伝わらない言葉

 私はテクニカルライターとして様々な媒体で記事を執筆してきましたが、その媒体の想定読者に最大限誤読されないように言葉を選んでいます。つまり想定読者に伝わる言葉を選んでいるのですが、逆にどのような言葉が伝わらないのか、少し紹介してみましょう。

 「なぜ警察は海保に協力を仰いでヘリに搭載したノクトビジョンで捜索しなかったの?」

 この例文では「海保」という略語と「ノクトビジョン」という聞きなれない言葉を使っています。この例ではまだ「海保」が海上保安庁の略だと類推できますが、世の中には類推困難な略語も多く、一般的に知られていない略語は「伝わらない言葉」と考えて使わないほうが良いでしょう。次の「ノクトビジョン」はかなり特殊な機器の名前であり、暗視カメラという言葉を使うべきでしょう。

 次の図ではAさんとBさんの各々の知識を円で囲み、二人が知識を共有している部分を斜線で示しています。AさんがBさんに何かを伝えるとき、この共有部分を使わなければBさんは理解できません。つまり共有した知識を表す言葉が「伝わる言葉」で、それ以外の言葉を使っても伝わらないのです。

 図の共有部分が小さすぎると思われるかもしれませんが、両者が同じ教育水準、環境に居なかった場合にはこのような状況だと想定すべきでしょう。口頭で伝える場合、私は相手との共有部分がどのくらいあるのかを探りながら話します。相手が数人であれば情報を小出しにしながら反応を観察し、どこまで理解したのかを推し量り、共有している知識部分を探り、その共有部分を使って話を進めていきます。

 文章の場合は相手の反応を観察できませんので、読み手を「高校までの教育を無事に終了」していると想定し、高校教育レベルを「共有部分」とみなして言葉を選び執筆します。また、すでに広く知られている言葉を別の意味で使った場合も「伝わらない言葉」となります。

 同じ言葉でも別の意味を持たせた場合、受け取る側は以前の意味で捉えますので、それは違うんじゃないか?となるのです。経済産業省が「クールジャパン政策」を打ち出していますが、元々クールジャパンという言葉の意味が不明確であり、この言葉の由来とされているダグラス・マグレイの”Japan’s Gross National Cool”によれば漫画やアニメを中心としたポップカルチャーを意味していたはずが、予算獲得の手段としてポップカルチャー以外の様々なものを「クールジャパン」とひっくるめてしまったため、これも「伝わらない言葉」となっています。

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