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父と暮らす ⑥ICUでお経

昨日の記事を書きながら思い出した話。

7年前、父が大動脈解離で救急車のお世話になった。身体を動かすことができず食事も摂れないICUでの数日は、相当なストレスだったろう。面会に行くと、目だけこちらを見て
「警察を呼んでくれ」
という。
「この病院はおかしい。こちらの話を聞かず、強引だ」

ちょうど医師が現れ、違う部屋に促された。

「せん妄が見られます。夜診察するとき、嫌がらせのようにお経の声をあげるんです」
ああ、それはきっと不安の表れで、言葉に出来なくて代わりに出たものに違いない。
「父は毎朝お経をあげているので、嫌がらせではないと思います」
「病院でお経なんて時点でおかしいでしょう。お経はやめなさいと言ったら、何か変な言葉をまた唱え始めて」

分かる。それはきっと歴代天皇の名前だろう。じんむ、すいぜい、あんねい、いとく…と小学生時分に丸暗記させられたものを、家族は今まで何百回も聞いている。もういいと言っても全然やめようとしなくて、いつも閉口していた。

医師から認知症扱いされるから、認知症ではない証明に歴代天皇の名前を披露したと思われる。こちらは付き合いが長いからよく分かるけど、ICUでそんなものを聞かされる医療スタッフには、せん妄以外の何ものでもないはず。

退院してから、父が言っていた。

「先祖が集まって会議をしている夢を見た。自分の命はここまでと決まりかかったところで、一人が『いつもお経を読んでくれているんだからもう少し』と割って入り、もう少し生きられることになった」

それならお経にも力が入って、大声になりそう。あの時の医療チームの皆さん、ご迷惑をおかけしました。お陰様で、今も元気にしています。


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