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頑として娘

娘よ。
君とはもう約五年の付き合いになる。
初めて出会ったとき、君は窓ガラスの向こう側で眠っていた。
被っていた黄色いニット帽がとてもキュートで、すごく似合っていたのが印象的だった。
「生後数時間でこのファッションセンスとか天才過ぎるでしょ」
と思わず息を呑んだものだ。
後になって嫁から「あれは病院側が被せてくれただけだ」と聞かされた。
最近では病院側が新生児にああやってニット帽を被せてくれるらしい。
しかし、こんな話を聞いたことがある。
お洒落な人は「洋服の方から自分を選んでくれる」という感覚を覚える瞬間があると。
きっとあのニット帽もうちの娘を選んでくれたのだろう。
娘の隣で寝ていた子とその隣の子もまったく同じの被ってたけど。

人は三歳までに性格が決まる、という。
それが本当なら、君はもう五歳なので完全に出来上がっているという事になる。
僕が思うに、君の性格を一言で言い表すとすれば
「頑固で意地っ張り」だ。
そりゃそうだと思う。
頑固者同士から産まれた超ハイブリット頑固なのだから当然の結果である。
他人の顔色ばかり気にして自分の意見が言えないなんて悲しい子供になるよりは幾分マシだとも思うが、
やはりこれから十数年間はある程度の協調性を持って群れの中でうまく適応していかないといけない。
君は女の子だから尚更だ。
僕は男なのでよく知らないが、女同士ってのは非常に面倒臭いしがらみが多いと聞く。
「恋のライバル、ぬけがけ禁止」なんてものから「お洒落過ぎ禁止」や「かわい過ぎ禁止」、
挙句の果てには「人体錬成の禁止」なんてものまであるとも。破ると体の一部を持ってかれるらしい、こわ。
それを考えると最低限の主張は通しつつ、でもどこかで見切りをつけて折れる事も覚えないと即仲間外れだ。
いや、仲間外れ程度ならまだいい。
君が無視をされたり、暴力を振るわれたり、物を隠されたり、画面端に追いやられて覇王翔吼拳を連発されたりなんかしたら僕は居ても立っても居られない。

だから、娘よ。

頑固であるという事、それ自体は僕は悪い事だとは思わない。
しかしそれを見境なしに周囲に押し付けるのは絶対に良くない。
君には君の正義があるように、相手には相手の正義がある。
あ、この正義は「ジャスティス」と読んで欲しい。いや、どっちでもいい。どうでもいい。
物事というものは得てして多面的であって、君から見えている部分だけが全てじゃあない。
いろんな角度から見なければ辿り着けない真実ってのがあると僕は思う。
興味がなければその部分だけ見て「ふーん」と通り過ぎればいいが、
少しでも疑問に思ったり、それに対して関わっていこうとするのであれば
一歩下がって全体を見ようとしたり、回り込んでさっきまで見えなった部分を見るべきだと思う。
そこまでして初めてそれを認めたり、自分の見解を述べたり、ときには「NO」という主張ができるのではないだろうか。
そこまでして初めて君の頑固さを発揮するべきではないのか。と。

パパはね、そう思うんだよ。

それを踏まえたうえで、最後にこれだけはきっちりしておきたい。
僕も大人だから、子供相手にしつこく何度も言いたくない。これで最後にする。

「お人形さんごっこしよ!ちゃーちゃんはキュアエトワールで、パパはそら豆ね」

そら豆。
キュアエトワールと、そら豆。
オーケイ。
お安い御用だ。
パパは君の為だったら、そら豆だろうが人糞だろうが全身全霊をかけて演じてみせよう。

でもね。

これ、そら豆じゃなくて

はちみつ熊のお友達だ。

モザイク処理も施したし著作権の関係で正式名称は言えないが、熊さんのお友達の虎さんだ。
いろんな角度から見なさい。そこで初めて真実は見えてくるんだよ。

「ちゃーちゃん、これそら豆じゃないよ。ティ〇ーだよ」

ほら。よく見て。

「…パパ。これはそら豆だよ」


ちげーっつってんだろ!
マジかお前!

頑固がすげーな!
頑固が止まらねーな!
親の顔が見てみたいわ!

あ。ごめんね。パパ、大人なのに熱くなっちゃった。ごめんごめん。クールにね。クールにいこう。
もっと言うとそら豆じゃなくてピーナッツだと思うんだけど、もういい。それももういい。

だから、娘よ。

もう元気に育ってくれたらなんでもいいや。ほんと。
パパはそれだけで満足だ。愛してるぜ。この頑固者め。

お金は好きです。