将棋Lovers(仮)

「あなたは何をするために生まれてきたのか?」

 激戦を制した夢追う少女はこの問いに答える。

「声優をするため」

 インタビュアーは否定する。

「えっ………」

 少女は違うと言われ、不思議そうな顔をした後、少し考え別の理由を答える。

「歌を歌うため」

「違います。将棋をするためです!」

「ちがう!! それは違う」

 全力で否定する。少女は続けて、

「長い道の果ての蹴鞠をしている権力者の息子と同じで私にとってこれは人生という長い道の中の寄り道に過ぎない」

 記者が真剣な表情で少女に意見する。

「この大会に命を懸けている全世界の棋士もこの会見を視聴しています。そのような中での寄り道発言。これは大問題になると思いますがいかがでしょうか?」

 今は軽はずみな言動はすぐさまSNSで拡散される。たとえ話の流れにおけるネタだとしてもそれを理解できない者たちが鬼の首でも取ったように著名人のさして問題にならない行いでさえも揚げ足をとる時代だ。自分のことを棚に上げ、人の粗探しに躍起になる。言い訳ばかりして行動をしなかった怠惰な暇人たちがただ直向きに努力し成功した者たちを引きずり降ろす。しかも質の悪いことに引きずり降ろした側はそのようなことを忘れていく。人一人の人生を狂わせておきながら。

 ………とこんなことを思った少女だったが、時世を読み間違えたら辞世を詠まなければいけなくなることも同時に理解している。故に素直に謝罪する。

「皆さん、ごめんなさい」

 普通の人間ならば許されない謝罪であるが、この少女は女神である。故にこのようなふざけた謝罪でも許されるのである。全員が安堵したのを確認し、少女は続ける。

「勘違いしちゃったよね?」

 またも会場の空気が重くなるが、そんなことはお構いなしに全男子が勘違いしてしまう仕草で少女は続ける。

「私は声優も歌のお仕事もそして将棋も、いろいろなことをするために生まれてきたの。だからこの大会で優勝した時は本当に嬉しかった。長年の努力が実った気がして………今のこの気持ちを表すならばガラス越しに見える綺麗な満月。あの満月のように今、私は凄く充実しているわ。この素晴らしい世界でみんなが応援してくれる。それが本当に嬉しいの。それじゃあ、みんな、またね」

 少女はまだ時間が残っているにも関わらず会場を後にした。


 お団子ヘアの少女玉舞子は金宮高校に通う高校生だ。小学生の頃は活発な少女だった。しかし、中学で挫折を経験したことで人見知りで内気な性格となった。
 そんな彼女は中学までの同級生がいない金宮高校で自分を変えようと決意する。が、直近のソリスト歴の長さが災いしてなかなか一歩を踏み出せない。やっとの思いで教室の扉の前にたどり着いたはいいものの扉を開けることができない。

「やっべ、初日から遅刻ギリギリだ」

 男の声がする。が、舞子には聞こえていない。声は次第に大きくなる。そして舞子の隣で声のボリュームは変化しなくなった。

「ここが僕のクラスか……ん、どうした、そんなとこに突っ立って」

 尖った髪の男が舞子に声をかける。内気な舞子は直感で関わりたくねぇと感じ、距離をとる。

「いえ、お構いなく」

 だが、舞子のそんな態度を気にしない様子で男は再び舞子に声をかける。

「何言ってんだ、入るぞ」

「私のことはいいから先入りなよ。遅刻しちゃうよ」

 扉を勢いよく開ける男の傍ら、舞子は動く気配がない。刻一刻とタイムリミットが近づいている。だが、入れない。過去のトラウマが蘇るからだ。入らなければならないのに入れない。そんなジレンマを抱える舞子に男が手を伸ばす。

「それはお前も同じだろ、いいから行くぞ」

 男は俗に言うお姫様抱っこなるもので舞子を教室に連れていく。

「初日からイチャイチャしない」

 教壇に立つ女が二人に注意する。舞子としてはいちゃいちゃしているというわけではない。勝手にお姫様抱っこされただけでとばっちりを食らったのだ。だが、彼女は負けず嫌い。勝手な勘違いで怒られるのは納得いかない。

「二日目からなら良かったですか?」

 この男のことは好きでも何でもない。寧ろ好感度グラフの右肩は下がり続けている。そんな舞子に教壇に立つ女は告げる。

「二日目からもだめだ」

「じゃあ私がこれから言う数字の分だけ経過した場合はどうですか?」

「それもだめです。ついでに言うとその翌日もだめです。あなたたちは永遠に一人で歌いなさい」

 勘違いで勝手に恋愛を禁止された舞子は初日で大胆にも教師に反論する。

「経過日数をnとすると、n=1の時に成り立つ恋愛禁止の命題がある。指定した日数をk日とすると、その翌日はk+1日となる。ここでn=kでも成り立つと仮定した場合………まあ、今回は成り立つみたいだから仮定ではなく確定なんだけど一旦それは置いといて……ここで、指定した日数の翌日でも成り立つことからn=k+1でも成り立つことがわかる。よって数学的帰納法により私たちは永遠に恋愛できないということでよろしいですか?」

「勿論」

 躊躇いもなくこのガバガバ数学的帰納法を認める教師に憤った舞子は心の中で一つ決意をした。

「反例を提示してやろう」

と。


アァァァァァッッッッッやってしまったァァァァァ

 帰宅し猛省する舞子には中学生の弟がいる。彼は自由すぎる姉にいつも手を焼いている。

「おーいふぐたろう、今日も寝転がっているな。よし、お姉ちゃんが悪戯しちゃうぞ」

 舞子は言い終えると同時に弟の上に乗り取っ組み合いをする。弟も姉が大好きで取っ組み合いに応じる。が、舞子の加える力がいつもより強くないことに対し弟が疑問をぶつける。

「どうしたんだよ、らしくないじゃないか。いつもみたくやってくれよ」

 弟のこの言葉が聞こえた瞬間、目から滴が零れ落ちる。

「高校で心機一転頑張ろうって思ったのについつい自分を出しちゃって……多分関わりたくねぇって思われていると思うの」

「今度は何をやらかした?」

 もう十年以上の付き合いの弟は舞子の良き理解者である。そんな弟に舞子は初日での出来事を話す。

「それは姉ちゃんが悪いな」

 俯き落ち込む舞子に弟は続ける。

「でも、自分を堂々と主張できる、そんなところが姉ちゃんのいいところだと俺は思う」

 一人孤独に戦う舞子が強いように見えて本当は赤子のように脆く弱いことも知っている。そして子供のように素直で純粋なところも。だからこそ弟はさらに励ます。

「そんな世界一の姉ちゃんの良さに気づけない節穴の目を持つ愚鈍な人間なんか気にしなくてもいい。自分を大切にしてくれる人を心の底から大切にすれば良い。片務的最恵国待遇はもう終わりだ。人に迷惑をかけない限り自分を貫いて孤立するならそれは栄光の孤立だ。でも、そんな姉ちゃんと下心なしに、打算なしに仲良くしてくれる者がいるならば栄光の孤立から鎖国にしてもいいんじゃない?」

「それでも、明日行くのは嫌だよ」

「じゃあ明日は休めば?」

「それもなぁ、なんだかなぁ」

 二日目で休むのはなんか違う。そう感じた舞子は弟の学校を休む選択に対し迷いを見せる。

「少しでも休むことに迷いを生じているなら行けばいいじゃん」

 舞子は頷き翌日学校に行くという決断を下した。


 翌日、舞子は家を出る。余裕をもって家を出たのかと言われればそれは違う。起床と同時に時計を見て焦って支度をしたのだ。

「どんなに遅刻してもパンは食べたい人生でした」

 後に歴史に名を残す傑物となる舞子は後年のインタビューで人生について質問されたとき、軽い冗談で答える。何故パンなのかはわからないがパンを食べられるとわかった瞬間舞子はいつも満面の笑みでパンの端を咥える。その姿はまるで曲がり角でイケメンとぶつかり恋に落ちる少女漫画の主人公だ。そして、そのパンの端を口に咥えるという行動はいつから始まったのかというとこの日からなのである。遅刻ギリギリでパンを口に咥えた舞子は勢いよく家を飛び出す。

 目的地までの道を一心不乱に走る。脇目も振らず走る。そして、お約束の展開が起きる。

……というはずもなくとは完全にはいえない。それは例の男とぶつかったからだ。髪がけん玉のけんのように尖っている男だ。

「お、君は昨日の」

「ぶつかってごめんなさい」

 舞子は関わりたくない男に軽く頭を下げ、謝罪をしてそのまま走り去った。


 時刻は八時二十五分、舞子は教室の前で悩んでいる。悩みの種は昨日とは違う。昨日は新しい環境による恐怖だったのだが、今回は昨日の一件による悪目立ちを気にして入れないのだ。自分が入るべき教室から話し声が聞こえる。自分のことを話題にしているとは限らない。だが、舞子にはその話の全てが自分のことを悪く言っているように聞こえてしまうのだ。

 暫く教室の扉に手をかけるかかけないかで迷っている。そんな舞子に声をかける者が現れた。

「どうした、入らないのか?」

 舞子に声をかけたのはあの男である。錐のように尖った頭の男だ。舞子は驚き悲鳴をあげるとともに急いで扉に手をかけ自分の席に着いた。もうここまでくると恐怖だ。何か取り憑いているかもしれない。今度、四谷の霊が見える人に除霊してもらおうと感じた。

「人の顔見ていきなり逃げ出すとは失礼だなぁ」

 舞子は声のする方を向き悲鳴をあげる。男が舞子を凝視している。深呼吸し心を落ち着かせた舞子は男に一言告げる。

「もう、自分の席に座った方がいいと思います」

 直後、八時三十分になったと同時に教師が教室に入る。

「遅刻です」

 教師は尖った頭の男に教卓の隣にくるように促す。

 男は素直にそれに従い鞄を自席に置いた後、教卓の隣に立つ。

 立った瞬間、教師が少し低い声で話し始める。

「君は二日連続で遅刻ですね」

「不束者の私が言うのも恐れ多いのですが、二日連続で冤罪だと思います」

 この学校では八時三十五分に自分の席に座っていれば遅刻判定はされない。これは生徒手帳時間割のページに明記されている。

 にも関わらずこの校長などの権限も持たない教員免許を持っているだけの一女は粋がってルールを変更しているのだ。

 尖ったヘアスタイルの男は生徒手帳を突きつけて自分の正当性を主張した。

「ここに八時三十五分開始とあります。つまり、この時間に着席していればお咎めはないのです」

「そんなことはどうだっていいのです。現に全員八時三十分に間に合っているでしょう」

「いえ、ここに先生の自己満足のためのマイルールで規定された時間に間に合っていない人がいます」

「反論は既に間に合っています。とにかく遅刻です」

 ここで男は何を言っても堂々巡りになると感じたのか立場を変える。

「わかりました」

「そう、君は遅刻したのです」

 やっと男が折れ、遅刻を認めさせたことに対し教師が冷静を装っていても安堵したのがわかる。そして、舞子はこの状況で願うのであった。これが嵐の前の静けさとならないことを。








更新はあまりしないと思いますがよろしくお願いします。

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