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『君たちはどう生きるか』の宣伝方法は突飛なようで実はそうでもないのでは?という所感

こんにちは。
何かと話題のスタジオジブリ最新作『君たちはどう生きるか』を観てきました。

『君たちはどう生きるか』だと? なんだか説教臭いタイトルだなあ……と思ったそこのあなた。
確かにタイトルだけ観るとそんな印象を受けますが、実際に視聴してみると説教臭さは全然ないのです。ある意味いつも通りのジブリ映画なんですよね。この「テーマ性をオブラートに包みこむ」上手さに関して、宮崎駿監督は特に優れていると思います。
また、今までの監督作品に観られなかった要素も散見されますし、そういった意味でも注目の一作なんじゃないかなと思います。

そんな今作をなるべくネタバレしないように話すなら、「古さ」と「諸行無常」を感じさせる作品だと思います。

「古い」というのは、全体的な作風ですね。もちろんジブリだからそう感じやすい部分もあるかもしれませんが、特にそう思ったのはストーリーの冗長さや世界観の複雑さです。

この作品のあらすじをめちゃめちゃざっくり話すと、主人公が異世界を冒険するお話です。なんですが、まず冒険を始めるまでに結構時間がかかるんですよね。「おっ、ついに行くのか……いや行かないんかい!」みたいな。そういうじれったさを伴う時間が結構長い。一応、主人公が置かれている境遇を示す意味があるので全くの無駄ではないのですが、そういうテンポ感は最近の作品に比べると結構ゆったりしている。
近年のアニメ映画だと、例えば『すずめの戸締まり』なんかは、序盤からタイトルが画面に出るまでの話のテンポがかなり考えられていますよね。ああいうのと比べると、話のスピードが遅いなあと感じると思います。

あと、あえて説明しない部分がかなり多く、一回観ただけだと理解しづらいです。私は注意深く観たおかげで3割くらいは理解できたかなって思いますが、それでも3割ですからね。完璧に理解するなら最低でも3回は観ないと厳しいでしょうし、私は多分3回観ても理解しきれないと思います。結局他の人の考察を見るのが確実ですね。そもそも何回も観るにしてはわりと長い。

良くも悪くも説明しない作風かつスローテンポなので、中盤からは「なんかよく理解できないし話が進んでいるのかどうかも分からない」という感覚が続くのが難点。これが全体的に”古さ”を感じてしまう要因かも。
でも「となりのトトロ」とか「天空の城ラピュタ」とかは観ていて別に混乱することなかったしなあ……と思うので、やはり意図的にそうしているんでしょうね。

ただ、ジブリらしい丁寧なアニメーションと背景作画、独特でファンタジックなキャラクターは相変わらず顕在です。ジブリは「日本人の中に共通してある空想的原体験」を描ける唯一無二のスタジオだと思っていますが、実際観ていて安心感がすごいんですよ。久々に実家に帰ってきた時のあの感じに近い。

そして今作は「あの世」の存在が全体的にちらついているのもあり、仏教的な「諸行無常」を感じさせるシーンもあります、あらゆる人間が生を受け、死ぬとあの世へ旅立っていく……当たり前だけど普段なかなか意識しないことを、アニメーションによって具体化しているのです。そんな作風なので、観ていて「ああ、これが監督の遺作になるんだなあ……」とぼんやり思ってしまいました。まだこれからどうなるかは分かりませんが、年齢的にもおそらく今作が遺作になるでしょう。そんな最後の作品を映画館で味わうことができたのはよかったなあと思いますね。

さて、個人的に経営学を学んでいる身としては「公開前に(ポスターを一枚公開しただけで)内容を一切宣伝しない」という手法に注目せざるを得ません。これは知名度がめちゃくちゃ高いスタジオジブリだからこそ成せる戦略ですよね。
ですが、今までに類を見ない画期的手法かと言われれば、それはちょっと違うんじゃないかと。

そもそも「情報が多すぎると消費者は飽きてしまう」というのは、この作品以前から指摘されていることではありました。例えば任天堂の場合、新作タイトルの情報公開や宣伝は、発売ひと月前から集中的に行うことが多いです。それ以前から情報を流しまくっていると、発売前に消費者が妄想する余地が少なくなってしまい、ワクワク感が薄れてしまうんですよね。それどころか、買っていない段階で満足してしまう。
同じジャンルの映画を例に挙げるなら、『プロメア』が当てはまるんじゃないかと思います。この映画も事前情報が少なく、公開後に口コミでじわじわと人気が広がっていき、ロングランを記録しました。「すごい作品なのにネットに情報が全然ない!」という状況が、自ら情報発信して広めようという気持ちを掻き立てたのです。

で、今作は前述の通り(ジブリ映画であることを除けば)万人向けの作品とは言い難いのですが、だからこそ「事前情報一切なし」はある意味正しかったんじゃないかと思いました。そもそも今作は難解なので、一人だとなかなか腑に落ちない部分が多いんですよ。なので「あれってどういう意味?」とか「私はこういうことだと思う」みたいに、観客同士で考えや意見を交換したくなる。つまりコミュニケーションが活発になるんです。
あえて宣伝をしなかったことで、公開前も公開後もいろいろと考察したくなる作品にすることができたんじゃないかなと思いました。

じゃあこの作品はヒットするのか? と聞かれるとそれは正直わからないですが、興収21.4億スタートということで、とりあえず失敗ではなさそうかな。これがもしヒットしなかった場合、「作品的には正しくても興行的には間違った宣伝だ」ということになってしまうので、難しいものです。

何はともあれ、今作はコンテンツのプロモーションにおける「情報公開の取捨選択」を考えさせられる作品でした。


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