制服を着た大柄の男が集合住宅のドアノブを全力で引っ張る。それでも外開きのドアは3cmぐらいしか開かない。ドアノブから手を離した男はドアそのものに両手を掛け、体重をのせて何度も何度もドアを引く。マスクをした俺はそれを5mほど後ろで見ている。知ってるか？玄関で倒れて死んだ人間の体液はドアの隙間に向かって流れ、やがてそこで膠のように固まる。まるで最後の姿を他人に見せるのを拒むかのように死人の体液はドアを固く固定する。

　木曜日の夕方、仕事を終え、自宅に帰ろうとした俺は見知らぬ電話番号の着信を受けて、管理していることぶき荘に向かった。

「今月はこれで4件目ですわ」

ことぶき荘の敷地の前で電話の主である保証会社の男が俺を待っていた。小太りで20代に見える男は慣れた様子で、苦笑いをしたような表情を浮かべてそう言った。

そもそもの発端はことぶき荘203号室の賃料の引き落としが不可能だったことだった。

50代の入居者の通じない携帯電話。滞納が始まって2週間経過後に送付する督促状の不在による返送。現地訪問時の応答なし。そして規定通り2ヶ月分の賃料の滞納の後に賃料保証会社の社員である男はふたたび現地を訪問し、ドアの前にたった瞬間、漂ってくる匂いで確信した。それは獣の匂いにそっくりだという。アパートの鍵を持っていない保証会社の男は、ドアを開け、室内を確認する必要があると考え、ことぶき荘の管理員である俺の携帯電話を鳴らしたのだった。

「年寄りが多い思いますやろ？そら年寄りも多いですが、意外と多いのが40～50代の独居男性ですね。」
「なんでです？」
「年寄りで一人暮らしやと区からケアマネジャーが様子見に来たり、生活保護受けてたり、近所に同じような年寄りの知り合いがいて意外と社会とつながっとんですわ。」
「そういうのが、40，50代の独居男性にはないんで、なんかあったときに発見が遅れるんですわ」
「あとはあれですね。食生活。まともなもん食いよらへんから。コンビニの飯だけ20年食い続けて、健康な理由ありませんやろ。」
「……なるほど。」
「ほんで、お宅はどうかしらんけど、50代で家族おらんかったらもう人生ええかな、思いますやん。ちょっと体の調子悪うなっても病院行きませんねん。自分の体、治して誰のためになるねんみたいに思て。」