2020年2月 座間味村阿嘉島

画像1 那覇の泊港から高速船、クイーンざまみに乗ると、50分で阿嘉島港。海は穏やかそうに見えたが、前の方の席に座ったら、窓は激しい波しぶきで洗われ、バタンバタンと海に打ち付けられた。
画像2 2泊世話になる民宿のご主人が港に迎えに来てくれて、車で北浜(ニシハマ)ビーチへ連れてきてくれた。人っ子一人いない白い砂浜と珊瑚礁の美しい海が目の前に広がった。
画像3 ニシハマビーチで、すぐ先の道路にケラマジカが4頭現れた。国指定天然記念物。もともと薩摩藩が琉球王朝へ献上するために、近くの島で放牧していたものが、海を渡ったという。食害に悩まされているようだが、駆除したりジビエ料理で食べるわけにもいかず、困っているという。
画像4 こちらが2泊お世話になった民宿TETSU。13年前に生まれ故郷の阿嘉島に戻って開業した。奥さんとお嬢さんは、お嬢さんの高校進学を機に沖縄本島に移り住み、6年間一人暮らしとのこと。
画像5 樹齢400年以上というアカテツ。島では御殿(うるん)の木と呼ばれ、村指定文化財となっている。根元には御嶽があった。
画像6 島の子らが元気に走り回っていた。他には歩いている人はほとんど見かけなかった。
画像7 とあるお宅の門柱の上に、ブーゲンビリアに包まれてシーサーが鎮座していた。
画像8 島はどこでもそうだが、実にネコが多い。阿嘉島の島ネコは人見知りしないネコが多かった。
画像9 1泊目の民宿TETSUの夕食。大きなミーバイの煮付け半身。ゴーヤチャンプルー。ゆし豆腐。料理を出すと、ご主人はさっさと自室に引き上げてしまった。登川誠仁の島唄を聴きながら、近くのスーパーで買ってきたブラウン久米仙吞みながら、ゆるゆると晩酌。
画像10 食後、ひとりで集落西外れにある古民家バー、ヨナミネハウスへ出向いて泡盛をやりつつ、マスターや常連さんとあれこれ会話。
画像11 民宿TETSUの愛犬は、毎朝、ご主人と橋を渡って慶留間島まで散歩しているらしい。初日は吠えられたが、2日目の朝はおとなしくお見送りしてくれた。
画像12 阿嘉島港の正面には海を泳いで座間味島のマリリンに会いに行ったというシロの像が立っていた。
画像13 自転車を借りて、慶留間島へ。高良家住宅は国の重文。立派な石垣の奥に赤瓦の家が現れた。見学料200円、係の女性が説明をしてくれた。高良家は中国との貿易で財をなした。
画像14 石垣はサンゴの石灰岩で組まれている。丸みを帯びた石をうまく組み合わせてあり、中にはサンゴと分かるものもいくつかあった。
画像15 屋敷の裏には豚小屋がある。厠と直結していて、そのまま豚の餌となるように作ってある。
画像16 豚小屋の隣には、大砲を半分に割って造られた漁船があった。最後にこの屋敷で暮らしたご当主は90歳までこの船で海へ魚獲りに出ていたという。107歳で亡くなられたとか。
画像17 小道に沿って背の高いサンゴ石垣が緩やかなカーブを描いて高良家の屋敷を囲っている。
画像18 慶留間島の港には、戦前に南洋までカツオ漁に行き、島を繁栄させた蛭子丸の顕彰碑が立つ。
画像19 慶留間島の道路沿いにダイナミックな断層が露出していた。向こう側は昨年の台風で崩れた道路の修理工事が行われている。
画像20 慶留間島と阿嘉島を結ぶ阿嘉大橋の下には珊瑚礁の美しい海が広がっている。
画像21 阿嘉島西端、天城展望台にはケラマツツジがたくさん咲いていた。
画像22 ニシハマビーチを目の前にする、テラス。遊泳許可される4月以降は、浜は湘南ビーチみたいに混雑するという。
画像23 遠浅の珊瑚礁の海、ニシハマ(北浜)ビーチ。サンゴのかけらが散らばる浜には、昨日は足跡ひとつ付いていなかった。
画像24 阿嘉島港に入港する高速船、クイーンざまみ。
画像25 宿近くの雑木林から出てきたケラマジカ。大きな角を持っていた。
画像26 夕暮れの波穏やかな海に、SUPを漕ぎ出していく人がいた。
画像27 2晩目の民宿TETSUの夕食。酢〆アジ、小松菜と厚揚げ炒め、中身汁。この夜は、芋焼酎を手にご主人が食堂のテーブルにやってきた。彼は2歳下の63歳。黒人音楽の話や家族の話などあれこれ。
画像28 昨晩に続いてヨナミネハウスへ出かけた。昨夜もいた常連さんがまたいた。もう一人は島のガイド。マスター含めて3人とも名字がヨナミネ。島で4番目に多い名前。一番多いのは金城。
画像29 3日目の朝、これから乗り込む8時の座間味行き連絡船が入港してきた。
画像30 小さな連絡船、みつしまで座間味島へ向かう。乗り合わせたのは女性が一人だけ。船賃は300円。

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