ひとり焼肉にうってつけの日。

白央篤司さんとの往復コラム。

vol.7

前回のコラムはこちら↓

https://note.mu/hakuo416/n/n9f3fec7456cd

前野くんいいですねぇ。
白央さんの中学時代のちょっと悪い友だちの前野くん。夜の公園でたばこを吸わせてくれた前野くん。彼の話もう少し読みたいな。借りパクされたCDはどんな音楽だったんだろう。興味あります。

さて、白央さんからのお題は、

「景気づけの食べもの」

〜自分を上げたいとき、人を送り出すときの食べもの。誰かのお祝いに作りたい食べもの。と聞いて何が浮かびますかね〜

とのことですが。

うーん、困った。

まず「自分を上げたいとき」ですが、僕は下がることがほとんどないんですね(笑)。
おそらく少しバカなんでしょうが、落ち込む能力が低いというか忘れっぽいというか、不安や憤りや哀しみといったストレスを感じたとしても長続きしない。
逆に楽しい気持ちはけっこう続くという、何というか、かなりオメデタイ性質をもっているようです。今まで気持ちの変動もあまりなく、割と呑気に生きてこれたのはそのおかげでしょうね。やけ酒もやけ食いも愚痴呑みも呪いカフェ(そんなのあるのかしら)も経験がない。幼稚園受験に落ちまくり「白痴だと思います、然るべき施設に…」と父に告げた園長先生の気持ちも分からなくもない。

恐らくその辺りが影響しているのでしょうが、相談事もほとんど寄ってこない。誰かを慰めた経験も、景気付けとして飲み食いに付き合った記憶もほとんどない。こいつに話してもしょうがないというオーラでも出しているんでしょうね。よくもまあ、バーテンダーとしてやってこれたもんだと思います。致命的な欠陥ですよね。
ただね、こう言っちゃなんですが、だからこそバーテンダーを選んだとも言える。同じ水商売でもスナックや小料理屋、居酒屋、ホスト(はそもそも資格もないけど)みたいな、よりコミュニケーションが密で熱量のある仕事は難しいのかも。大滝詠一が言うところの「古賀派」「服部派」でいえば、水商売のなかではバーテンダーは服部寄りじゃないかな。情緒よりスタイルというか、より地面から離れているというか。暗喩的な商売ですしね。相談事は直接表現でなくメタファーでお願いします(笑)。

というわけで、誰かのために作りたい食べものと言われてもまったく思いつかない。その人がそのとき欲しいものを聞いて対応するという感じでしょうか。悲しいかなオーダー制。「疲れてるんでしょ、さあこれ食べて元気出して」みたいな提案ができたら素敵なんだけどな。

そんな僕ですが、

「この人は今、自分を上げようとしているんだ」

という誰かの心的状況には割と敏感なほうだと思う。離れていてもバイブスを感じる。それくらいできないとさすがにバーテンダーは務まらない。たとえそれがバーでなくても、スタバや回転寿司や深夜の焼肉屋で隣あった人であったとしても。

たまに夜中に一人で行く焼肉屋があるんですよ。
そこのいいところは0時を過ぎるとほとんどお客さんがいないこと。女主人であるオモニのテンションが常にフラットなこと。そして600円のハラミと350円のレモンサワーが絶品。これだけあれば通う理由としては十分、実に居心地がいい。

その夜も瓶ビール、ハラミ1人前、ナムルというお決まりのファーストオーダーを済ませ、七輪に1枚だけ肉を乗せて焚き火を楽しむように育てつつビールを飲むという至福の時間を過ごしているとちょっとした異変に気付いた。あれ?なんか変だな。
斜め前方で背中を向けて座っている女性(お客はその人と僕だけ)のテーブルに次から次へと皿が運ばれてくる。ムンチサラダ、キムチ、センマイ刺し、ナムル。

モグモグ。

上タン塩、特上ロース、上ハラミ、骨つきカルビ。

ジュウジュウ。

4人席のテーブルが皿で埋まっていく。
初めは連れの男性がトイレにでも行ってるんだろうと思っていたけどいつになっても誰も来ない。彼女は一人なんだ。一人で肉を焼き、サラダをつまみ、焼けた肉を平らげて行く。その間にもチヂミやわかめスープやサムゲタンがやってくる。テーブルは飽和状態。漂ってくる哀しみのバイブス。かなりの異常事態。よくあることとも思えないけど、オモニは何事もないようないつものフラットなテンションで言われるままオーダーをこなしていく。「どうしたの?」もなければ「そんなに食べられるの?」もない。
あっという間の出来事だった。彼女はすべての肉を皿から一枚か二枚だけ焼き、すべてのご飯ものやツマミを一口ずつ食べ、ウーロン茶のお代わりを頼むと気が済んだように壁にもたれた。緊張感が和らぎ、少し落ち着いたように感じられた。顔は見えなかったけど、こんなときには背中が雄弁に語るものなんだな。結局彼女は食べたいものをすべて注文し、一切れ、一口ずつ食べてほとんどを残し、最後にシャーベット(これだけは完食)を平らげて帰っていった。レジのところでオモニと二言三言会話していた声は僕のところまでは聞こえなかった。
彼女の食べ方も凄まじかったけど、黙って見守るオモニもすごい。私はあなたを肯定しているという無言のメッセージ。
この店に女性の一人客が多い理由がなんとなくわかった夜。

ちなみに一昨年父が亡くなった日の夜、疲労困憊してこの店に寄ったとき、いつもと変わらず飲み食いしたはずなのにレジでオモニに「何か嫌なことあったの?そんなのね、お酒飲んで忘れちゃえばイイヨ」と言われ、自分があのときの女性と同じような何かを求めて今日この店に来たんだと気づかされたことがある。

自覚してなかったけど、もしかしたら今までも毎回‘自分を上げる’ためにあの店に寄っていたのかもしれない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?