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トゥッティ(武装ラブライバー) -ヲタの祝祭-

 数年前からTwitterで目にするようになって、ずっと気になっていた。その姿は、画面の中で見るたびに進化し続け、どこか異国の民族衣装やRPGゲームのラスボスのようにも見えるし、そのファサード感は絢爛豪華な祭りの山車のようでもある。これは『ラブライブ! School idol project』のグッズを身にまとった男性の姿だ。

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 2010年にゲーム雑誌の読者参加企画として始まった『ラブライブ!』は、9人の女子高生で構成されるスクールアイドルグループが学校統廃合の危機を救うために全国大会優勝を目指す物語で、メディアミックス作品として社会現象を巻き起こしている。そのファンは、「ラブライバー」と呼ばれており、中でも「武装」と称される好きなキャラのグッズで全身を囲った人たちは全体の1割ほど存在する。こうした武装は、2010年にPSP用に発売された女性向け恋愛アドベンチャーゲーム『うたの☆プリンスさまっ♪』がその起源とされている。

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 ラブライバーの中でも選りすぐりの武装を披露する人たちは、ラブライバー四天王と呼ばれ一目を置かれているが、そのひとり、Twitterのハンドルネーム「トゥッティ」さんにアニメの舞台にもなっている聖地・秋葉原で話を伺った。彼は、たくさんの人形や缶バッジなどが付いたメッセンジャーバッグを頭から下げ、カートを引いて待ち合わせ場所に現れた。撮影場所までの道すがら、彼の背後から多くの通行人が写真を撮り始めたが、トゥッティさんは平然とカートを引いている。これがアキバの日常なのだ。

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 トゥッティさんは、1996年生まれの当時20歳。千葉県船橋市で三人兄弟の長男として生まれた。小学校6年生の時に観たテレビ番組の影響で、パティシエの夢を抱くが、専門学校には通わずに、高校卒業後に上京を果たす。希望していたケーキ店の求人がなかったため、都内のフレンチ料理店で働いた。

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 『ラブライブ!』に出会ったのは、高校生3年生のとき。iOS/Android端末向けスマホゲーム『ラブライブ! スクールアイドルフェスティバル』がきっかけだ。Android携帯が故障しiPhoneを購入した際に、音楽ゲームとしてダウンロードし遊んでいたところ、その姿を同級生が目にし、アニメの存在を伝えた。アニメは既に1期が終わっていたため、友だちと一緒に夏休み前からDVDなどを借りて観始めると、どんどん飲めり込んでいった。9人いるキャラクターの中での推しメンは、1年生の西木野真姫(にしきの・まき)だ。

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 最初は、南ことりってキャラが好きだったんです。真姫ちゃんは気が強いんですけど、ちょっとツンデレっていうか、おっちょこちょいなこともあって真姫ちゃん推しになりました。自分の中では、西木野真姫、南ことり、絢瀬絵里が高順位かなと。

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 上京してフレンチ料理店で働き始めたものの、周囲に友だちも居なかったため、秋葉原で遊べる仲間を見つけようとTwitterで情報を検索。関東のラブライバーが集うLineのグループに入れてもらい、交流が始まった。そこで知り合った人たちの多くは、年下の高校生たちだ。秋葉原で一緒に遊ぶようになったが、周りは既に武装した人たちばかり。

 高校生の時は、武装とか全然知らなくて、友だちとライブ行ってちっちゃいグッズを付ける程度でした。東京来たら、みんなすごいグッズ付けてて。「でも俺はやんないな」と思っていたんですけど、昨年11月の誕生日の時に、使用済みのメセバ(メッセンジャーバッグ)を「誕プレだ」って1個貰ったんで、じゃあバッグもあるし仕事ばっかで金銭的に余裕もあったから、やってみようかなと。

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 缶バッジをYahoo!オークションやメルカリで探し、2つのバッグに付け始めた。翌月には、真姫武装をやっていた武装仲間が続けて辞めたため、2人分の武装を5万と7万で買い取り、自らの武装に加えた。2016年10月には、当時、大阪で真姫武装の頂点に君臨していた四天王の引退に伴って、8万円で武装を丸々購入し、急速なスピードで現在の形に発展していったという。

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 それから1ヶ月後に大阪で開催された「スクフェス感謝祭2016 ~OSAKA~」で、初めて現在の形を披露した。武装歴はまだ1年足らずだが、Twitterに投稿した武装画像のリツイートが伸びて、「四天王」と言われるようになった。頂点という意味で使われる「四天王」という言葉だが、実際は9人いるキャラクターの頂点がそれぞれいるから「九天王」ということになる。ただ、全国各地に散らばっているため、全員が集合したことはほとんどないようだ。興味深いのは、周囲の相対的な評価でその順位が決められているということだった。

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 「世代」という呼び名があるのは武装だけで、強さの段階ってのがあって、それはみんなから見ての評価で決まります。あるキャラクターの武装をしていたトップの人が引退すると、次点の人が上がってくるというシステムです。俺らの一つ前の世代の人たちは、ほとんど2016年春のファイナルライブで辞めちゃってるんで、いまトップって言われてるのは、自分たちの世代が多いですね。まぁ、俺らの世代から一気に若くなりましたよ。高校生とかいるんですけど、よく高校生でそれだけ集められるなって思います。ただ、最近の奴らは、四天王と言われたいから自分で名乗ってるやつもいますけどね。

 その強さの判断基準となるのは、「数」「見せ方」だという。だから、トゥッティさんのように、綺麗な左右対称の形もあれば片方だけ極端に伸ばした形もあるなど、その形態は多様だ。「割合的に見ると、絢瀬絵里の武装が一番人気かなと。ただ、絵里武装も3人強いのがいて、強さが全員均衡なんです。真姫武装は、あまりやっている人がいなかったんで」と謙遜するが、身につけた缶バッジだけで約1000点、正規の値段で揃えると総額70万円にものぼる。

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 『ラブライブ!』の人気が上がってきた時に、初代の人たちが缶バッジをバッグにつけて武装したのを、みんな真似し始めたんですけど、身軽だったものが、どんどん進化して俺らの一つ前の世代くらいから、今のような形になりました。メセバを頭にかけたり首にかけたりして、メセバが見えないくらいに埋め尽くして縦につなげるのは基本スタイルです。頭にメセバをつけるのは、高さが足りないからで、バッグを4つ並べたスタイルは、一時期「冷蔵庫」とか言われてました。それだと、俺は量がありすぎるから下ズッちゃうなと思って。

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 数人分のグッズを正面や腕につけ、さらに両端で持つことを考えたが、とても支えきれない。そこで発案したのが、突っ張り棒を使うことだった。トゥッティさんによると、これまでもバッグの中に短い突っ張り棒を入れた使い方はあったようだ。それは、バッグが曲がって汚く見えないように、バッグの中にダンボール板や短い突っ張り棒を当てる方法だった。だから、突っ張り棒を限界まで横に伸ばし、さらに縦にも使ったのは彼が初めてだ。2016年1月に、初めて縦の突っ張り棒を使ったその姿がTwitterで6000リツイート近く拡散され、大きな反響を呼んだが、「体につけるのが武装というテンプレがあったから、最初はみんなから『武装じゃねぇ』って言われました」と笑って語る。

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 そして、武装の細部に目をやると、人形や缶バッジは落ちないように丁寧に安全ピンやマジックテープで止めている。業者には頼んだりせずに、みな自分たちで造作を施しているそうだ。特に彼の場合は、重さに耐えきれずに安全ピンが外れてしまう箇所などは、バッグに直接縫い付け止めている。そうするとバッグに穴を開けることになり、売る時に価格が落ちてしまうが、売る気はなかったので気にならなかったらしい。

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    特に、ぬいぐるみは、人形の体に刺さないよう注意していると語る。「ここなら自分の中ではセーフかな」と洋服や髪の毛だけにピンを刺して止めるという徹底ぶりだ。キャラクターが描かれたバッグも、キャラクターに直接刺さないようタオルを敷いた上に缶バッジを刺すなど工夫を凝らしている。そして、こうした武装ラブライバーに共通しているのは、後ろ姿しか見せないということだ。

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 正面では基本やらないですね。正面でやってる人は、知り合いに一人いるくらい。みんな素人だから、顔が出ちゃうと生活に支障が出たり嫌がらせを受けたりする可能性も高いですし。あと、エプロンやぬいぐるみを体につけて歩いてる人たちは、ジャラジャラしてるので「ジャライバー」っていうんですけど、けっこう増えてきてますね。そういう奴らの評価が悪くて、最初は武装勢も一緒にされて、「害悪だ」と言われてました。俺は、あれで歩けないんで言われないですけど。

 武装ラブライバーの中で、歩くことが出来ないのはトゥッティさんと東條希武装の2人だけ。彼の突っ張り棒を使うやり方は、武装ラブライバーに革命をもたらした。「真似させて欲しい」と、東條希の武装ラブライバーから声が上がり、それは1つ前の形だったため、「いいよ、突っ張り棒を立てる形を譲る」と快諾した。その代わりに自分は横に突っ張り棒をもう一本付け足したそうだ。

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 突っ張りを縦に入れちゃった時点で、歩けないんですけど、今後は武装を全部背負って歩きたいなと考えています。5本足の車輪が付いてる椅子を突っ張りの棒の先端に挿せば、なんとか歩けるんじゃないかなと。まぁ、ここまできたら辞めるに辞めれないですけど、もし「跡を継ぎたい」って奴が出て、迷惑かけないような奴だったら、いいかなと思います。騒いだりする奴が多くて、ラブライバーの民度が低いのはそういう奴らがいるからなんですけど、自分の中では、そいつらには譲りたくないですね。もし売るんだったら40万くらいです。最近ゲーセンで「ラブライブ!スクールアイドルフェスティバル~after school ACTIVITY~」(スクフェスAC)っていうラブライブのゲームが出て、無制限台っていうプレイした後に交代しなくても良い台があるんですけど、交代しないからと殴ったり危害加えたり、ゲーセンの下にパンをぶちまけたりとか、攻撃的な奴もいて、よく分かんないですよ。そういう奴らには売りたくないですね。

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 「世代」が存在し、スタイルを継承していくなど、秋葉原というストリートから生まれた独自の文化のはずなのに、日本古来の伝統様式が見え隠れするのは、とても面白い。そのラブライバーというピラミッドの頂点に君臨しているのが、「最古参」と呼ばれる人たちだ。2010年8月13日から3日間、コミケで声優がファーストシングルを手売りした時から、CD を購入し応援し続けている人たちの総称で、顔やTwitterのハンドルネームなどは分からないが、ファイナルライブの際に集合写真が飾られていたことから、まだ活動している人も存在するのではないかと、トゥッティさんは推測する。そんな彼は、働いてた都内の店舗が閉店したため、地元に戻り、現在はハワイアンレストランの店でコックとして働く毎日だ。

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 東京行く前は、ちっちゃいグッズとかタペストリーとかを買ってるくらいだったんで、武装した姿に地元の友だちからは「何があった」と驚かれてます。だから、アニメ好きの友だちにしか言ってないし、同居してる弟や妹からは、冷たい目で見られてます。親も知ってますけど、職場の人に話し始めてるから、困ってますよ。普段、『ラブライブ!』のカバンを使うことはないですね。そっち系じゃなくて、もともと高校の時は、服とかも結構買ってましたし。作品の舞台がアキバなんで、武装して歩けますけど、原宿や地元は無理ですね。完全にすごいオタクって訳でもないので、やっぱりちょっと恥ずかしいなって気持ちがあります。

 この発言は驚きだった。オタク文化は、ウェブサービスの進展やスマートフォンの普及、コンテンツの多様化により、商業的に無視できないほど肥大化し、もはやサブカルチャーではなく主流文化として人々に消費されるようになった。そのため、かつて奇異な目で見られることの多かったオタクだが、現在はトゥッティさんのような普通の人でも、その見た目だけでは判断がつかなくなっている。

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 派生プロジェクト『ラブライブ!サンシャイン!!』が始まっても、推しメンを乗り換えてはいない。いまは、西木野真姫の声優をしていた歌手Pile(パイル)の応援を続け、CDのリリースイベントにも頻繁に顔を出している。しかし、そこで武装をすることはないという。秋葉原で遊んだり遠方の人たちが来てくれた時にみんなで武装したりするというその振る舞いは、まるで近年メディアで注目されている北九州の成人式や東京のハロウィンの派手な仮装と似ている。

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 普通の日常は、派手なこともせず毎日の暮らしを続け、非日常のときは、仮装を施す。それは古来より続くハレとケの文化に通じるものがあるが、メディアの発達によって、いつでも非日常を味わうことができるようになった今日において、「より特別な非日常=ハレ」を求める集団心理がアキバで花開いたのが、武装という独特なスタイルなのかもしれない。

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<初出> ROADSIDERS' weekly 2017年2月22日 Vol.249 櫛野展正連載







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