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ここは田舎でも都会でもない 多摩都市モノレール

多摩モノレールとは東大和市の上北台駅から立川市、日野市を通り、八王子市をかすめ、多摩市の多摩センターに至る16kmのモノレールの路線。東京西部の拠点都市として今なお発展し続ける立川にも、昭和の香り漂う多摩ニュータウンにも、丘陵と川と田畑広がる多摩の心象風景にも根付いている、多摩は都市なのか?というのは言われ慣れているけど、田舎でも都会でもない多摩都市としか言いようがない地域。

全線開通は2000年。多摩地区育ちの私が小学生の頃に開通が話題になったし、度々下を通ることもあったけど、沿線でもなかったし、生活圏ではないし南北移動せずとも都心へ出られたし、学校もそっち方面ではなかったのでほぼ乗らずに20年以上が経過していた(確か中央大学に受験の時に乗った気がする)。この度、初めて全線乗車してきました。

運行するのは多摩都市モノレール株式会社、株式の約8割を東京都が保有するほぼ都営交通で、残りは接続する西武、京王、小田急、沿線自治体など。

上北台駅。
立飛とタヒチをかけた人工砂浜。まじめにビーチバレーの公式戦もできる。
立川南駅方面。
立川市と日野氏の間の多摩川を渡る立日橋。今でこそ甲州街道は20号線でバイパス化しているけど、この橋と隣の日野橋が旧甲州街道を踏襲していて江戸時代の甲州街道が府中宿と日野宿の間で多摩川を渡る主要ルートだった。
中央自動車道。中央道日野バス停へは甲州街道駅から歩ける。河口湖や山梨、茅野、諏訪、飯田方面へ高速バスが多数発着している。
日野の田舎侍こと土方歳三が生まれたのが万願寺地区。多摩地区で言うと近藤勇も現調布市生まれ。
生家は土方歳三資料館として遺品が展示されているものの、家族経営のため現状無期限休業中。本当の生まれた場所は少し離れた場所とのことで、親族が代々住まわれているのがこの地。普通の住宅街の中の個人宅なので無理な訪問など言語道断です。聖地巡礼は節度を持って、地域の方には敬意を。
多摩川の支流の浅川。八王子中心部へ流れていく。私はもう少し下流育ちだけど、やはり多摩川の血が流れていると感じてしまった。現住所は墨田川や荒川の方が近いけど人口の味気ない水路は慣れない。
多摩動物公園は京王線の駅と隣接。京王の駅側には小さい鉄道博物館やアスレチック施設などもあり家族連れ様々楽しめる。京王の名車旧5000系もある。
中央大学・明星大学駅。多摩モノレールができるまでは京王線の多摩動物公園駅から15分くらい山越えしていた。ちなみに利用者数は立川北駅、高幡不動駅に次ぐ3位と、大学パワーはすごい。多摩モノレール唯一のホームの上の階に改札などがある。山を下るのでジェットコースターのよう。

多摩地区の鉄道空白地帯を埋めつつ、南北交通が貧弱な区間で都心と郊外を結ぶ主要路線に接続する役割があり、北から玉川上水駅で西武拝島線、立川北・南駅でJR中央線、高幡不動駅で京王線、多摩センター駅で小田急多摩線と京王相模原線に接続している。

玉川上水駅。西武拝島線との接続駅。利用者数は6位。西武拝島線は西武新宿線へ直通している。写真右の緑は駅名の由来となった玉川上水の水路。玉川上水は多摩川上流から江戸まで飲料水を届けた水路。
立川駅。中央線、青梅線、南武線が集積する多摩地区最大のJRターミナル駅。青梅線沿線や多摩地区西北部エリア中から人が集まる。
立川北駅。立川北駅と立川南駅はJR立川駅を跨いだ南北にわずか400mの距離。モノレールは駅が小さいため各方面への利用者が分散することでが混雑が緩和するよう駅を分けている。多摩モノレールの各駅の利用者数の1位が立川北駅、4位が立川南駅に当たる(2位は多摩センター駅、3位は中央大学・明星大学駅)、それだけ立川が圧倒的。
立川南駅。南側は旧街道に面した立川旧市街側にあたる。
JRの線路をまたぐ部分
高幡不動駅は京王本線との乗換駅。利用者数は全体の5位。京王線の駅舎とは少し離れていてショッピングモールの中を3分ほど歩く。ここから多摩動物園までは京王動物園線と並走する。京王線の車庫があり特急も停車する。高幡山明王院金剛寺(高幡不動尊)の門前町。
多摩センター駅。利用者数は立川北駅に次ぐ2位。立川駅周辺に比べると開発されたのはだいぶ早く昭和末期から平成感が残るニュータウン。京王相模原と小田急多摩線との接続駅。写真左奥の白い建物が多摩モノレールの駅で、小田急と京王の駅からは結構離れている。
不通時はかなりの迂回させられる。いかに南北の鉄道が重要かがわかる。
多摩センターはサンリオピューロランドの最寄り駅でサンリオ一色。
京王線と小田急は多摩ニュータウンではライバルでありバディ。

多摩モノレールは多摩地区のニュータウンや再開発エリア、多摩地区の鉄道空白地帯を埋めるために1981年に東京都の都市計画で全長93kmのルート計画が策定された。ルート上はすでに住宅地が広がり用地が限られていること、多摩丘陵を越える地形的制約を考慮して建設コストも低いモノレール方式が採用された。最優先の整備区間として1990年に立川以北の建設、翌年には立川以南の建設がスタート。1998年立川北駅と上北台駅の区間で先行開業、2000年に立川北駅から多摩センター駅の区間も開通。

本社は立川市の高松駅から分岐する車両基地と共に設置されている。立川駅北部は旧陸軍立川飛行場で、戦後米軍が接収し1977年に返還、その後は陸上自衛隊基地、消防や救急機関も設置され広域防災拠点、都や立川市の機関なども多数立地している。隣接地には航空機製造会社の立川飛行機(現立飛ホールディングス)の工場跡地で、大型商業施設が多数開業しており、その中央にモノレールが通り、立川の再開発エリアの顔として交通を担っている。

IKEAにららぽーとなどの地主である立飛グループは立川躍進で潤う支配者ともいえる。
立川を一変させた施設こそ東京都初出店のIKEA。
立川北駅からIKEAまではモノレールに沿って歩行者専用道路が続く。最近はグリーンスプリングスという緑を生かした商業施設も開業し、より一層人が増えている。

バブル経済を経て事業費が増大し、当初は利用者も伸び悩み暗雲が立ち込めている時期があったものの、ここは腐っても東京西郊の人口密集地帯。沿線には学校も多く、多摩動物公園など、特に立川の再開発が原動力となり、沿線人口の増加で通勤通学と休日のレジャーで利用者は右肩上がり。あっという間に黒字化転換している。

そして当初から構想されていた南北方向への延伸も決まり、先行して上北台駅から八高線の箱根ヶ崎駅に至る7kmの延伸事業が始動。2030年代とかなり先になりますが、東京唯一の鉄道無し自治体の武蔵村山市に鉄道がとおることに。

https://www.toshiseibi.metro.tokyo.lg.jp/kiban/pamphlet/
上北台駅は立川とこのエリアを結ぶ芋窪街道と新青梅街道の交差点に立地。ここから西へ進路を変えて新青梅街道沿いに箱根ヶ崎駅へ延伸される。新青梅街道沿いは延伸のための用地が確保されている。
東大和市のご当地キャラ「うまべぇ」。初めて知りました。ここは東京都なのにモノレールを売りにするレベルの地。

また多摩センター駅から町田駅への延伸もルートが決まり動き始めています。こちらも東京最大規模の鉄道空白地帯の町田市北部に鉄道がとおり、町田市悲願(?)の神奈川県を経由せずに東京都内の別の市区に鉄道で移動できるようになるわけです。

https://www.toshiseibi.metro.tokyo.lg.jp/bunyabetsu/kotsu_butsuryu/mono_route.html
B案で行くようです。
多摩センター駅から南に延びる部分。延伸先の町田市北部のこのエリアは多摩丘陵で道路も貧弱でバスも渋滞が激しく交通改善に期待が寄せられる。


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