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『BAR女の平和』花園れい編~あの白い粉は蜜の味~

雲ひとつない青空。天気がいいということ。それが重要なことなのだ。

継母は天気が悪い、あるいは悪くなりそうだと自分が思い込んだら(それがかんかんに晴れている日であっても)気圧の変化で右ひざの関節が痛むといって居間に居座った。

彼女が居座るという事は私は座ったりどこかに姿を隠したりすることは出来ず(すぐに「れいこさーん」と探される。私の名前に子はつかないが彼女はれい”こ”だと思っている)テキパキと、掃除しなくてもよさそうなところも掃除をしているように見せなくてはならない。
すこぶる面倒くさいが、これを怠るとさらに面倒くさい(義父がどこからともなく召喚され、さっきまで嫌味を言っていた継母が急に泣き声になり義父は延々と家族の大事さを説き伏せてくる)ことになる。

そして今日は待ちに待った天気の悪くならない、水曜日の午後がやってきた。(パートがない日と継母の習い事が被らない唯一の日)旦那に弁当を持たせて見送り、入学したばかりの娘を小学校の正門の見える交差点まで送り、その格好のまま行くのかと思うような派手なピンクのテニスウェアを着た義母を見送りガチャリと鍵をかけ、洗濯物を手早く干して、キッチンの私のためだけの椅子にたどり着いた。
いつ誰が帰ってくるか知れないのでキッチンにだけはいたほうがいい。(以前居間でお菓子を食べながらテレビを観ていたら突然継母が帰ってきて、そのとたんに義父を召喚されてしまった)

義父はいつも自室に引きこもり囲碁にふけっており召喚されるか、お腹がすいた時以外は外に出てくることはないので安心だ(囲碁をやっているというのは建前で実は自作の新人囲碁棋士が主人公の官能小説を書いているのを私は知っている。シリーズは6作までかかれており個人的に2作目は中々秀逸だったが後は駄作だ)

私は流しの下の圧力鍋の中から味の素を取り出し、調味料の一番奥の「米酢」と表記された瓶に入った焼酎(茜霧島)を取り出し氷を入れたグラスになみなみ注ぎ、急須にスマフォを立てかけてウォーキングデットのシーズン3のエピソード12にたどり着いた。

ついに。これだ。この至福の時間。顔に出るから一杯以上は飲めないし冷蔵庫に入れないと腐ってしまうツマミはストックできないのが残念だ。火を使うものは作っていると腹をすかせた熊のように義父が四足歩行(みたいなイメージのノソノソした二足歩行)で現れるからいけないが仕方がない。

目を盗みつつたまにしかこうして観ることが出来ないから全然次のシーズンが観れないし、観たくて観たくて最近は段々継母がゾンビだったらどうやって戦うか(旦那の前では一応躊躇するふりをしながら殺そうというシュミレーションは出来ている)をいつの間に考えてしまっている自分がいる。人間には自由とつかの間の休息が必要だ。緊張は建設的だけどそれだけでは疲れて正常ではいられなくなってしまう。
そういうことをウォーキングデットは教えてくれている。だから少しの罪悪感を感じたりしたほうがいのかなと思うが特に感じず。私はこれからも家族の目を盗んで味の素を舐めながら(蜜のように甘く感じるようになってしまった)海外ドラマをチェックし続けるのだ。

次に狙ってるのは趣向を変えてマーベルシリーズ制覇だ。ロバートダウニーJrが可愛いんじゃないかと思っている。炙ったものを食べたいので何とかあの科学力を参考に出来ないだろうか。あの科学力があれば私も、こんな家を捨てて絶壁の上の大豪邸でたまに空とか飛びながら好きなものを好きな時に食べて暮らせるのに。たまには世界や困ってる主婦を救うから。

エピソード14が終わったところで今日はもう切り上げることにした。えらい。自制できる自分を褒めてからグラスを洗い、味の素を圧力鍋に戻しスマフォをしまった。                          包丁を手に取り戦うか晩御飯の準備をするか少し考えて、もう子供が帰ってくるから死体を隠すには時間が足りないなと思い、玉ねぎを刻みはじめた。

本編は↓↓↓                              オフィス上の空プロデュース
東京ノ演劇ガ、アル。#2
「BAR女の平和」
5/3-6/2
@東中野バニラスタジオ

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