見出し画像

納骨堂脱出

遠方の親戚から一周忌用の黒い花かごが届いたとき、施主になるはずの夫は大病で入院していた。入院中だから法事は見送りと決めていたのだけれど、そんなことは知らない親戚からの心遣いだ。

家には、私一人。黒い花かごを見ながら暮らすのは、一番避けたいタイミングだった。かといって捨てるのもナンだしと悩み、納骨堂に持って行くことにした。本来供えるはずの人のところに届けるのが、一番良いに違いない。家からは、地下鉄で1時間余り。4時頃には着くだろう。

納骨堂のホールに、人の姿はなかった。エレベーターで目的の階に上がり、お花を供えて手を合わせたとたん、フロアの電気が消えた。仏壇の明かりも同時に消えたが、そのときはあまり気にせず、いつものようにお線香などを片付けて1階のホールに戻った。暗い。ちょっと気味が悪くなって、早足で玄関ドアに向かう。

ところが、玄関ドアが開かない。自動ドアが、反応しない。何でだろうと事務室を振り返ったら、事務室も暗い。ここで初めて、事態が飲み込めた。職員がみんな退勤して、閉じ込められたのだ。何てこと!

落ち着け、と自分に言い聞かせる。とにかく連絡をつけて、鍵を開けてもらわねば。その辺に置いてあるパンフから電話番号を見つけて、かけてみた。すると、奥の事務室で呼び出し音が鳴る。転送にはなっていないらしい。じゃ、どこに連絡したらいいんだ。

時は1月。外も少しずつ暗くなってきた。飲み物の自販機の前だけが明るい。もっとほかに連絡先が載っているものはないか、小冊子やらチラシやらを探した。まさかこのまま、朝を迎える?納骨堂で、コート1枚で?

冊子の中に法会の案内を見つけ、そこにある関連団体に、片っ端から電話してみた。4件目くらいでやっと人が出て、事情を話すと、すぐに連絡をつけてくれた。納骨堂の隣は葬儀場になっており、その連結ドアの鍵が開いて、黒スーツの男性が現れた。

恐縮しながら「すみません」といわれたが、こちらは生き返った気分で嬉しさだけ。後から考えたら、ちょっと文句を言っても良かった気もするが、そんな余裕は全くなかった。あー、めっちゃ怖かったー。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?