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2021年12月 宮古諸島へ 来間島、宮古島篇

2日目:宮古島
下地空港からレンタカーで伊良部大橋を渡って宮古島へ。冒頭の写真は、宮古島側から見た伊良部大橋。初めて宮古へ来たときは、まだ橋の工事中で、伊良部島から宮古島へは佐良浜港から船で渡った。
ところで、いつも旅先で借りるレンタカーはとにかく安いのを探すので、軽かヴィッツ、ノート、デミオなどが多い。下地空港のレンタカーはとにかく高い。宮古島空港周辺に安いレンタカーはあるが、下地空港発着だと、借りに行ったり返したりした後が不便なのだ。で、大手会社ではなく地元のパインレンタカーで最安プランを手配したら、カローラワゴンが指定された。つい最近、花村萬月が日記で、久しぶりに車の後ろ姿に興奮したと書いていたのがコレ。乗り心地は良く、高いだけあるわ。走行距離も1万5000ほど。

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2日目:来間島
昼メシを食べるために、来間島へ渡った。渡ってすぐの高台に御嶽がある。そこから下りると、妙な形の展望台があり、渡ったばかりの来間大橋がバッチリ見えた。手前の浜の白砂と青い海のコントラストが眩し過ぎる。

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お昼は2年半前にも立ち寄った花風。女性がひとりで切り盛りしている。この人は昔、東京の編集プロダクションで働いておられ、当時直接お会いしたことはなかったが、古巣の会社ともお付き合いがあったのだ。故郷の島に戻って、お店を始められた。

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食べたのは今回も前回と同じく塩焼きそば。麺がもちもちでとにかく旨いのである。少しだけおしゃべりして、次回こそ、近くの宿に泊まって、夜に吞みに来ますからと伝えた。

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2日目:宮古島
来間島から宮古島へ戻り、島の北の方に突き出た根元の先、島尻港へ。明後日はここから船に乗って、目の前に浮かぶ小島、大神島へ渡る予定。

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島尻集落はパーントゥの里として知られている。パーントゥとは、全身を蔓草で覆い泥まみれにし仮面をつけて集落内を練り歩く来訪神。男鹿のナマハゲや悪石島のボゼなどとともにユネスコ無形文化遺産に指定されている。

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島尻港のすぐ近くにはマングローブ公園がある。木製の遊歩道も整備されているが、ついこの前、西表島でイヤというほど(イヤではなかったが)マングローブは見てきたので、入り口だけのぞいて、出発。

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ここも2年半前に来たが、西平安名岬。宮古島から角のように突き出した、その先っぽ。しかし、今日は本当にいいお天気だなあ。ずっと曇りか雨という予報だったので、日焼け止めや帽子など持ってこなかった。もっと自分の晴れ男に自身をもっていれば良かった。前回と大きく変わったのは駐車場前にお洒落なバスカフェができていたこと。

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西平安名岬から少し下がった海沿いに立つ海中公園という所へ寄ってみた。階段を少々下ると、窓がいくつも開いていて、ガラス越しに様々な南国の魚介類を観察することができる。クロガシオヤびっちゃオヤビッチャなどなど、へばりついて楽しませてもらった。

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海中を覗くガラス窓の地下から地上へ戻り、周りを眺めれば、そこには美しい海。

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4日目:宮古島
大神島から島尻港へ戻った後、海中公園の反対側、東側の海岸沿い、狩俣集落へ行ってみた。アーヌカー、東の井戸。この水源を発見したため、付近に集落ができたと伝わる。もともとはもっと低い場所に湧いていて、水を汲むためには何段もの石段を下る必要があり、それは女性の仕事だった。数名の年配の女性から、昔は水汲みは女の子の仕事だった、と聞いた。その後、石を積んで今のような姿になったという。

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狩俣集落は明治時代まで石垣と3つの門で囲われていた。その後、人口増加に伴い壊されていったが、この東の大門(あーぬふじゃー)は、改修されて今もその姿を留めている。

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同じく狩俣の駐在所の向かいには、四島の主(ゆすまのしゅう)の墓がある。その人の4つあるという墓のひとつだが、看板もなく綾道というガイドブックがなければ全く分からなかった。15~16世紀の人物で、農耕を奨励し、村のために尽力した実力者と伝わる。

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その後、宮古島の中心部へ向かい、宮古市総合博物館へ行ってみた。入り口には、先ほど狩俣で見かけた城門のような石組。

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これがパーントゥの異形の神様。この風体で子供らに近寄っていっては泥を塗りたくる。祭りの様子を収めたビデオを見ると、当然、幼い子供らは泣き叫ぶ。ナマハゲと一緒だね。大神島のウヤガンと違って、こちらは写真や動画などあれこれ記録されているようだ。

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3万年近く前のミヤコノロジカの骨。

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博物館の後は、南部にある仲原鍾乳洞へ。サトウキビ畑の中に掘っ立て小屋があり、その奥から潜っていく。小屋の中にいた若いお兄さんが、有料だけど入りますか、と聞いたのがおかしかった。有料と聞いてやめる人がいるのだろうか。600円は安くはないけどね。下りきった洞の入り口が不思議な空間。木のベンチが置かれていて座ると、眼前にこんな風景が広がっている。天井が落下してできた空間らしい。

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日本各地にある有名鍾乳洞と比べれば、内部はさほど広くはない。奥行きも全長250mほどしかない。熟成させているのか、酒瓶が多数置かれている。

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地元の方々が拝んできた大切な神体もある。

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天井が高い空間は、ほんのり暖かく感じられるはずでパワースポットだという人もいます、という説明を入り口で聞いてきたが、鈍感なのか、何も感じることはなかった。大神島の方がパワースポット度合いは桁外れだった。下から生える石筍と上から伸びた鍾乳石がくっつきそうになっている所もあった。

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小屋の前の高台にはヤギがいて、愛嬌を振りまいてくれていた。この子は見る価値がある。

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昼メシは、町中の宮古素麺。島の素麺があるのかと思いきや、ブランド素麺2種類を使っている。半田素麺、小豆島の島の光。つゆは2種類選ぶことができる。サバ味噌と豚バラをチョイス。トッピングとしてゆし豆腐。期待以上に美味しかった。特にサバ味噌。素麺を食べ終えたら、ポットで出された出汁汁を注いでつゆを飲み干す。

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雨も降り出しそうだし、ちょいと調べ物もしたいしということで、未来創造センターにある図書館へ寄った。なかなか快適な館内。

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綾道(あやんつ)、という宮古諸島内をエリア別に分冊して、各エリアの主に歴史的文化的な見所をコース仕立てに解説した小冊子があり、市役所へ行けばもらえるとのことで、空港近くの市役所へ向かった。レンタカーのナビは、港近くの旧庁舎を案内するので余分な回り道をさせられた。まだできたばかりの市役所の3階で、とりあえず行きそうな3冊をいただいてきた。

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伊良部島へ戻る前にコーヒータイム。自家焙煎コーヒーの店、マジャ。立派な焙煎機も置いてあったが、出されたコーヒーはイマイチ好みの味わいではなかった。

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5日目:宮古島
旅の最後の最後、下地空港へ戻る前に、小雨降る中、朝から営業している港近くのカフェ・ド・エムでコーヒータイム。店内、思いっきりクリスマスモード。他の席の皆さんはモーニングセットを召し上がっていた。さて、伊良部大橋を渡って空港から宮古とお別れしよう。

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