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エディトリアル・モデリングへの招待  ランドアートを模型で記述する試み──「位相─大地」を中心に

 首都大学東京大学院楠見清研究室はこのたび「エディトリアル・モデリングへの招待」展を開催します。本展は2019年度前期授業「文化編集学特論」(博士前期課程)を通じて行ってきたリサーチと考察を元にした実験的制作の成果で、模型言語(情報としての模型)のもつ批評性に着目し、美術史研究に役立て流ことでその可能性を探る試みです。
 その最初の研究成果展として、今回は実体を喪失したランドアート、もの派の作品を題材にさまざまな模型の展示を行います。

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模型を読む・模型で書く・三次元の言語で考える

古代から人は自然のかたちを写し、
頭のなかの理想をかたちにして表現してきました。
現在もクリエイティブの現場では欠かせない模型を
ひとつの言語として意識的に読み書きすることで見えてくる新たな可能性。
クレイモデル、建築模型、さらには3DCG、あるいは趣味の模型まで
それぞれの模型の構造や文法や作法を体系化することで、
異なる領域の模型言語を翻訳可能とし、いままでにない学際的で包括的な3次元の言語空間が開かれます。

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情報メディアによるコンテンツの脱物質化=データ化の流れに対し、
ここでは模型を言語として捉え直し、さまざまな文化情報を三次元的なコンテンツとして編集することの可能性を探ります。
その最初のテーマとして、美術展示施設の中で保存や再現の難しいアースワーク/ランドアートを選び、とくに日本のもの派を代表する関根伸夫の野外彫刻作品《位相─大地》
模型という三次元の言語を使うことで、従来の批評言語や二次元の写真資料では伝えられなかった史実や事実を明らかにしていきます。

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開催情報 日時 2019年7月22日(月)- 9月27日(金)
9:00 - 20:30[図書館開館日時と同じ・土曜17:00まで・日曜休]
会場 首都大学東京 日野キャンパス 2号館1階システムデザインギャラリー
住所:東京都日野市旭が丘6-6
交通:JR中央線・豊田駅北口から京王バス「平山工業団地循環」で停留所「旭が丘中央公園」下車徒歩5分

主催 首都大学東京大学院システムデザイン研究科インダストリアルアート学域楠見清研究室

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ごあいさつ

 大学院インダストリアルアート学域の「文化編集学特論」(旧授業名=メディア創生特論F)は毎年異なるテーマのもと、調査、分析、制作、発表を行うプロジェクト型の授業です。これまで、マンガやアニメのキャラクター銅像のフィールドワーク調査「もにゅキャラの研究」(2014、2017年度)、ペーパーレス時代の紙をマテリアルとして再生する「ダンボール・エンジニアリング」(2016年度)、多数決に代わる決定方法とAI時代を予測した「ものごとの決め方をデザインする」(2018年度)など、その研究成果は展示や出版などの手法を使って広く学内外に発信されてきました。

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 今年度前期は「エディトリアル・モデリング」という新しい概念を楠見が提唱し、18名の大学院生のグループで研究と制作を行いました。授業を開講するにあたっては、①編集の手法と思想による模型の制作、②エディトリアル・モデリングの考察と理論化を目標に掲げました。
 「エディトリアル・モデリング」を実践する上でのモチーフとして、アースワークやランドアートと呼ばれるスケールの大きな現代美術を選んだのは、それらが美術館の中には収まらず、現存しないものも多く、さらに美術書に掲載される際にはたった数枚の写真でしか紹介されないという現状に長年疑問を抱いていたからです。私は美術書の編集や博物館学の立場からこの問題を解決するために模型を活用することができないかと思いつきました。いくつかのアースワークの中から候補を挙げ、学生たちとの対話を通じて関根伸夫の《位相─大地》を中心に扱うことが決まりました。
 制作の過程で作家の関根さんご本人にヒアリングし監修していただくことも考えていましたが、残念なことに関根さんは2019年5月13日に76歳で急逝してしまいました。もの派の世界的再評価が進むなかアメリカで新作を発表する計画があったであろうことに加え、私たちの研究についてお伝えできなかったことが残念でなりません。

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 本展の出品メンバーは、トランスポーテーションデザイン、スペースデザイン、インテリアデザイン、グラフィックデザイン、エルゴノミックデザイン、製品・サービスデザインなど異なる専門分野で修士研究に取り組む大学院生ですが、日頃それぞれの領域で制作している模型やダミーといったmodelを新たな言語として再発見しながら、それぞれの手法でアースワークと《位相─大地》の模型化に取り組みました。試作と講評を繰り返しながら、《位相─大地》に内在する宇宙的なコンセプトにおのおのが気づく瞬間もありました。それは明らかに従来の批評(テキスト)や写真(イメージ)とは異なる模型言語による深い理解の賜物でした。
 本展が学生たちの日頃の研究活動の成果を示すと同時に、首都大学東京大学院インダストリアルアート学域における創作活動の一端を知っていただく助けとなれば幸いです。授業実施と展覧会開催にあたっては大学事務局にお力添えをいただきました。また、システムデザイン研究科インダストリアルアート学域の日高良祐助教には明晰な助言で学生たちの制作を支えてもらいました。記して感謝します。

首都大学東京大学院システムデザイン研究科
インダストリアルアート学域准教授
楠見清

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アート・アット・アウトドア──もの派、アースワーク、ランド・アートを再考するために 

なぜ《位相─大地》から始めるのか
 関根伸夫の《位相─大地》は1968年10月1日から11月10日まで開催された第1回神戸須磨離宮公園現代彫刻展(主催=神戸市、日本美術館企画協議会、朝日新聞社)のために現地制作された作品である。直径220cmの円柱型の穴を掘り、掘り起こした土を同じ直径の円筒の型にはめて高さ270cmの円柱にしたもので、展覧会終了後円柱は解体、穴は埋め戻されたため、作品は現存しない。
 関根伸夫は当時26歳。前年5月の第8回現代日本美術展(東京都美術館)でコンクール賞を受賞したこともあり、33人の招待出品作家の一人に選ばれていたが、事前に作品制作はせず、構想計画だけで現地に赴き、国民宿舎に滞在しながら後輩の吉田克朗や小清水漸ら5人のアシスタントとともに(最後の2日のみ作業員と重機の力を借りて)5、6日間で制作したという。
 《位相─大地》はその生々しい存在感と問題提起によって発表当初から多くの観客を驚かせ専門家にも高く評価された。しかし、土の素材だけでできた作品は買い上げの対象にはならないとの理由で大賞は逃し、二番手に与えられる朝日新聞社賞を受賞。また、「もの派」の理論的支柱であったアーティスト李禹煥(リ・ウファン)に高く評価されたことから、しばらく美術批評の論争の中心に置かれ、その後の現代美術動向に大きな影響を与えた伝説的作品として語り継がれている。

非実在のシンボル
 《位相─大地》はわずか40日間しか存在しなかった幻の作品であるにもかかわらず、日本の戦後美術史上最も重要な作品のひとつとしてあまりにも有名だ。いまとなっては誰も実物を見ることはできないが、美術に関心のある者なら誰でも美術書に掲載された写真に見覚えがあるだろう。
 逆に言えば、《位相─大地》は現存しないことによってどこか神話のようにシンボリックに共有されている。大地に空いた穴と直立した円柱というイメージだけに集約されることによって、失われた物質性の代わりにその概念性を強め、精神性を高めている。もの派の芸術家たちが石や金属などのマテリアルをほとんど加工することなく生で提示することで逆に東洋的な精神や宇宙観を暗喩しようとしたことを思えば、さらにその物質性からも解放されたイメージだけとなった《位相─大地》は結果的にコンセプチュアル・アート(概念芸術)にも接近している。

アースワーク、ランド・アートの居場所
 関根伸夫自身は《位相─大地》以後、仮設的な作品から強固な作品へと移行し、環境美術研究所を設立してモニュメンタルな公共彫刻作品を増やしていったが、1968年の《位相─大地》は同時期に欧米に出現した新しいアートにも呼応していた。絵画が額縁を捨て、彫刻が台座からフロアに降り立った後、現代美術は美術館を飛び出し、大自然を舞台にスケールアップしながら宇宙と対峙しようとしていた。1950年代の野外彫刻展、1960年代にエンバイラメント、環境芸術(Environmental art)と呼ばれた動向に始まり、大地をカンヴァスにした大掛かりな作品はアースワーク(Earthworks)やランド・アート(Land art)と呼ばれるようになっていった。
 アースワークやランド・アートは無限大のアートとして可能性に満ちていたが、そのスケールの大きさゆえにその全体像は美術館や美術書に収蔵・収録されきれない作品として美術の制度=システムの外に取り残されている感もある。

 《位相─大地》に関して言えば、1996年6月西宮市大谷記念美術館で開催された「美術の考古学第1部『位相─大地』の考古学」展では、28年ぶり(当時)に当時者たちへのヒアリングやアンケートが行なわれ、関根伸夫ら自身が撮影したスナップ写真を公開している。美術館は従来の方法以外での作品や情報の収集・公開を行う必要がある。エディトリアル・モデリングの提案もその一助になれればよい。(楠見清)

出品作品紹介

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青柳龍生《同一空間におけるアースワークの比較》 右下から時計回りに関根伸夫《位相─大地》、ロバート・スミッソン《スパイラル・ジェッティ》、クリスト《アンブレラ・プロジェクト》、クリスト《ザ・ロンドン・マスタバ》(いずれも1/100スケール)

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遠藤友一《位相大地と須磨離宮公園のジオラマ》(1/150スケール)

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坂口渓+山口千晴《建築模型の「位相─大地」》

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才仁卓瑪《海上の「位相ー大地」》

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寺澤直道

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秋山昌大 遊べる「位相─大地」《位相ブロック》

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太田聡海 遊べる「位相─大地」《積み木位相─大地》

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廣田海洋《コピー紙による「位相─大地」》

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柳田亮《ペーパークラフトによる「位相─大地」》

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石川理子+高橋健太郎《3DCGによる「位相─大地」》

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陸少秋《多次元解釈のためのコンセプト模型化

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宮崎壮輝《時間経過に見る「位相ー大地」》

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鄧敏稚《90度回転錯視の「位相ー大地」》

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櫻井蒼《模型におけるスケール》


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