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アンパンマン悪魔


ベビーシッターのバイトをした。バイトと言えるのかちょっとわかんないけどジャパニーズレストランで働いていたときにそこの日本人店主の子供にやたら気に入られて、店主が帰りが遅いときなんかに時給で子供たちを見守った。
子供は5歳のお姉ちゃんと3歳くらいの弟くんだった。他の従業員も彼らの面倒をたまに見たけど何故か僕がよく気に入られて、僕がウェイターで他の女の子が散歩に連れて行ってあげるシフトになっていても僕じゃないといやだと駄々をこねられるほどだった。そう。割と子供に好かれるんです。

行くのはいつも夕方くらいで奥さんが先にお風呂に入れて僕とバトンタッチでまた店に戻る。僕は子供たちと店主の家でご飯を食べさせ歯磨きをさせ寝かしつけるのが仕事だった。子供は昔から好きだったので全く苦ではなかった。

ちょっと関係ない話だけど店主は糖尿病を患っていて本当は酒を飲んじゃいけないのに奥さんがいないと店でよく飲んでいた。ぼってりとしたお腹を突き出して店の冷蔵庫の前で何を飲もうかいつも品定めしていた。その冷蔵庫にはジュースも入っていてそれを知っている弟くんは店主と全く同じ体制で幼児体系特有のお腹突き出し仁王立ちで冷蔵庫のジュースを真剣に見つめていて親子なんだなと思った。

その夜はおねえちゃんのピアノの練習に付き合う予定だった。お姉ちゃんはもちろん日本語を話すけど、現地の子がいる幼稚園のようなところに通っていて僕よりも英語が格段に上手だった。子供ってすごい。
でもピアノは習い始めたばかりで僕のほうがまだ分があった。奥さんは何の影響かわからないけど音符楽譜を使わない音楽教育というものにはまっていて紙に変な記号が羅列してある楽譜のようなものを使ってお姉ちゃんにピアノを弾かせようとしていた。家には立派なグランドピアノがあって子供のためだと言っていた。でも正直その楽譜は意味不明だったし、これのほうが感覚的な音楽素養が育つと言っていたけどお姉ちゃんはピアノを弾くことを共用されることをすごく嫌がっていて、これは音楽を嫌いになってしまうなと正直思った。弟くんのほうが叩くと音が出るから楽しいみたいでピアノによく触っていた。

別に僕も無理にピアノをやらせたくもないので全然やらずにトトロを一緒に観て21時を過ぎたのでみんなと寝室に行った。その日はやけに子供たちは興奮していてやたら枕を投げたり僕を布団にくるませようとしたりしてきた。子供たちが寝れば奥さんが帰ってくるまで一人の時間が出来るので出来れば早く寝て欲しかった。絵本を読み聞かせ眉間をなでてやり、お腹をぽんぽんさすってやり1時間かけてやっと子供たちは眠りについた。

細心の注意を払って扉を開けてゆっくり閉める。カチャリ。僕の勝ちだ。それが甘かった。扉の向こうでお姉ちゃんが「ねえ」と言ったのがわかった。僕はいないふりをしてみた。また寝るかもしれない。でも彼女がもう立ち上がって扉の前に立っているところまでわかる。「ねえ。ゆうくん」。僕の名前を呼ばれる。寝てくれないかなと思った瞬間、弟君が泣き始めた。これは行かなきゃだめだ。部屋にまた戻るとお姉ちゃんが抱きついてきた。僕は彼女の頭をなでながらお母さん返ってくるまでに寝ようね。と言った。それがだめだったらしい。彼女は「おかあさーん」と号泣支持始めた。やばい。それにつられて弟くんも泣き始めた。「アンパンマンみたーい」。

僕は一応お金をもらって寝かしつけてくれと言われているのにこんな夜中に子供にアンパンマン見せてたらそれはどうなんだろう。なんかだめな気がする。アンパンマンは見せられないと判断した僕はそのまま寝かしつける作戦にした。奥さんが帰ってくるまで40分くらい。頑張ればいけるだろう。そう思ったが子供たちは涙はそのまま奥さんが帰ってくるまで流れ続けた。真っ暗な寝室で僕にしがみつきながら「おかあさーん」「アンパンマンみたいー」と40分泣き続ける子供たち。本当になにか悪魔に取り付かれてしまったんじゃないかと怖かった。

奥さんが帰ってくると子供たちはさっきまでの涙は嘘のように笑って駆け寄り、奥さんも「ごめんね、大変だったでしょう」とアンパンマンを見せていた。僕は自分が好かれていると慢心していたけど結局子供はお母さん好きだよなととても反省した。あとアンパンマン見せてよかったんなら言ってくれたらよかったのにと思った。
今でも元気だろうか。

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