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鈴木敏美 -ガンダムファンの聖地-

 唐突だが、僕はテレビ番組やアニメに登場する「巨大ロボット」が苦手だ。現実離れしているからなのだろうか、自分でも理由はよく分からない。小さいころ見ていたテレビの戦隊ヒーロー物でも、巨大ロボットが出てくるとチャンネルを変える始末。だから、「新世紀エヴァンゲリオン」や「進撃の巨人」も未だにじっくり見たことがない。そんなロボット音痴な僕が今回訪ねたのは、1979年に誕生し、ロボットアニメ変革の先駆けとも評される、あの「機動戦士ガンダム」に登場するモビルスーツを自作している人だ。

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 やってきたのは、青森県上北郡おいらせ町。太平洋に面し、町の東西には十和田湖を源流とする奥入瀬(おいらせ)川が流れている。レンタカーで国道338号線を走っていると、どう考えても見落としようのない外観が現れた。ガンダムに登場する10体ほどのモビルスーツが立ち並ぶのは、「スズキ理容」と看板を掲げる理容院の敷地だ。

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 敷地内に車を止めて、全長3メートルはある大きな実物大の「初代ガンダム頭部」の後ろにまわってみると「惑星でバーベキュー!! ガンダムと共に焼肉パーティー」の立て札が。壁には宇宙空間を彷徨うガンダムのイラストも描かれている。

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 ガンダムとバーベキューの関連づけに戸惑っていると、急にガンダムの後頭部ハッチが開いた。中はカラオケボックスになっており、そこから降りてきたのはアムロ・レイならぬ年配の日本人男性だ。彼こそが、これら造形物の作者・鈴木敏美(すずき・としみ)さん。

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 「スズキ理容」2 代目店主の鈴木さんは、昭和19年に上北郡おいらせ町一川目で8人兄弟の5 番目として生まれた。現在74歳で、なんと理容師歴は57年にものぼる。小学生のころから手先が器用で、理髪業の道に進む前は、画家や建築家に憧れを抱いていた。しかし中学校を卒業するとき、父親から「跡を継いで欲しい」と打診され、卒業後は三沢市にある大三沢高等理容美容学校へ進学。学校では「みんながやった髪を直してくれ」と先生の助手を任されるほど、当時からその技術は群を抜いていたようだ。終了後はインターンとして父親が経営する現在の店で修行の日々。すぐにカットを任されるようになり、ブロースカット(角刈り)が得意だったが、もう注文する人は多くはないとのこと。ちなみに癖毛の僕の髪では綺麗な角刈りにはできないそう。

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 この理容院は、鈴木さんが28歳のときに新築。そして父が36年前、69歳のときに脳卒中で他界してからは、ひとりで店を切り盛りしている。店内には、カッティングシートで自作した「ガンダムカット」のメニューもある。鈴木さんによれば「ガンダムカット」とは、「カットのみの1000円のコースのこと」で、どんな髪型でも10分で切り終えることが出来るのだとか。その真意を確かめるべく、僕も実際にカットしてもらったが確かにその腕は早くて正確だった。

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 そんな鈴木さんが、ガンダムの制作を始めたのは、いまから10年以上前。駐車場の池を埋めた場所に「何か大きいものをつくりたい」と思案していたところ、高校生のお客さんから「それなら、ガンダムがいいんでねぇ」と提案された。鉄人28号や鉄腕アトム世代でガンダムを知らなかった鈴木さんは、まずプラモデルを購入し、それを組み立てたててから分解。ブロックごとに実寸との倍率を計算しながら制作を始めた。最初に作った初代ガンダムは、高さ3.5メートル。プラモデルの部品を設計した型枠にモルタルを流し込み、ひとつひとつのパーツを制作。色付けしては小型クレーンで積み上げていった。材料の多くは、発泡スチロールや鉄骨、木材などの廃材を利用し、ガンダムの顔面には車のライトカバーを貼り付けて約1年で完成した。下から順にパーツごとに重ねて制作するのが鈴木さん流だが、ガンダムの脚が出来ただけで「あれ、これガンダムでねえか」と周囲も完成を楽しみにしていたそうだ。最初に作った初代ガンダムは大きな評判を呼び、町内を始め県外からもたくさんのお客さんが押しかけた。

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 以後、シャア専用ザクやキュベレイ、そしてジオングなどのキャラクターたちを1年から1年半に1体のペースで制作。制作を重ねるごとに、目が動いたり指先が光ったりと、さまざまな仕掛けも施した。そして、カラオケボックスの「初代ガンダム頭部」は、3年前に1年2ヶ月の歳月を費やし、発泡スチロールをドーム状に積み重ねて制作した。防音構造にもなっており、1度に5人くらいが利用できる。年々、新作は増えてきて、理容院の敷地はまるでモビルスーツの戦場のようだ。

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 鈴木さんは、もともと17歳のころから、油絵を描いたり彫像を制作したりと趣味で物作りに励んできた。その証拠に、店内には鈴木さんの作品が所々にある。上を見上げると、天井と壁をつなぐ欄間の部分には、部屋を囲むように鈴木さんが彫刻した自作の模様が施されてあった。「40代のころ、これを塗装屋さんと一緒に作ってスナックやクラブに納品してた」と話す。

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 そして店内に2つあるうちの1つの椅子の周りは、鈴木さんの作業スペースになっている。現在も見学者は多いがお店の利用客が減っているため、椅子が1つあれば事足りるらしい。いまや「スズキ理容」はガンダムファンの聖地になっており、店内にある感想ノートには、たくさんのメッセージが綴られている。その書き込みを見て、ガンダムの詳しい知識を得たり、新作のヒントにしたりすることもあるそうだ。「次はこれ作って」とプラモデルをプレゼントされることも多く、店内入口の化粧品があったガラスケースの棚は、いまではファンの人たちから貰ったガンダムのプラモデルがたくさん並んでいる。なかには毎年新作楽しみに遠方から必ず観に来る人もいるそうだ。

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 鈴木さんのガンダムが魅力的なのは、何よりその躍動感にある。徹底的に質感や造形美にこだわったモビルスーツは、実際のアニメと比較しても極めて再現性が高い。根底にあるのは、「誰かに喜んでほしいという思い」だし、ガンダムファンとの交流が原動力になっていることは間違いない。だけど、それは鈴木さんが半世紀以上も続けている「お客さんの注文を受けて髪を切る」という理髪店の仕事ときっと同じなんだろう。

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 そんな鈴木さんは、現在、金色に輝く「アカツキ」の制作に取り掛かっている。先はまだ長そうだ。でも、「最後に脚だけで3メートルくらいの『ビグザム』をつくりたい。これでないと、もうスペースがないんでね」とまだ鈴木さんの戦いは終わらない。

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<初出> ROADSIDERS' weekly 2016年7月27日 Vol.221 櫛野展正連載



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