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KAGRAとLIGOを徹底比較! 重力波の微かな「信号」と「ノイズ」の戦い

人類初の直接観測で話題になった時空のゆがみを伝える「重力波」。観測したのはアメリカにある「LIGO(ライゴ)」という装置でしたが、日本でも観測を目指す装置の建設が進んでいます。その名も「KAGRA(かぐら)」。フランスとイタリアには「Virgo(ヴィルゴ)」という装置もあります。3つの装置の感度には、どのくらいの違いがあるのでしょうか? KAGRAにはどんな特徴があるのでしょうか? 徹底的に比べてみましょう!

(前回の記事はこちら→「とらえた!アインシュタインが残した最後の予言〜重力波を直接観測」


ねらいは「1000000000000000000000分の1メートル」のゆがみ

身の回りのものを持ち上げて手を話すと、下に落ちます。私たちは毎日、地球の「重力」を感じながら暮らしています。学校で「質量を持つもの同士は引き合う」と習ったかもしれません。しかし、なぜ質量があると重力が働くのでしょうか? アインシュタインは1世紀ほど前にこのように考えました。質量を持つものは周りの空間をゆがませる。その「ゆがみによってはたらく力が重力である」と。

(Youtube「Gravity Visualised」より)

さらに質量を持つものが動くと、その時空のゆがみが波のように伝わっていく。それが「重力波」です。つまり、皆さんが腕をグルグル振り回したり、辺りを走り回ったりしたときにも、周りに重力波を放っているのです! しかし、星に比べてとても軽い私たちが動いたくらいでは、生じるゆがみが小さすぎて分かりません。しかし、太陽の質量の何倍もあるような非常に重い星やブラックホールが加速して動くようなときには、人類が観測できるほどの重力波が放たれていることが、今回の発表で示されました。

重い星の重力波により、隣人の顔が伸びたり縮んだり見えるようなら、分かりやすくて面白かったかもしれませんね。しかし、それほど重い星でも、重力波により伝わる空間のゆがみはほんのわずか。1mの長さが1000000000000000000000分の1メートル(「0」が21個あります)しか変わりません。例えるならば、地球と太陽の間の距離が水素原子1個分だけ伸び縮みするほどなんです!


精巧な「ものさし」を作れ!

天体同士の距離が原子1個分しか変わらないような空間のゆがみを、どうやって観測するのかと、途方に暮れてしまったかもしれません。しかし、重力波を観測するには要は、極限まで精度を高めた「ものさし」を作ればいいわけです。どうすればできるのでしょうか?

カギを握るのは「干渉」です。干渉とは、波の山や谷が重なりあって、波の強さを強め合ったり弱めあったりすること。例えば、上の図のように波の「山と山」「谷と谷」が重なれば波の振幅は強め合って大きくなりますし、「山と谷」が重なれば弱めあって波がないかのように一本線になりますよね。重力波の観測装置では、このような干渉を利用して長さを正確に測っています。

世界にすでにある重力波の観測装置や、建設中の装置の多くは、干渉を利用して長さを測る「マイケルソン干渉計」を参考にした技術が用いられています。この干渉計はもともと、アメリカのマイケルソンとモーレイという研究者が、エーテルという仮想のものを見つけるために考えた装置でした。

マイケルソン干渉計は主に、強い光を放つレーザーと、光を反射する鏡、光を読み取る検出器からできています。放たれたレーザーはまず、光の進む方向から45度傾いた「ビームスプリッター」と呼ばれる鏡に到達します。この鏡は半分の光を反射し、もう半分の光を透過して直進させます。つまり、光はここで二手に分かれるのです。その後、分かれた2つの光は遠くにある「エンドミラー」と呼ばれる鏡にたどり着いて反射し、装置の中心に戻ってきます。そして、再びひとつの波に重なって、互いに強め合ったり弱めあったりして「干渉」した光を、検出器で読み取ります。


巨大な「L」。長い両腕

このときに、光が戻ってきて重なったときに、それぞれの波の山と谷が重なるように装置の長さを調整しておけば、通常時に検出される光の波は弱めあって信号はありません。しかし、遠くの宇宙から重力波がやってきて装置がある空間がわずかにゆがめられると、戻ってきた波がずれるために信号が現れます。つまり、干渉した光の波の形から、2つに分かれた光に生じたわずかなズレを検出し、重力波による時空のゆがみを感じ取ろうとしているのです!

LIGOの装置の外観を見てみると、アルファベットの「L」の形のように、90度に折れた長い両腕を持った形をしています。この長い両腕の部分が、レーザーが往復する部分です。基本的には、腕の長さが長いほど、重力波のゆがみを感じ取る感度が高くなります(正確には腕の長さが75kmで最も感度が高くなるのですが、そんな長さを地上の装置で実現するのは現実的ではないですよね・・・)。ちなみに、LIGOの腕の長さは4km、KAGRAとVirgoは3kmです。


微かな「信号」と「ノイズ」の戦い

このようにレーザーと鏡を使った精巧なものさしで、レーザーの進む距離を正確に感じ取り、重力波のわずかなゆがみを感じ取ろうというのが、重力波望遠鏡の技術です。しかし、前に述べたように、感じ取るターゲットは、太陽と地球の間の距離が原子1個分しか変わらないような、ほんの微かな「信号」です。わずかなズレも許されません。

装置の中の鏡は筒のような形をしていて、下の図のようにひもで吊るされています。この鏡の周りで、レーザーの進む距離を不正確にしてしまう雑音「ノイズ」が立ちはだかっています。重力波の観測は、微かな「信号」とそれをかき消そうとする「ノイズ」との戦いなのです!

重力波の観測を阻むノイズには、どんな種類があるのでしょうか。重力波の観測装置で特に気を配っているのは、主に4種類のノイズです。①地面の振動、②鏡や振り子の熱による振動、③レーザーの光子のばらつきによって生じる「ショットノイズ」、④レーザーの光子が衝突して鏡が揺れる「輻射圧雑音」です。

重力波の震え方を示す「振動数」の大きさによって、この4種類のノイズの影響の大きさが変わります。10Hz(ヘルツ)以下の周波数が低いところでは、地面の振動による影響が大きくなります。また、10〜100Hzのところでは鏡や振り子の熱による振動と輻射圧雑音が、100Hz以上の周波数が高いところではショットノイズの影響がそれぞれ大きくなります。

4つのノイズのうち、ショットノイズと輻射圧雑音には、あちらを立てればこちらが立たずの関係があります。つまり、レーザービームのパワーを強くすればするほど、ショットノイズの影響は小さくなりますが、一方で輻射圧雑音の影響は大きくなってしまうのです。ですので、どの周波数の重力波を観測したいかによって、最適なレーザービームのパワーが決まり、ノイズの影響を減らそうにも理論的な限界があります。


KAGRAの特徴① 地下にある

それでは、重力波の観測を阻むノイズの種類が分かったところで、KAGRAの特徴を見てみたいと思います。KAGRAの中には、4つのノイズの影響ができるだけ小さくなるように、最先端の技術が詰まっています。

皆さんは「望遠鏡」と聞いたときに、どんなものを想像するでしょうか。山の上に設置された大きな鏡が、しんと静まった夜空を見上げている。そんな光景を想像するかもしれません。しかし、KAGRAは大型低温重力波望遠鏡と名付けられた望遠鏡ですが、なんと山の中の地下にあるのです!

KAGRAの特徴を表す 1つ目のキーワードは「地下」です。KAGRAは岐阜県飛騨市神岡町にある、非常に硬い岩を含む池ノ山という山の中にあります。先ほど説明したように、光ではなく時空のゆがみを感じる望遠鏡なので、外になくてもいいんです! しかし、なぜ地下に作る必要があるのでしょうか? 先ほどの4つのノイズのうち、地面の振動による影響を小さくするためなんです。山の中に装置を作ることで、地面から伝わる振動を地上の100分の1まで小さくなります。


KAGRAの特徴② 冷やす

2つ目のキーワードは「冷やす」です。これは4つのノイズのうち、鏡や振り子の熱による振動の影響を小さくするための特徴です。KAGRAの中にあるレーザーを反射する鏡には直径22cm、厚さ15cm、重さ25kgの円筒形のサファイアが用いられています。装置の中でひもで吊るされています。この鏡と振り子は、温度が高いほど熱による振動が大きくなるため、ノイズの影響が大きくなってしまいます。

LIGOなどほかの装置には、石英の鏡が用いられています。しかし、KAGRAではサファイアの鏡を使うことで、鏡をマイナス約253度(20K)まで冷やし、熱による振動による影響を小さくすることができるんです!


KAGRAの強み① 100Hz以下の感度が高い

それでは、長い間お待たせしました。KAGRAとLIGO、Virgoの目標とする感度を比べてみましょう(*LIGOとVirgoはそれぞれ、改良型のadvanced-LIGO、advanced-Virgoのものです)。グラフの横軸は重力波の周波数、グラフの縦軸はノイズの影響の大きさを示しています。つまり、グラフの線が下にあるほど、その周波数の重力波を感じる感度が高くなります。

3つの線を比べてみてどうでしょうか。少しのバラつきはありますが、どれも10のマイナス23乗を下回っていて、ほぼ互角であることが分かります。ただ、100Hzの近くを詳しく見てみると、KAGRAの方が少しだけより感度が高くなっていますよね。これがKAGRAの強みのひとつです。鏡や振り子の熱による振動を防ぐために鏡周辺を冷やしている効果が、このあたりに現れています。

ちなみに、今回のLIGOで観測されたのは100Hz付近の重力波でした。ブラックホールの質量が大きいほど、合体した時に生じる重力波の周波数が小さくなります。ですので、この100Hz以下の感度が高いという強みにより、KAGRAはより重いブラックホールの合体の観測に適しているのです!


KAGRAの強み② スーパーカミオカンデとの連携

KAGRAのもうひとつの強みは、装置が神岡にあることと関係しています。神岡には、2015年ノーベル物理学賞の「ニュートリノ振動の発見」に貢献したスーパーカミオカンデという装置があります。つまり、重力波とニュートリノを同時に観測できるのです! **具体的なターゲットは、星が一生を終えるときに起こす「超新星爆発」**。光での観測では表面で起こることしか見られませんでした。しかし、重力波とニュートリノを同時に観測できれば、爆発の瞬間に星の中心部でどんなことが起こっているのかを、より詳しく調べることができるようになるかもしれません!


これから期待できること

今回のニュースでは「重力波の初観測」が注目されていますが、もうひとつすごい発見があるんです。それは、太陽の数十倍の質量を持つ2つのブラックホールが、互いの重力を及ぼし合いながら回る「ブラックホール連星」を観測したことです。これも世界初なんです!

LIGOの研究グループの計画では、中性子星の連星をターゲットにしていたので、今回の発見は「想定外」と言っていいかもしれません。今回の発表により、どうやら研究者たちが考えていた以上に、宇宙ではブラックホールの合体が起こっているかもしれない、重力波を観測できる頻度はより高いかもしれないことが分かりました。ブラックホールがどのようにしてできるのかなど、理解が一気に進むかもしれません!

そしてもうひとつ。KAGRA、LIGO、Virgoなどの複数の重力波を観測する装置ができることで、分かることがあります。それは、地球にやってきた重力波が「宇宙のどこからやってきたのか」を突き止めることです。今回LIGOが観測した重力波は、どうやら大マゼラン星雲あたりの方向からやってきたらしいのですが、正確には分かりません。しかし、地球上で多様な位置に装置を作ることで、観測した時間の違いを比べることで、より正確にどこから重力波がやってきたのかが分かるようになるのです!

どこかの重力波の記事で「ノーベル賞がいくつあっても足りない」という見出しを見ました。重力波を観測できるようになったことで、人類は新しい「宇宙を見る眼」を手にしました。いったい何が見えるのでしょうか。どんなことが分かるのでしょうか。


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