脳と太極拳

人間の脳にはミラーニューロンというものがあります。他人の動きを見ると、それを行った時と全く同じ脳の部位が活性化するというものです。ミラーニューロンの意味は、他人の行動を理解したり、模倣によって新たな技術を獲得するために重要であるという説があります。

中国武術では黙念師容、日本武道では見取り稽古などと呼ばれる、自分より上級者の動きをただ見るだけの練習が大切だと位置付けられています。西洋人なら見ているだけじゃ上手くならない、体を動かせと言われそうですが、東洋ではなぜかこういう練習があります。イメージトレーニングとも少し違います。脳の中でシミュレーションすることではなくて、実際に見ることを重視します。黙念師容は最終的にはイメージになりますが、それは想像した姿ではなく、しっかりと焼き付けた動きである必要があります。

僕の中では、ミラーニューロンと黙念師容が常にリンクしていて、見ることで必要な脳の部分が活性化して、それを体でトレースすることで強化するという順序が武術を身につける上で非常に大切なんだと思っているんです。なので、言葉で手を上に向けるんですか?足は45度に開くんですか?後ろ足は伸ばすんですか?というようなことを聞いている時点では、まだ学びは始まっていなくて、じっと見る、やってみる、なんか違うな?と思ってみる、客観的に自分を意識するという流れが武術を学ぶために最も効率が良くて最短の学びなんではないかと考えています。

カリキュラムが決まっていて、今日はこの型をやります、説明したテキストもあります、復習の時はテキストを見ながら右手が上、左手が前、と思い出してください。というのは一見効率的なように見えて、実は武術の学びという点では役に立っていないように思います。順番を覚えて、その通りに動かすという意味で、運動、体操としては良いと思いますが、身体感覚を高めたり運動能力を高めるには回り道だと考えます。

もっと面白いのが、ミラーニューロンを活性化する薬があり、それを投与すると全ての人が幽体離脱を体験するということです。つまり、ミラーニューロンが高い活性状態で働く場合には、自分を外から見ている感覚で自分を動かすのが脳としては理想的なのだということです。それが一番自分を動かしやすいということなのでしょう。内側から自分を見るより、外側から自分を見る方を選ぶということです。そうすると、いやいや、東洋では瞑想とか座禅とか、自分の内面に入っていく修行も盛んじゃないですか。という疑問も出てきます。これは陰陽思想でいうところの、陰が極まれば陽に、陽が極まれば陰になるということに関係すると思うんです。瞑想や座禅をしていて幽体離脱を経験する話もよく聞きます。究極に内面に入っていくと、どこかの時点で逆にミラーニューロンが活性状態になるというように思います。おそらく、自我を保つにはバランスが必要なのだと思います。

武道武術をする人は普段ひたすらに客観的に自分の動きを見つめることになり、達人が瞑想や禅に興味を持つのは、その反作用として内側から自分を見る必要が出てくるんじゃないでしょうか。ちなみに、少し前に書いた空間認識の話ですが、こうやって見てみるとミラーニューロンを活性化させた状態を擬似的に生み出すことで、脳を武術仕様にする訓練にもなるんですね。

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