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『BAR女の平和』山野かおり編~女の平和~

山野が細い階段を上り表に出ると青いラクティスのハザードランプが夜の裏路地を燈色に点滅させていた。

「ママ。前から思ってたんだけど、看板壊れてるよ」花園が店の上に掲げられた【BAR女の平和】の看板を指差す。「知ってるよ。酔っ払いが石かなんか投げたのよ」酔って覚えていない石を投げた本人に山野が壊れた理由を答えるとガチャンと音がしてラクティスのトランクが口を開いた。

「これです」芝浦が独り言のように呟いてトランクの中のダンボールをみていた。この子はいつも泣きそうな顔をしている。山野は以前から思っていた。なぜだろう。今日はいつにもましてそう見える。
「なにこれどうしたの?」山野が尋ねると芝浦は「あいこに。プレゼントしようと思って。」と言い、電線だらけの狭い空を見上げて「あいこ今キャンプにはまってるみたいで。バーベキューコンロです」と答えた。あいこというのはこれから店に来る予定になっている生田目あいこのことだ。

「うお」と山野は声に出した。ダンボールは想像よりも全然大きかった。「これを運びたいの?」山野が尋ねると芝浦はコクリとうなずいた。

なぜかうれしそうな花園が「すごーい!バーベキューできるじゃん!今日ハム持ってきたから今から焼こうよ!」と手を叩いた。「こんなところで火たいたら消防車来ちゃうでしょ」「そんなことしないですよ。ママの店でやればいいでしょ」「わけわかんないこと言ってないで運ぶよ。あいこちゃん来ないうちに。サプライズでしょ?」

ダンボールは鉄の塊のように重かった。「鉄の塊みたいに重いね」と花園が当たり前のことをいい「鉄の塊なんだから当たり前でしょ」と山野がそのままのことを言った。これは花園がたまにやるつまらない冗談で、彼女はなぜか芝浦を笑わせようとしている。その試みは成功したことはなく芝浦はいつもわけがわからなそうに、「はい」とも「はあ?」とも取れるようなあいまいな「はぁ」という相槌で返した。「はぁ」。

山野たちは指が引きちぎれそうになりながら途中、箱を滑らせたり、誰が一番重いポジションなのかを言い争ったりしつつ、なんとかBARの中にダンボールを持ち込んだ。
店の中はパーティーの後の雑然さを残しながら閑散としていた。

「もうみんな帰っちゃったんですか?」と汗を滴らせながら芝浦が訊いた。「けっこう早く始めちゃったからね。あいこちゃんこんなに遅いならもっと遅く始めればよかった」と山野が言うと芝浦は「もう終わっちゃうって事ですか?」といつになくつめよってきた。山野は迫力に少し押されながら「もうちょっと待ってようと思うけど」と答えた。

芝浦は車をコインパーキングに止めてくるといい外に出て、店には山野と花園が取り残された。
「すごいですね。これ。こんなのレンタルじゃなくて自分で買うひと本当にいるんですね。マイコンロですよ。マイコンロ」と花園がぺたぺたとダンボールを撫でる。

困るな。
と山野は正直思った。あいこを私たちは待っている。でも彼女は区議会議員選挙真っ最中でとても忙しい。今日も行けない可能性のほうが高いけど唯一行けるとしたらこの日。と言われて無理やりセッティングした激励会だった。正直ただみんなで集まって飲めればいい。なんなら別にあいこが来なくてもイベント開いて売り上げになりゃいい。くらいに思っていた。来たら来たで本当に祝えばいいと思っていた。

つまり、あいこは今日はこないだろう。山野はそう思っていた。今日どころかしばらく彼女は店に来ないだろう。しかし彼女の親友の芝浦は、どこかトロイこの子はそんな事情も知らずに彼女にこんな大きなプレゼントを直接渡せばいいものを店に持ってきてしまった。

一応お客さんだし。断れない。でも多分あいこは来ない。そしたらどうなる?また持って上がるのは大変だ。あいこが来るまで置いといてもいいですか?と言う話になるだろう。わたしはいいよ。と言うしかない。

邪魔だ。正直とてつもなく邪魔だ。店に対してダンボールがでかすぎる。しまう場所もない。大体当選するかもしれない祝いにバーベキューコンロってなんだ。普通こういうときは花とか酒。たとえ欲しがってたとしても今じゃない。そういうセンスの無さといつも泣きそうな顔が無関係ではない。そう山野には思えた。

「バーベキューコンロってこんなに重いんですね」呟いた花園のほうをみると彼女はなぜかダンボールの上に座って酒を飲んでいた。「何してんのよ、人のプレゼントに座っちゃ駄目でしょ」当たり前のことをとがめると花園は箱から降りて「座っちゃだめなのに座ってたら面白いかなと思って」と手を叩いてあひゃひゃひゃと笑った。山野はこの子の冗談は全く理解できないなと思って自分のグラスに酒を注いだ。

しばらくして帰ってきた芝浦は「ちょっと疲れちゃったんで、あいこが来るまで休ませてください」と言ってカウンターに突っ伏して眠ってしまった。花園は勝手に決めた自分の特等席に座って家族や仕事の愚痴を独り言のように繰り返す。

山野はその話を全く耳に入れずグデグデになっている二人を眺めながら、こんな会は開かなきゃよかったな。と思った。そして同時にこうやって勝手な女たちが勝手にグダグダやっている店が自分の理想で、こんな店をやっていてよかったな。とも思いながらグラスに入った水割りを飲み干した。


本編は↓↓↓                              オフィス上の空プロデュース
東京ノ演劇ガ、アル。#2
「BAR女の平和」
5/3-6/2
@東中野バニラスタジオ

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