある? だったら噛みつけよ。自分で手に入れてみろ!
 怒鳴ったエリオに、あいつは言った。

――どれだけ噛みついても、しあわせになれる可能性が限りなくゼロに近いって知っていたら?

 それでもいい。やれよ。お前は生きてるんだ。
 生きてる限り、可能性はある。

 ――君はちっともわかっていない。

 囁いたあいつの声は震えていた。灰色の瞳が大きく見開かれてエリオを見ていた。暗い目だった。生まれて初めて見るような目だった。
 どうしてあのとき、気づかなかったんだろう。
 どうしてあのとき、止めなかったんだろう。
 あのときに戻って、自分の首を締め上げてやりたい。
 死ね。死ね。死んでしまえ。
 何もわかってないのは自分だ。本当のあいつを見ぬけなかったのは自分だ。
 あいつがどんな絶望の中に居たのか、『生きろ』っていうのがどんなに酷い呪いだったか、今の自分にならわかる。
 エリオは走る。有名ブランドのスニーカーが土を蹴る。突き出た石を飛び越え、小さく咲いた花を踏みつけ、先へ進む。
 先へ、先へ。あいつのところへ。
 身体が熱い。心臓が熱い。息が熱い。真夜中の海風は涼しいのに、エリオの額には汗がにじむ。天使みたいと言われた金髪が額に貼りつき、真っ青な瞳は瞬きもせずに先を見つめる。どう猛なバイクか何かになったような気分。
 風が生臭くなる。海の匂いだ。
 もうすぐ、岬の突端。
 あいつと一緒に海を見た場所。

「カール!」

 血を吐くように叫んで、やっと足を止める。
 とんがった岬の突端に立ち、乗り出すように先を見る。見わたす限り、海だ。真っ黒な夜の海。月光に照らされた細波が、黒い宝石みたいにきらきら光っている。
 つんつんと波の間から飛び出す岩礁。
 それらに囲まれるようにして、島があった。
 ほんの小島。まん丸のそれは、よく見れば人工の舞台だった。
 長い間波に浸食され、フジツボのついた大理石の舞台。舞台のへりを囲むへし折れた円柱の一本に、何かがくっついている。
 それが縛りつけられたひとりの少年だと気づいたとき、エリオはもう一度叫んでいた。

「カール、俺だ! エリオだ!」

 円柱にくくられた少年は、ぐったりとうなだれていた。生死もわからない白い顔が、ほんの少し動いた気がする。それとも、気のせいだろうか。もうカールの目は、二度と開かれないのだろうか。
 カールの死。考えるだけで膝から力が抜けそうだ。

「ばかやろう、何勝手に死んでんだ! ふざけんなよ、起きろ! この俺が来てやったんだぞ? 起きろって!」

 やけっぱちのように叫ぶが、カールは動かなかった。波だけが押し寄せ、遺跡の舞台とカールのズボンの裾を洗った。苦しくて息が詰まる。
 すべては遅かったのかもしれない。自分は間違ったんだ。
 神様。神様。
 今だから正直に言います。俺は心底あなたが嫌いでした。
 あなたは俺に何もしてくれなかったから。それだけじゃない、教会に集まる山ほどの人間にも何もしてくれなかったから。だってそうでしょう? この街の人間は敬虔だろうがそうじゃなかろうが、みんな貧乏かろくでなしだ。何を生み出すことも出来ず、ただ遺跡からのサルベージに頼るばっかり。俺は、それはみーんなあんたのせいだと思ってたんです。
 神さまなんてものがいるから、戦わない奴がいるんだと思ってました。おとなしく頭を下げて並んでるだけでどうにかなるなんて、そんな甘ったれた話はない。人間には祈る前にやることがある。そっちのほうがどう考えたって大事だろって思ったんです。
 だけど、ねえ、聞いてください。
 わかったんです。
 人間には、祈るしかできないときがあるんだって。
 戦っても、戦ってもどうにもならなくて、誰を殺しても、俺が死んでもどうにもならなくて、ただあんたが、神さまだけがすべての運命を握っている瞬間があるんだって。
 俺は震えている。自分の無力に呆れて、わめく声も枯れ果てた。
 そして今、心の底から、あなたに祈りたいと思っている。

 神様、お願いです。
 あいつをひとりで寂しく死なせないでください。

 できることなら、どうかもう一度、俺にやりなおさせてください。
 カールとしあわせについて語り合った、あの日に俺を戻してください。
 ……いや、出来ることなら、もっと前に。

 勝手に涙が盛りあがってくる。何年ぶりかもわからない涙と祈りの中で、エリオはカールと初めて会ったときのことを思い出す。

 あれはほんの一ヶ月前。
 さわやかなレモンの香りが漂う、輝かしい夏の始まりのころ。
 カールはマフィアに誘拐されて、この美しい町にやって来たのだ。

【続く】

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今日は黄色。レモンサワーはレモン先入れが吉。
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