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僕らは運命に縛られるⅠ

【ひとりの少女はただ笑う】
「行ってきまーす!」
私は赤ずきん。赤ずきんを被ってるから赤ずきんって呼ばれてる、元気で可愛い女の子っていう設定。我ながらこんな運命あきあきしたわ。本当はこんなダサい赤ずきんなんて被りたくない。特別元気なわけでも無ければ、可愛いってほどでも無いと思う。普通の女の子。設定の私は私なんかじゃない…。え?じゃあ何でそんな設定演じてるのかだって?あなたっておかしな人ね。あなたもここの住人なら知ってるでしょ?本当に知らないの…?良いわ。じゃあ、教えてあげる。私たちには生まれた時から運命が決まってるのよ。誰がいつ決めたかなんて知らない。でも気付いたときにはあるのよ。いつ、どこで、自分に何が起きて、何をすればいいのか。生まれてから死ぬまでの運命がまるで記憶みたいに頭の中に最初からみんなあるのよ。不思議なものよね。でもそれがこの世界では“普通”なのよ。だから誰も疑問に思わない。思ったとしてもすぐに“それ”が当たり前になるから…。運命に逆らわないのかって?
…私だって何度も考えたわよ。誰が決めたかも分からない運命に馬鹿正直に従う理由なんて無いからね。でも、分からない。もし、運命と違うことしたらどうなるのか怖くて出来ない。今まで初めから定められた運命に従ってきたから、たとえ今、自分が好きな様にしたとして、その後はどうすればいいの…?いつ、どんなことが起きて、私は何をすればいいの?…皮肉なものね。運命を嫌いながらも、運命に逆らえないなんて。いや、逆らわないの方が正しいか。現に、今日だって私は、おばあちゃんの家に行って、悪い狼に自分から食べられにいってるんだもの。実に滑稽で愚かだわ…。でもそれが私…、“赤ずきん”なんだ。でもそれはみんな同じ。お母さんだって、今日私が狼に食べられることを知っておきながらも、平然と私を送り出したわ。私のことを待ってるおばあちゃんだってそう。いや、違うか。私を待ってるんじゃないや。“狼”を待ってるんだ。自分が狼に食べられることを知っておきながらも、じっとベッドに横たわって待っているんだもの。そして、もちろん。狼も例外では無いでしょうね。本心とは裏腹に、私とおばあちゃんを食べた後、通りかかった猟師に撃ち殺されるんだもの。可哀想に。狼はきっと自分が死ぬことを知っておきながらも、運命には逆らえないだろうな。それがここのルールだから。君は…私が淡々と話してるのを、不思議そうに見てるね。当ててあげようか?君は運命が怖くないのかって聞きたいんでしょ?お!当たりみたいだね。そうだねぇ…。もちろん怖いよ。でも知ってるから。たとえ私とおばあちゃんが食べられても、猟師さんが助けてくれる運命をね。でも、本当は思っちゃうんだ…。もし、猟師が助けに来なかったら…。もし、狼が私たちを食べた後、運命とは違うことをして、猟師さんが私たちを助けることが出来なかったら…。きっと暗闇の中で、自分の体がドロドロに溶けて無くなっちゃうのを、じっと待つしかないんだろうな…。あら?そろそろ君とはお別れみたいだね。ほら、見てごらん?あの木の影に狼が隠れて、じっとこっちを見てる。今日は運命には無かったけど、君と話せて良かったよ。神様がもしかして…。あるわけない…か。じゃあ本当にお別れ。バイバイ。
そう言って彼女は僕に手を振りながら、狼に会うために、わざとお花を摘みに行ってしまった。その表情は悲しげに笑っていた。

「あら?そこにいるのは狼さん?」