「最後の言葉は『ん』」
まるで、いびきの森だ。
雑魚寝でびっしりと床が埋まっている。
サークルの打ち上げの夜、帰れなくなった面々がこの部室に押し寄せた。
程よく満たされた彼らは一斉に寝息を立てている。壁に寄りかかってぼんやりと眺めているのは私だけのようだ。
…と思ったら違った。
「眠れないの?」隣の萱野が聞いてきた。
「そういう萱野も?」聞き返す。
クラスメイトでもある萱野は長身を折り曲げるようにして膝を抱えていた。足を伸ばすスペースはここにない。
「寝れないな。よくこんな中で寝れるよな」同じく。ひんやりとした壁に火照った首筋をくっつけてみる。酔いが醒めつつあった。
私も眠れない。眠くない。
「暇だな」盛大ないびきの中ではこうしたお喋りも目立たない。
「目が冴えてきちゃった」
萱野は首をこきこき動かしてからこう言った。「しりとりしようか、入間」
暇つぶしの提案だった。
「しりとり?」なぜ今ここで。
かと言って2人の間で盛り上がるような話もない。参加することにした。
「どっちから?」
萱野と私を交互に指で示す。
「じゃあ俺から。りんご」
定番の果物からしりとりが始まった。
りんご。ごりら。らっぱ。ぱいなっぷる。
「る?」萱野が考え込む。る、で始まる言葉は難しいのだ。私の番だったらきっと思いつかない。
「ルマンド」萱野はお菓子の名前を挙げた。
どーなつ。つみき。きつつき。
「き?また?」少しいじわるな気持ちになってきた。そして楽しい。こどもじみた遊びが夜を満たしていく。
きつね。ねこ。こま。まり。始めに戻る。
りかしつ。つめ。めがね。ねっこ。こんぶ。
「豚まん」と言おうとして口つぐんだ。これでは負けてしまう。「ぶた」と前半部分で切っておいた。
「楽しいな、結構」萱野が呟いた。
「萱野、『た』だよ」
「楽しい」
「だめ、単語じゃない」却下する。
でも本当は私も楽しい。言わないけど。
次の言葉は出てこない。萱野は下を向いて黙っている。いい加減眠くなってきたのだろうか。私は窓から見える電灯に目をやった。ぼんやりと明るかった。
「萱野?寝たの?」
隣の萱野に視線を移した。
「たからもの」声がした。
起きているらしい。の。しばし考え込む。何だか頭がとろんとしてきた。
「たからもの、だよ入間」
萱野が続きを催促してきた。
どうやら私の方を向いている。それから。
「んっ」
不意に萱野の顔が近づいてきて思わず声が出た。くちびるをふさがれている。
次の言葉は出てこない。突然すぎて閉じれなかった瞳。萱野のまぶたが見える。
熱いくちびる。この「ん」で終わるのだろうか。
それからゆっくり私も目を閉じた。
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