限定する勇気
先週こんなツイートがかなり反響を呼びました。
せっかくなので今回はこのテーマで書いていきます。
人は基本的にはみんなから好かれたいと思っているので、例えば「空き家を改修しよう」となると、誰もが使える場所を目指そうとしてしまいます。
そして場所の使用目的も多目的にしてなんでもできる場所としてしまいがちです。
行政関連のものとか特に
(*公正で平等にしないといけないという風潮のため)
みんなから好かれたい→誰もが使えてなんでもできる場所にする
こういう思考回路で物事を考えてしまうのはすごく理解できるし「確かになあ」となる。
でもこういう流れで作られた場所は案外誰からも求められないことが多い。
理由は落ち着いて考えてみるとわかるので少し考えてみてほしいです。
考えてみましたか?
それでは自分が思う理由を書いていきます!
理由はめちゃくちゃ簡単で利用者目線がないからです。
作る側の視点のみで考えてしまったことが一番の原因だと言えます。「自分が使うとしたら・・・」ということを考えることが大切です。
例えば休日に友達とバスケがしたいとなったとしましょう。バスケもできるが周りで別のことをしている人がたくさんいる体育館とバスケ専用でボールやシューズの貸し出しまである体育館があるとしたらあなたはどちらを使おうと思いますか?
おそらくバスケ専用の体育館を使おうと思ったのではないでしょうか。
作る側からすると、バスケ以外もできる体育館とバスケ"しか"できない体育館ではバスケ以外もできる方がいいように思えます。
でもバスケをしたい人からすると、バスケをするのに必要なものがあってのびのびとバスケができるバスケ"しか"できないけどバスケは最高の環境でできる体育館の方がいいですよね。
この視点の違いによる差に気付けるかどうかが重要です。
そうすればもう「誰もが使えてなんでもできる場所にしよう!」なんて思わないはずです。
「誰もが」ではなく「どんな人が」使うのか?
「なんでもできる」ではなく「何ができる」場所なのか?
そんな風にみんなから好かれることはなくなるかもしれないが、あえて「限定」する勇気を持つことが愛される場所になる秘訣のような気がしています。
これなんかがとてもいい事例ですね。あえてバレーボール専用の体育館にする取り組みをしています。
今回のこの限定するという考え方はまち単位でも応用して使うことができます。
例えば岡山県の西粟倉村では「起業家」に限定することで多くの人が移住し自分たちのやりたいことで事業を起こしています。
「どんな人が」「何ができる」まちなのか考えてみると、「起業家」が「事業を作りやすい」まちというのが西粟倉村の「限定」です。
他にも千葉県一宮町では「サーフィン」に限定するという少し変わった取り組みもあります。
これも「どんな人が」「何ができる」まちなのか考えてみると、「サーフィン好き」が「サーフィンを楽しみやすい」まちというのが一宮町の「限定」です。
まちも自然が豊かでご飯が美味しいというようなみんなから好かれようとするやり方で広報をするのではなくて、色々いいものがある中でもこのまちならではの魅力は何なのかを決めることが重要です。
ここで大切なのは「決める」ということです。多くの自治体はどうしても魅力を絞りこまず、あれもこれもとなっている気がします。あえてその中でもこの魅力"だけ"に注力してみようという限定する勇気を持てるかどうかがこれから多くのまちが乗り越えなけれなならない課題のような気がします。
みんなから好かれたい→こんな人に好かれたい
何でもできる場所→何か1つにとって最高の場所
もちろんみんなにとって良い場所にすることも必要ですが、限定する勇気を少しだけ持ってみるとまた新しい可能性が生まれるのではないでしょうか。
今回はこの辺りで。
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