中学の終盤あたりから、部活引退後ともあってクラスの運動部達がこぞって深夜アニメを見始めていた。鞄にリヴァイ兵長のぬいぐるみをつける女テニ部員がいたり、物語シリーズの歯磨きシーンの話がキモすぎるという話題で教室が沸いた瞬間があった。
しかし話題はすぐに別のたわいもない会話に戻り、


あの流行りの曲かっこいい　とか　あの服ほしい　とか


ま、それが普通ですわな


かたや俺は教室の隅っこで歪に笑って叫ぶんすわ

やりますねぇ！

…

この時の残荷をまだ背負っている人はきっと自分だけでは無いと思う。

今の仕事では職業柄キモオタが多いので、ネットスラングのジャブでお近づきになれる人が多くて助かっている。
が、職業柄キモオタが多い環境だからこそ、そこにもはっきりとした序列が存在する事が見えてしまった。オタクの陽キャと陰キャは確実にある。

この仕事を辞めても全うなコミュニケーションが取れるだろうし美容院でも自分の趣味を隠さない話しかけやすい人


日常的に終わりきった言語を使っているのでそれを封印されると「はい」か「かしこまりました」のテンプレ会話しか出来ない、話しかけにくい人

言葉遣いに限った話ではないな。

ツイステのウエハースをBOX買いして全部友達に食べさせた話をしている人

遠い昔に逮捕された歌い手をモデルにしたクジラックス先生作の漫画が連載再開した話をしている人

明るい画面でアイドルアニメのPVを見せあっている人達

薄暗い画面でお蔵入りになったおそ松さん第1話の違法視聴動画を覗き込む人達

推し、と呼ぶ人

あの人、と呼ぶ人

両者の間に壁はなく、なにより話しやすい相手ではあるが
どちらも心から分かり合えている訳では無いのだろうなと思う。
自分は圧倒的に後者側であるが故に、前者の人達がどこからやって来たのか、ルーツを想像した時、そこに女テニがいた。元バスケ部がいた。

当時の自分はカジュアルにアニメの話をしたり、グッズで身を固める彼ら彼女らを見て、「軽い気持ちで見てるんじゃないのか！もっと作品と向き合え！」と思っただろうが、その考えがいかに矮小だったかが今頃になって気づいた。

彼ら彼女らは、「存在しない」ことを分かった上で、アニメのキャラクターも現実の人間と同じように見ていた。

自己投影し、共感し、変な展開の時にはちゃんと文句を言って、自分が主人公だったらどうするかを考え、愛し、正しい勝利の時は涙する。

あと、確実に経済を回しているので「良きほう」とされる

自分よりもずっと、作品と本気で向き合っていた

自分はキャラクターを人間と同一に見られない。
デスクの周りを煉獄さんのグッズで埋めることができない。
朔間零の痛バを作れない。

作品として見るが故に「存在しない」という輪郭がくっきりはっきり見えているからだ。
ルイズたんのコピペだって一度は我に帰っている。
誰が脚本だから、制作チームが、など作品の向き合い方の角度が大きく異なる。もちろん自己投影をしたり、キャラクターの日常を想像したりはするが、フィクションのカーテンの向こう側で起きている出来事だと思っている。ここでいう「後者側」の人たちが全てそうとは思わないが、好きなものの話をするときに達観した、一歩引いたように話す人が多いのは事実。

「アニメ」が好きなのではなく、手軽に摂取できるカタルシスが好きなのだと気づいてからは、申し訳なくなってあまりアニメや漫画を見なくなった。成人してからは割り切って読めるようになってきたけど。

もっというと、人前でアニメの話をするのは恥ずかしいと思っていた。
自我の固まらない時期に沢山浴びたインターネットで覚える、斜に構えた姿勢が癖になって抜けなくなってしまっていた。
そのくせネットスラングやニコニコのMADなどの話はよくしたがって、多分自分達しか知らない秘密基地のような話が好きだっただけなのだと思う。
アニメの話をする運動部が癪に触ったのは、
秘密基地に勝手に入られたような苛立ちが少しは、
いや多分に含まれていたんだ。

全て自意識。


今なお悲しい秘密基地でキモい暗号を使って音を立てずに笑っている。


趣味は変わったけれど、その話を人前であまりしたくない。


いつまで経っても秘密基地から出られない。


悲しい自意識。

ヒーローショーに行っても遠慮して結局写真を撮らなかった幼少期の、ままの自分だった。

きっとこれからも、自分が別人の様に変わったとしても、この十字架を背負って生きていかなければならないのだろう。
人生の大切な思い出であることは確かなので、この秘密基地をぶっ壊すようなことはしない。ただ、なるべく遠く、遠くに行きたい。そこに向かうのは実家に帰るくらいのペースでありたい。

笑う時の口角が歪んでいると確実にナメられるよね。会話のメンチを切る力が弱い。まだマスク社会でいいよ全然。
子供の聴く曲ばっかり聴いててごめんね。強いメンチ力を持ちます。