『ゴーストキャンディカテゴリー』レビュー

《『WORKBOOK118 京フェス特集号』に掲載しきれなかった、関連作品レビューを特別公開!!》

作品名:ゴーストキャンディカテゴリー
作者:高島雄哉
東京創元社 2019 『時を歩く』収録

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我々は交換社会に生きている。

購買を通じて成り立つこの社会構造然り、時間というものを代えて得る経験然り、生涯それ全部が交換によって成立している。それは今に始まったことではなく、太古から、あるいは我々が人間になる前から――猿であったころ、いいや時間と何かしらの成果の交換ならばこの宇宙が始まって以来136億年ものあいだ続いている不変の原則である。

ゴーストキャンディカテゴリーという物語は二つの語り手が相互にパートを織りなすことによって成立している。片方が自由を求めて旅立つ男の物語、もう片方がその後の男が自由の代償に得た不自由の物語である。こう書けば前者は至極明快だが、後者は何を言ってるのかわからないと思う。更に男とは書いたものの語り手の性別は明示されていないどころか物理的な肉体を持っていないので、意識存在でしかない。以下には便宜的に主人公の意識のことを男と言い示すことにする。

男は自由を求め一番自由な都市に引っ越すことにした。その都市を探すのに、男はゴーストキャンディというものを作った。それをこの世界での通貨である「情報量」と交換できるようにして、ある種の通貨とすることにした。男はそれを発行して流通させ、各都市における流通の度合いを見て、その都市の自由度を測ろうとしたのである。

かくして男は一つの都市に目をつける。それは活発にゴーストキャンディーが取引される大変自由な都市であった。その都市では永久不変の自由を享受する代わりにやらなければならない義務があった。それは六千年に一度、地球表面に設置されたブースターを起動して膨張する太陽から地球を徐々に遠ざけるという仕事である。この仕事の契約期間は三十億年であり、誰かがしなければ地球が滅亡してしまう。

彼は自由を享受する代わりに、三十億年という時間の牢獄に閉じ込められた。男は三十億年の最初のうちはその自由を謳歌したが、したかったことをやり尽くしたのか、あるいはそれすらをも虚構に感じてバカバカしくなったのか、ブースターを起動するまでの六千年間を冷凍睡眠するようになった。

そして男は三十億年の仕事を終える。果たしてゴーストキャンディーはまだその世界に残存していた。その数はたったの四つ。世界管理機構を称する団体が、強固な防壁の中に封印していたのだ。男はそれを知り世界はひどく不自由になったものだと思った。

”私のアバターには三十億年分の研究の蓄積が詰まっていて、世界なんとか機構の防壁なんて一瞬で壊してしまった。キャンディーはゴースト│圏《カテゴリー》となって各都市を包み込んだ。”

本文にはそこに続いて、これで世界全体はひどく自由になるだろう、とある。私はこれを読んだ時、ゾッとした。 三十億年後の世界が果たして交換に依存した世界かどうかは本文には書かれていない。ただし確かなのはキャンディーが持つ価値が解放されたその瞬間に、それをめぐる交換の営みが再開されるということである。

男が自由と呼ぶものは、交換という営みの上に初めて成り立つ。その前提から逃れられたことは宇宙始まって以来136億年のあいだ一度もない。いわば巨大な牢獄だ。我々は壮大な鳥籠の中に自由を謳歌している。

三十億年後の世界は、キャンディーという交換主義の象徴を封じ込めることでその鳥籠から解放されていたのかもしれない。そうだとすれば、男はキャンディーを解放することで、三十億年後の世界を再び交換主義という名の牢獄に閉じ込めてしまったのだ。

交換という概念は抽象的で実体を伴わない。そのようなものに、世界は136億年間も縛られ囚われ続けている。そこで我々がいくら自由を謳歌しようとも、その自由を包み込む幽霊的な不自由が確かに存在するのだ。

男が解放した交換という名のゴースト的牢獄は、各都市を再び包み込んだ――それが作者の言うゴーストカテゴリーなのではないだろうか。

交換とは、それまで潜在していた等価性を顕在化させるようなものだ。 三十億年もゴーストのように生きて、ようやくそのことに気づくなんて、それもまた交換だったのか。これまでの全ての一瞬が何かとの交換だったのか。男は最後にそう口にする。

自由を享受したはずの男は結局、不自由の中でしか知ることができなかった。

最後のゴーストキャンディが、時と共に男に口の中で溶けていく。時間との交換という牢獄の中からは、誰も解き放たれ得ないのだろうか。この物語は、我々の本質的な不自由を巡る、壮大な問いかけである。

【書いた人】占冠
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