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みゆき -第二の人生は始まったばかり-

 名古屋駅の新幹線口で待っていると、現れたのは「みゆき」と名乗る細身の女性だった。小雨のなか、駅からほど近い場所にある自宅マンションに招き入れてもらった。部屋の一室には、これまで描いてきた油彩画が広げられている。スナックの店員を描いたものや人形や仮面を描いたものまで様々だ。未だ自分の表現を手探りで模索している様子は伺えるものの、そのどこか暗鬱な表現はいつまでも僕の頭から離れてはくれなさそうだ。


 現在51歳のみゆきさんは、1967年に名古屋市内で生まれた。小さいころは、人見知りが激しく一人遊びをするような子どもだった。


 小学校2年生から卒業するまで、いじめられていました。やっぱり少し変わってたんだと思います。右と左をよく間違えてたし、先生が言ってることを理解できないこともありました。いま思えば、言語性のIQが高くて動作性のIQは低い気がするんです。もしかすると発達障害かもしれませんが、調べたわけじゃないし、もしそれで障害者手帳が交付されたからといって、改善されるわけでもないですしね


 小学校卒業後は、新しい環境を求めて中高一貫の進学校へ入学。仲の良い友だちも出来て美術部で絵を描くことに熱中した。みゆきさんは美大への進学を希望していたが、両親からは家業を継ぐように説得され、仕方なく専門の大学へ進んだ。しかし、美大への夢は捨てきれず大学2年生のときに、美術予備校に通って本格的にデッサンの勉強を始めたこともある。「途中で、先生から『才能がないから辞めた方が良いよ』と言われて、結局挫折しちゃいました」と笑う。


 大学を卒業後はすぐに就職したんですけど、同時に二つのことが出来ないんです。特に電話を受けながらメモをすることがとても苦手で、よく怒られていました


 結局、26歳で職場を離れ、週に一度アルバイトをする生活を1年ほど送った。「ほぼ引きこもりのような状態で、家で『罪と罰』をよく読んでました」と当時を振り返る。27歳のときには2歳年上の男性とお見合いを経て結婚。ところが義理の両親が結婚生活に介入するようになり、みゆきさんは、そのストレスでアルコール依存症を発症。さらに、夫や義理の両親が、容姿端麗であることを彼女に求めるようになり、そのプレッシャーで摂食障害となり、55キロだった体重が一時は40キロまでに落ちてしまった。結局、結婚生活は2年で破局し、離婚が成立したのは30歳のときだった。


 離婚後は、それまで働いていた職場も義理の両親からクレームが入って辞めさせられてしまった。貯金を切り崩しながら一人暮らしをしていたとき、偶然足を運んだフリーマーケットで二番目の夫になる男性と出会った。サブカルチャーが好きという共通点もあり、すぐに意気投合し31歳で結婚。翌年には長女が誕生した。会社員として働いていた夫だったが、結婚後から彼女の会社の仕事を手伝うようになった。しかし、途中で解雇されてからというもの、夫は働くことはなく家にこもるようになってしまった。みゆきさんは、家にいる夫から、たびたび本棚や机をひっくり返されたり暴言を吐かれたりとモラルハラスメントを受けるようになる。精神的に大変な状態であったことは想像に難くないが、結婚生活は17年間も続き、2年前にやっと離婚したそうだ。

 わたしの母親が夫のことを嫌っていたので、母親から『それ見たことか』と言われたくなかったんです。わたしも変なプライドがあったんでしょうね。あとから分かったんですが、DVをする夫と妻は共依存の関係があるそうなんです。だから、別れてから1年くらいは私も体調が悪くなりました。娘もそんな両親に色々思うところがあるのか、ひとりでこの春から上京してしまいましたからね

 そう話す彼女が、絵を描き出したのは47歳のとき。まだ我慢して結婚生活続けていた頃だ。きっかけは中野京子の著作『怖い絵』を読んでいるとき、画家・アンソールの絵に魅了されたこと。慢性的にDVのような状況が続いていたため、絵でも描かなければ自分を保っておくことが出来なかったのではないだろうか。最初は、人形の模写などを描いていたが、油彩画を描くため、週に一度美術教室に通うようになった。そんな生活を続けていた彼女が魅了されたのは、特殊漫画家として知られる根本敬だ。


 あるとき、大槻ケンヂさんの著書『サブカルで食う』を読んでいて<陰性なものに目を向けるな>という章に登場する根本敬さんの存在に目が留まったんです。根本敬さんはネガティブなものを題材にしているんですが、陰性のオーラに飲み込まれていないんです。それがどうしてなのか知りたくなりました


 そこから『因果鉄道の旅』をはじめ、数々の根本敬の著作物を貪るように読みはじめた彼女は、根本敬の文章に登場する不幸な人たちの境遇に自身の姿を重ね合わせ、ときにはそうした人たちの生き様から勇気を貰うようになった。

 結局、根本さんは対象から距離を置いてドライに眺めてるんです。そうした距離の取り方に自然と惹かれていきました


 根本さんのトークショーや展覧会に足を運んでいるうちに、美学校で根本敬の講座が開講されるという情報を知り、迷わず申し込んだ。

 毎回ほんとうに勉強になりますね。どうやって漫画を描くかという技術的な指導ではなくて、一種の哲学や物の考え方を学んでいます。いつも遠回りな例え話をされるんですが、実はこういうことを言っているということが分かったときは、まるで難解な数学を解けたような気分です


 みゆきさんは、美学校の講座を受講していくうちに、さまざまな場所へも自分から足を運ぶようになった。そのうちのひとつ、東京の「あさくら画廊」で、店主の辻修平さんに絵を見せた際に「櫛野さんが好きそうな絵だから見てもらったら」と話があり、僕はこうして彼女の部屋にやってきたというわけだ。そして、僕のギャラリー「クシノテラス」で、みゆきさんにとって初めてとなる個展を来春開催することになった。根本敬という灯火のもとに集まっているうちに、みゆきさんや、もしかすると僕さえも巨大な因果の渦に巻き込まれているのかも知れない。


 みゆきさんは、みずからの人生を恢復するかのように絵を描き始めた。その表現は未だ発展途中だが、悄悄たる画面からは彼女の内面が覗き見えるようだ。まだまだ言葉にできない想いはきっとたくさんあるのだろう。深淵の底に生まれる光を僕は見て見たいと思うし、いまは春先の個展が楽しみで仕方がない。

<初出> ROADSIDERS' weekly 2018年10月17日 Vol.328 櫛野展正連載


みゆき個展 

2019年3月9日〜3月31日(土日祝のみ開館) 13:00~18:00

クシノテラス 


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