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本のタイトルについて

会社の編集者たちに向けて、二ヶ月に一度くらいレポートを書いています。テーマは企画のことだったり、PRのことだったり、本のつくり方のことだったり。今日はその中から「本のタイトル」についてのレポートをnoteに掲載してみます。

けっこう長い文章なのですが、出版に関わる人や、コンテンツや製品、サービスづくりに関わる人のちょっとしたお役に立てればうれしいです。あくまでも、ぼくの私見ですが。

◉本のタイトルについて

「タイトル」は本の方向性や売れ行きを決定づけてしまうものなので、うまく付けられたときは爽快な気持ちになりますし、その逆の場合は

「一生悔いが残る」

なんていう場合もあります。僕は2010 年に『たちまち体が温まる ふくらはぎ健康法』という本を出したのですが、当時の会社の状況が悪かったこともあり増刷がかかりませんでした。

ところがその 3年後。

その本を『⻑生きしたけりゃふくらはぎをもみなさい』というタイトルに変更して出し直したところミリオンセラーになりました。これを機に出版界では『◉◉をしたければ◉◉をしなさい』というタイトルワークがフォーマット化しました。

当の本人はそんな高尚なことは考えておらず、何気なく付け直したタイトルでしたが、こうも売上が激変したことで、

「タイトルって大切だなあ...」

としみじみ感じたのを覚えています。

これまで多くの編集者がメソッドを語ってきた本のタイトル。編集者の数だけタイトルワークがあり、そこには「正解」らしきものが見当たりません。

タイトルは「降りてくる」「見つかる」「思いつく」といった表現で語られることが多く、その降りてくるのが「いつ」なのかを語られることもよくあります。ちなみにサンマーク出版には「タイトルは夜明け前にやってくる」という言い伝えがありますが、本当かどうかはわかりません。

編集者によっては「歩いている時」「走っている時」という人もいますね。ちなみに僕は「シャワーを浴びている時」に降りてくることが多く、これは「何かを思いつく」ことと「血流」の状態が関係しているからかもしれません。

歩く、走る、お風呂に入るなどして血流が上がって全身に酸素が行き渡るときにこそ、タイトルは降りてくるのではないか......と感じています。まさに『血流がすべて解決する』 わけですが、いや、このレポートではそんなことが言いたいわけではありませんでした。

◉タイトルをめぐる攻防

タイトルは「降りてくる」のか「思いつく」のか「見つかる」のか「考え抜く」のか。

経験上、そのどれもが正解だと感じますが、一方で多くの後輩編集者たちと話す中でそのような表現では「タイトルの付け方」についてきちっとしたレクチャーができないことを痛感してきました。

感覚的には正しいけれど、理論的には説明しようがないのがタイトルの世界。 その結果、出版業界のあちこちの「タイトル決定の場」で、しばしば混乱や軋轢や悲哀を生んできた歴史があります。

今この瞬間も、編集⻑と担当編集、担当編集と著者による「タイトルバトル」が繰り広げられていることでしょう。出版業界では4秒に1回、タイトルで揉めていると言われています(嘘です)。

このタイトルをめぐる攻防戦は人対人だけで起こるのではなく、何より担当編集者の「心の中」で起きます。

「このタイトルで本当に正解なのか......」
「内容の良さが伝わっているだろうか......」

こういった自問自答バトルが繰り返されながら、「校了」という名のゴングによってタイトルが正式に決定し、後戻りできなくなります。

編集者が時折血迷ったタイトルをつけてしまうのは、自問自答が行きすぎてぐるぐると何周も回っているうちに三半規管がおかしくなった結果です(こんな時は大目に見てあげてください。努力したんです)。

繰り返します。

タイトルは「降りてくる」のか「思いつく」のか「見つかる」のか「考え抜 く」のか。

そのどれもが「個人技」のフィールドワークなので、今回はあえて言及することをやめておきます。個人技について過去の成果を伝えたところで、そこには「再現性」がないからです。その代わり、今回のレポートではまったく別の視点でのタイトルワークを提案した いと思っています。

「選ぶ」という視点です。

◉ベネフィット型(効能型)と
サジェスチョン型(提案型)

まずは以下の2冊を見てください。『どんなに体がかたい人でもベターッと開脚できるようになるすごい方法』は 2016 年、『ゼロトレ』は 2018 年にそれぞれ僕が編集担当した本 です。

『ベターッと開脚』はミリオンセラー 、『ゼロトレ』は86万部。

この2冊は一見同じようなジャンルですが、「タイトルの付け方」という点では正反対です。

『ベターッと開脚』は「どんな人がどうなれるのか」をタイトルにした「ベネフィット型」(効能型)、『ゼロトレ』は「まったく新しい方法論」をタイトルにした「サジェスチョン型」(提案型)です。似ているようで、全く異なるタイトルワークです。

実用書、ビジネス書、児童書、そして自己啓発書のタイトルのほとんどは、このいずれかに属しています。その中間に位置するものもありますし、ベネフィット寄り、サジェスチョン寄り、といった具合に濃淡はありますが、どちらに軸足を置くかははっきりしているケースがほとんどです。

横軸を書いて、左側をベネフィット型、右側をサジェスチョン型として、ぼくたちの本を分類すると以下のようになります。

両者にはそれぞれの特徴とメリット・デメリットがあるので、整理してみます。

◉「ベネフィット型(効能型)」の特徴

ベネフィット型の最も良いところは、読者が「自分に何をもたらしてくれるのか」を一目でわかることです。

睡眠、まちがいさがし、言葉の使い方、話し方、伝え方、英語の文法、速読、筋トレ、ランニング、和食の作り方、美肌になる方法、財務諸表の読み方などなど「ジャンル名」がタイトル化されているため、「自分に関係する本かどうか」がすぐにわかりま す。

一方で、デメリットは「類書が山ほどある」ということです。多くの編集者は、というより業界の編集⻑や営業部⻑の多くは「ベネフィット型」(効能型)を好みます。なぜなら、担当編集者から「サジェスチョン型」(提案型)のタイトル案が出てきたとしても

「ピンとこない」

からです。なぜ、ピンとこないかという話はのちほど書きますが、結果的に無難な方向性である「ベネフィット型」(効能型)のタイトルが増え、競争が激化していきます。

また、この場合、ライバルは「本」だけではありません。YouTube、SNS、ゲームなどで「代替」が 可能であるため、本というジャンルそのものが「選ばれない」という危険性があります。

そして、もう一つ大きなデメリットがあります。「著者にファンがつかない」ということです。これはすべての本がそうというわけではありません。「ぺんたと小春」のようにキャラ クターを立てているものや、中野信子さんのように「脳科学」という専門性を活用してあらゆるジャンルの本を出している人など、例外はいくらでもあります。

ただ、総じて言うと、 読者はその本を読破したとしても「著者に興味を持たない」ケースが圧倒的です。この場合、 読者は「コンテンツ」についたのであって、「著者」についたのではありません。

「コンテンツ」についた読者は、他の良いコンテンツが出れば、すぐそちらに移動します。

一方で「著者」についた読者は、その著者の次回作も買ってくれます。

たとえば、実用書やビジネス書でベストセラーを出した著者が、他社から全く異なるタイプの本を出すと「増刷すらかからない」ことがよく起きます。なぜ、そうなるのか。答えはシンプルで、お客さんは「著者」ではなく、「コンテンツ」についたからです。たまたま良いコンテンツと巡り合い、その1回で「事足りた」わけです。

その本を読み終わっても、著者自身に対しては関心を持たなかった。だからこそ、新作が出たことにすら気付かないわけです。

逆に言うと、タイトルは「ベネフィット型」(効能型)であっても、著者に人がつく(ファンがつく)ように設計することで「この著者好き」と感じてもらうことは可能です(これはいずれ詳しくお話をします)。

とはいえここでは、タイトルの付け方によって、読者が「コンテンツにつくのか」「著者につくのか」が決まる可能性が高いことを知ってもらえれば十分です。

◉「サジェスチョン型(提案型)」の特徴

サジェスチョン型の最も良いところは「オンリーワン」だということです。ぼくらが発行している『タキミカ体操』 も『ゼロトレ』も『ねじれ筋』も世界に一つしかありません。

さらに商標登録をすれば、他の著者がそれを出すことはできません(原則的には、ですが)。つまりライバルがいないので、先行者利益、独占的利益を享受できることが最大のメリットです。

さらに、 それを提唱する人がその著者しかいないわけですから、著者の個性が引き立ち、読者が「著者につく」可能性が高まります。一度著者についた読者を、さらにSNSやYouTube、オンラインサロンなどでファン化していくこともできます。「著者につく」タイトリングをすることによって、その後のビジネスの膨らみがまるで変わるわけです。

『脳内革命』『小さいことにくよくよするな』は完全なる「サジェスチョン型」。『人生がときめく 片づけの魔法』はベネフィットを含んだ「サジェスチョン型」です。

ちなみに故・稲盛和夫先生の『生き方』は......これは「超越型」とでも言いますか、こんな「何も足さない、何も引かない」 タイトルを付けて売れる超一流の著者は、世界に一体何人いるでしょうか。この「タイトルのつけ方」については、良い子は決して真似してはいけません。

と、まずはいいことばかりを並べましたが、デメリットも当然あります。ベネフィット型に比べて「売る難易度」が圧倒的に高いということです。

ベネフィット型は「あなたにとって必要な本です」というタイトルです。一方でサジェスチョン型は「こういう方法を考えてみたのでご提案します」というタイトルです。

「ご提案だからこそ、強気で押さないと自信がなく見えちゃう」ということで命令形のタイトル にするケースが多かったりしますが、どんな世界でも 「提案」されると「ちょっと待って。考えてみます」と言われて、すぐには買ってもらえないものです。

先ほど担当編集者のサジェスチョン型のタイトル案に対して、編集⻑や営業部⻑が「ピンとこない」ことが多いと書きましたが、タイトル決定の場でもまさにそれが起きています。

担当編集者は著者の「提案」に対して愛着があり、それがうまくいく可能性をあらゆる角度から考えたり感じたりした結果、サジェスチョン型のタイトル案を提出しますが、それを見た側はその背景に対する予備知識がほとんどないので、その提案が読者にとって有効かどうか判断しにくいわけです。

だから「ピンとこない」。

さらに言うと、多くの編集⻑の決済基準というのは、その担当編集者がここ数年ヒットを出しているかどうかという「信用」によるところが大きいので、ヒットを出している編集者のタイトル案は通り、そうでない編集者のタイトル案は通りくいということがあらゆる出版社で起きます。

業界の中でも定期的にヒットを出す編集者は限られているため、最終的には 「ベネフィット型」のタイトルに落ち着き、そのジャンルの競合が増えます。こうしてコモディティ化してしまう。これが良いか悪いかは議論の分かれるところですが、実際に多くの版元でこれが起きているわけです。

サジェスチョン型のタイトルは「大振り」です。

とても「チャレンジング」なタイトルであり、当たったときは大きいけれど、その確率は低く、多くの場合は70%以上の返品になります。

とはいえ、これらの事実を踏まえておけば、サジェスチョン型のタイトルであっても成功のための「打ち手」はあります。その「打ち手」を説明する前に、いったん「ベネフィット型」「サジェスチョン型」それぞれの特徴を整理しておきます。

◉「選ぶ」基準は何か


【ベネフィット型を選ぶ場合】
ベネフィット型とサジェスチョン型は、「読者型」「著者型」と言い換えることもできます。読者が欲しいものから逆算してつけるタイトルなのか、それを踏まえながらも著者の提案にフォーカスするのか、という違いです。

それでは、どんなときに、どちらを選ぶのか。

まず、「ベネフィット型」について。

これは、著者、または著者の背景が強いときに適しています。たとえは30万部を超えたベストセラー『スタンフォード式 最高の睡眠』は著者がスタンフォードの名誉教授であるという強い背景があるからこそのタイトルです。

このような場合はベネフィット型を選んだほうがヒットの確率は高まります。類書に比べて優位性を保てるからです。

ベネフィット型のタイトルは、著者とテーマを「お見合い」させることで成立します。 Googleの著者に、勉強法を書いてもらう。ディズニーの著者に、コミュニケーション法を書いてもらう。有名アスリートに、あきらめない方法を書いてもらう。心理学者に、自己肯定感の高め方を書いてもらう。

著者とテーマをお見合いさせながら、うまく気があうところを探して本にする。こういう場合には、ベネフィット型のタイトルで素直に内容を伝えたほうがヒットの確率は増します。

もちろん、著者が強くて「サジェスチョン型」を選ぶケースというのもあります。例えば ホリエモンさんの『多動力』、ひろゆきさんの『1%の努力』など、「有名著者×提案」の掛け合わせで大きなヒットにしています。

また、「ベネフィット(効能)そのものが新しい」場合には迷わずこのタイプのタイトルにしたほうがいいと思います。ぼくが担当した『ベターッと開脚』は、「開脚ができるようになる」というそれまでの市場になかった「ベネフィットの提案」でした。

ベネフィット型なのにライバルはゼロの状態。そこに市場があるかどうかは出してみないとわかりませんが、もしもあれば当面の間は先行者利益を独占的に得られるので通常のベネフィット型にはないスケ ールでヒットする可能性があります。

もしも市場がなければ、初版の90%は返ってきますが、無理のない部数でスタートすれば「リスク小・メリット大」の企画になります。

逆に、こんな場合に「ベネフィット型」のタイトルをつけると失敗してしまう、ということについても触れておきます。「著者の力が弱い時」「企画のエッジが効いていない時」 です。

付き合う著者全ての力が大きいのが理想ですが、年間のうち何本かは著者の力がほどほど......という案件があるかもしれません。新人さんの場合も多くあります。

こういう場合に『○○の教科書』『世界一 ○○な本』『○○が9割』といった「ありがちなフォーマット」のタイトルをつけてしまうと、お客さんはそこにお金を払う理由がありません。

さらにこの場合、SNSやYouTubeなど無料の情報がライバルになってしまいます。自ら、無料情報の大きな海のなかにコンテンツを投げ入れることになるので、売れる可能性は極めて低くなります。

では、どうすればいいか。身も蓋もないことを言います。こういう本は「出さない」ことです。ほどほどの著者で、ありがちなベネフィット系タイトルをつけても、勝機などありません。以前はそれでも数万部は売れましたが、無料情報が主流になったSNS社会では、残念ながら存在する価値がありません。

編集者なら、有名無名に関わらず、惚れ込んだ人を著者にすべきです。

【サジェスチョン型を選ぶ場合】

次に「サジェスチョン型」のタイトルを選ぶ場合。

本に限らず、誰かに新しい提案をするときには「キーワード」が必要です。「タキミカ体操」は「タキミカさん」そのものがキーワードですし、「ゼロトレ」はフィットネスの世界において数字の「ゼロ」というポジションを総取りしにいきました。

『人生がときめく 片づけの魔法』というタイトルは、「片づけ」というジャンル言葉が入っていることを考えると「ベネフィット型」ですが、「ときめく」というキーワードが入ることで「サジェスチョン型」に昇華されています。

もしもこの「ときめく」が、タイトルワーク上の単なる 言葉選びだとしたら提案のパワーを持ちませんが、これは「ときめくかときめかないかで決める」という著者の「core belief(核となる考え方)」です。そのために、タイトルとしてのパワーを持ったと考えられます。

サンマーク出版の本に限らず、「繊細さん」「断捨離」「GRIT(やり抜く力)」「スマホ脳」など強いキーワードのある本は伝播力が高まります。

サジェスチョン型を選ぶ場合には、著者の有名無名に関わらず、その提案内容に編集者が 「本当に」惚れ込んでいて、かつそれを「キーワード化」できるかどうかにかかっていま す。

著者の提案内容や方法論に対して心底惚れ込まずに、小手先でタイトルだけキーワード化しても本にエネルギーはうまれません。

編集者の仕事は、

著者の最高の部分を「取り出し」、
それに「名前」をつけて、
世に「広める」ことです。


取り出すものは「最高」だからこそ、そこに「名付け」をする価値があります。そのため、企画段階で「何を取り出して、どんな名前をつけるのか」というステップまでをクリアしていることがベストですし、ぼく自身はつねにこの作業を終えてから、執筆に入ります。

また、サジェスチョン型のタイトルを選ぶ場合に、もう一つやるべきことがあります。

宣伝、およびプロモーションです。提案というのは基本的に「新しいもの」。人は新しいものに関心を持ちますが、一方でそれを買うべきかどうかの判断に迷うものです。

そのため、それを「よく目にする」「みんなも買っている」という状態を作り出さない限り勝機は生まれません。サジェスチョン型を選ぶ場合は「何がなんでも世の中にこれを知らしめる」というエネルギーと具体的な「打ち手」が必要です。

そして、そこまでの気迫で企画を押されたら、大抵の編集⻑はそこまで言うなら「やってみなはれ」というはずなんですね。

ベネフィット型は編集者の「技術」がモノを言い、サジェスチョン型は編集者の「覚悟」がモノを言う、と個人的には実感しています。

◉現代の「驚きのあるタイトル」とは何か?

以前の出版界はとにかく「驚きのあるタイトル」をつけて、お客さんを振り向かせようとしていました。雑誌の世界では「フックのある見出しをつけろ」と言われ、「フック」のことを「引っ掛け」などという場合もありました。しかし、「SNS」「レビュー」の社会になったことで、タイトルだけ驚きがあっても、中身をともなっていないとすぐに悪く書かれ、 かえって本の足を引っ張るケースが増えました。

コンテンツの良し悪しが可視化された現代社会における最強の戦略は「正直である」ということです。

著者も、コンテンツも、そして企業も、お客さんに「信頼」されてナンボです。 ということはつまり、驚きのあるタイトルをつけようと思ったら、本当に驚きのある本を作る必要がある。

「世界一わかりやすい」と言う以上は、本当に世界一わかりやすい本である必要があります。タイトルと中身のズレは、現代ではマイナス効果しかありません。期待を胸に購入してくれた読者を「タイトルだけ」で釣った代償はかなり大きいと感じます。

探すべきは「驚きのあるタイトル」ではなく、「驚きのある企画」です。そんな企画提案ができれば、タイトルからも「驚き」が溢れ出すはずです。タイトルと企画は表裏の関係です。 「表と裏が一致していることが大切」であると、最後に付け加えておきます。

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