見出し画像

「今日、私が私を殺したら」

私が初めて投稿したnoteを読んだ上で、こちらを読み進めていただけると幸いです。

軽く流して見るだけでもいいので、どうか。

それを前提にこのnoteを書いています。

痛む果実は、サクセスストーリーですか。https://note.mu/kutsuzawa_dayo/n/n7254f4ba5baa

最初に

この記事は、過去はよくバズっていた普通の女子大生が書くものです。

私にはタイに住む聡明なマネージャーが居ますが、彼のように人を惹きつけるような文才はあいにく持ち合わせていません。
きっと彼がこの記事を見たら「目に余る文だ。」と言うかもしれませんね。

それ以前に、下書きに残ったままのお蔵入りコンテンツになるかもしれません。

出すか出さぬか、それさえ曖昧な気持ちで書く文ですが弱音ではありません。


フォロワーが求めてるものが何か、今はうまくはわかりませんが、退屈だと思われることは想定していますし、そう思われるのには私に理由があります。

最初っから失敗していたからです。

「サクセスストーリー」として扱われていたものも

もう過去の話になりました。 

初めまして、   沓沢です。

くつざわ🌻ではありません。


noteを始めて約1ヶ月と半分でしょうか。

初投稿のnoteは、初書籍を発売するにあたって
早々にものまねのイメージを払拭し、文章のイメージを付与させることが理由の一つでしたが

予想以上の反響があり、その後のnoteも沢山の方に読んでいただいて、その度に胸が踊ります。

嬉しい限りです。

着々とnoteでのフォロワーさんも増え始めて、やはり急な増加よりも安定しているなぁ、と感じるばかりです。
いつもご愛読ありがとうございます。


本題に入る前に私事ですが、
先日Yahoo!トップニュースに載ったようで。

Yahoo!ニュースに掲載されるのはこれで4回目くらいですが、コメント欄のことを「現世の魔界」と呼んでいます。

最初のnoteを見返すと、ヘイトスピーチを見かけるだけで凹んでいた私がいて、少し可愛ささえ感じますが

今では「みんな幸せになればいいなぁ。」と流せるくらいのメンタルになれたのも、割と魔界のおかげだったりします。

もちろん、単なる誹謗中傷と中身のある意見は別なので、意見として脳内で割り振られたものはしっかり受け止めて、少しでも大人に近づこうと学んでいます。

若いと水を含まぬスポンジのようにキャパシティが広いので、非常に吸収しやすいのです。

なんだか20歳そこらで異様な経験をしている気がしますが、これもまた一興ですね。


変な成長を遂げた約5ヶ月。

この短期間を経た上で、私は程よく過去の自分を殺し、程よく過去の栄光にすがる事にしたのです。

世間一般的にこれを『ずる賢い』といいます。

賢い、違うかもな。ずるいだけかもな。


今回はより多くの人に注目して欲しいので、タイトルは大げさです。

やっぱずるいですね。

_______

以前のような動画をあげなくなって約2ヶ月が経ちました。

想定していたよりフォロワーは減りませんでした。

ただフォローを外すという行為が億劫だったのでしょうか?
単純に心理的な行動予想でしか物事を見れていなかったので、正直10万を切らなかったのは想定外です。

しかし着実に右肩下がりの線を描いています。



私は右肩下がりの約2ヶ月間、「何もしない」をしてきました。

「何もしない」をするというのは難しいですが、「何もしない」にも細かく分けると沢山ありまして。

細かい分類で言うと、「敷かれた理想の上では何もしない」ことをしました。

つまり運用をしようと思わないこと。

だって、自分のアカウントですから。

好きなことを好きな時に好きなだけやればいいのです。ふざけたくなったらふざけ、文が書きたくなったら書けばいいのです。

私が突然ビジネスに寄った広告に関するnoteを出しても、元の層のフォロワーに求められていないだとか、つまらないだとか、意識高い系だとか、簡潔に書けだとか。

もちろんそんな意見もありますよね。

ですが、私のキャンバスに他人の絵筆を介入させる必要は皆無です。

運用をしようと思わないこと。

何も考えないこと。


自分の好きなことをやっているのですから。


_______


と、こういう見せかけの裏に、本来の目的や課題が設定されていることもあります。

「炎上してから落ち着いたよね」と言われることもありましたが、その少し前から落ち着いていました。


運用をしない、という運用方法の最終目標としては
「くつざわって何をしてる人?」という問いが存在した時に、

それに対する回答が「よくわからない」もしくは「過去は○○だった人」になることです。

今回のタイトルに絡めると、以前居たはずの1人のくつざわを失くすことが「何もしない」運用の最終目標であり、

その最終目標はあくまでくつざわ🌻期間での話なので、途中経過に過ぎません。

「サクセスストーリー」として扱われていたものも、もう過去の話になりました。 と、冒頭で記述しましたが、過去の話になる事自体が本望です。


現時点で何者でもない人になることが出来れば、今後何者にでもなれます。

簡潔に話すと、過去のイメージの払拭のための運用として、何もしないをしてきた2ヶ月でした。


私の現在のタイムラインを見ていただければわかると思いますが、不必要なものは全て削除されています。
手動で約9000ものツイートを削除しました。

今の私になったきっかけの動画の数々も、数百万回再生だろうが、知らぬ間に記事になっていようが、地上波で流れたことがあろうが、

今後アカウントを別のやり方で運用していく上ではtwitterタイムライン上には全く必要性はありません。

「何者でもない人」という認識になるには、キャッチーな呼称として誤認識されやすいようなコンテンツはその場から失くしてしまうのが手っ取り早いかな。という簡単な考えです。

あくまでその場から、なので、この動画をどう今後使うかは私次第です。


実際に「くつざわって今なにしてんの?」の声が見受けられてきてからが第二の運用開始ということです。

--------

「いかに飽きられないまま、痛まないまま軌道修正をするのか。この失敗をいかに美談に変えるか。意外性を持たせるべきか、気づかないスピードでコンテンツを変えていくか。」 

最近は電車の移動時間でうとうとしながらそんなことを考えています。

----------

と、過去のnoteの私。

二ヶ月間うとうと考えていた結果、一度飽きられ、その上で失敗の軸を変更し、美談にすることを選びました。


つまり、過去は「不本意に人物像を固められてしまった」という軸の失敗だったところを

この2ヶ月で「飽きられた。これといった印象がない」という軸の失敗へと変更したのです。

課題は固められた人物像を消し去ることなので、軸を変えたことにより固められた人物像が消えたので、過去の失敗が気付かないうちに失敗ではなくなっていた、という方法をとりました。


もちろんバズっていた頃の自分が虚構であったかと言われたらそうではありません。一人の私です。

その頃の自分は進みたい道の妨げになると気づいたので、消すのみです。


長期間の仮説検証が一つ終わりました。美談かどうかは周りが決めることなので、私には正解かどうかわかりませんが。


・「何もしない」運用で、何者でもなくなる

・そのタイミングで誤認識に繋がりうるコンテンツを排除

・過去の失敗を「別軸の失敗」によってプラスへ変える


これらは約二ヶ月で完了したので、ここからは第二弾がスタートです。

----------------

ただ、いくらそのような単純な戦略の上で第二の運用を開始するとは言えど、私も血の通う人間なので、
理由として感情面もあります。


『ひまわりを好きになった理由も、「あなたは良く笑うから、ひまわりが似合うね」と母に言われたことが理由です。』


過去のnoteでこんなことを言いました。

高校の頃からTwitterの名前の横にはひまわりが一つ、ちょこんと置かれていました。その花が好きだったからです。

毎年夏になるとひまわり畑に足を運び、部屋には一輪飾っていました。


ただ、今年は行かなかったし、飾りもしなかった


その存在が鬱陶しくなっていたのです。


キャッチーなものは、時に自分の首を絞める事になります。

黄色いアイコン、ひまわりのマーク、風刺するような動画、Twitterウケしそうなツイート。

これらの要素は非常に目につきやすく、とっつきやすいものです。

Twitterに慣れている人は感覚でわかるかもしれませんが、私のようなアカウントに対し、悪い意味で食いついてくる層は言わずもがなですが、
あえて言うのであれば「ネットスラング多用者」のような匿名アカウントです。

後々、いい餌にされるようになってきました。


一人の人として存在することはまるで許されず、いいネタの餌として私のキャッチーな要素が食い散らかされていました。

もちろんひまわりのマークも、これでもかと言うほどに息苦しくなるような餌となり、
最初は「こんな始末なら、目に留まるなんてどうでもいいから消してしまいたい」と思っていました。


学歴や親に流れる血までもが対象になってくると、強い人間ではない二十歳そこらの私でも「もう、どうでもいいや」となってしまいます。

何かを言っても「有名なら我慢しろ」「覚悟が足りない」と言われたからです。

少しフォロワーが多いと、人としての権利が失くなるようです。


最終的には、知らないところで喰いものにされる事に慣れている自分がいました。同時に、好きだったひまわりへの関心もなくなるどころか、少しトラウマです。

結果的に一人の自分を殺す事になってしまっていたのです。


他人の手で自己を形成するエレメントが犯されるようなことがあってはなりません。

しかし意見することが無意味なら、特定の層の目に留まらないようにするしかないのです。無理にキャッチーである必要なんてないのです。


これ以上知らない人の餌になる事が耐えれぬのなら、かくれんぼをしよう。


ひまわりも、大好きな親も、ハーフという個性も、その他私の20年間を創る要素全て

顔の見えない人間の玩具のなるために存在しているのではない。

好きなものは胸を張って好きと言えたらいいですね。


アカウントの運用方法を変える、感情的な理由です。

________

ここからは少し真面目な話へ移行します。眠くなったらごめんなさい。


先ほどから運用を変えるとうるさいですが、結局どう変えるのでしょう。何者でもなくなった私は今、何に向かっているのでしょう。

よく「設計図なしに家を建てたら崩れる」と、マネージャーに教えられています。

彼曰く、私はレベル5のコラッタでミュウツーを倒そうとしているポケモンマスターだそうです。私はコラッタ好きですけどね。そういうわけにもいかないみたいです。


ワークライフバランスではなく、ワークアズライフを理想とする私が実際にその設計図とやらを作ってみました。

進まないのです。

せいぜい一年そこらでしょうか、その先が見えなく、基盤も何もない事に気づきます。

コラッタがワークアズライフを実現するのは到底不可能でした。ではワークアズライフの実現には何が必要なのでしょうか。


これは受け売りですが、「自分の中で価値創出のポートフォリオができること」です。

誰かのために役に立つことを複数身につけ、学び続けることらしいです。私には少し難しい話なので、脳の片隅に置いておきたいほどです。


現在の私にできる価値創出とはなんでしょう。残念ながらそんな簡単に見つかるものではありません。


「こんなことをしたいな」「これができればいいな」が誰かにとっての価値であり利益に繋がることが理想ですが、

社会に片足突っ込んで五ヶ月の私には判断基準となる材料があまりに少なく、一直線にワークアズライフを目指すのは無謀と言えるでしょう。


まずはコラッタから抜け出さなくては進みません。


抜け出したその先に設定するスタッフクレジットは、マーケターとしてなのか、クリエイターか、プランナーか、ライターか、はたまた戦略コンサルタントか。

正直名前なんてなくてもいいけど、今は割と汎用性の高い言葉であるクリエイティブディレクターという枠に憧れを抱いています。


現在読んでいる本の受け売りで申し訳ないですが、CD (creative director) に明確な共通定義はあまりないようです。

呼称通り、クリエイティブ・ディレクションを統率する立場であることですが、
そのクリエイティブ・ディレクションという技術はほぼ全ての仕事に応用の効く考え方であるという点で、すごく汎用性の高い枠なのです。


ファインアートとは違い、広告クリエイティブの仕事には全て目的が存在します。

その達成方法の一つとして時にインフルエンサーという立場が使われるわけであって、
そこの発注作業として広告代理店が存在します。


自分がクリエイティビティ溢れる人間であるとは思いませんが、
これまで広告クリエイティブに携わってきた中である程度はクリエイティブ・ディレクションに近しい技術を学んできました。


その上で先日出した、私が考える広告に関するnoteがこちらです。お時間のある方はぜひ。

https://note.mu/kutsuzawa_dayo/n/n0c5ac34b15d2


クリエイティブ・ディレクションに近しい技術というのは細かく言うとボリューミーな文になってしまうので、
ごく簡単にまとめると「課題→アイデア→エクゼキューション(一連のプロセスの実行から管理など)」です。

その中に仮説検証であったり、定義付けであったり、行動規範を設定したり色々あります。


管理部分が苦手なのでマネージャーに叱られつつやっているのです。


一応女子大生マーケターを名乗っているので、私自身を起用したPR以外にもコンサルタントとして企業に足を運ぶことも、セミナー登壇することもあります。


その度に思うのが、私自身が「一人広告代理店」になれば、憧れていた数々の名称を名乗れるのでは....?と。

一度きりの人生なので、カッコつけたいじゃないですか。


そして手元には、インフルエンサーと他称されるような、手頃のようで扱いにくい、やりがいのあるアカウントもある。


ビジネスパーソンとして大成したいのであればこれを使わない手はありません。


このご時世、仕事を半永久的に受注してくれる事務所にでも所属しない限り、インフルエンサーと他称される存在は廃れてしまいます。

しかし私はインフルエンサーと自称したことは一度もありませんし、今後も事務所に所属する意思はありません。


受注から発注側の能力も身につけ、自分自身で広告クリエイティブを形作る存在であることが理想です。

そして「くつざわ」というアカウントフィルターをかけることによって、「広告業」の匂いを消した状態で提供すること。


何より、クリエイティブ・ディレクションという技術はこの世に課題が存在する限り需要が途切れません。

一人の女子大生がこんなことに挑戦することは非常にリスキーですが、うまく掴めばブルーオーシャンです。


有り余っているであろう需要をいかに捕まえていくか。そんなことを中心に今後はあの廃れかけさせたアカウントを使って学び直せればいいなあ、と思います。

私はこういうことがしたかった。遊びたいんじゃなく、遊ぶように何かを創りたかった。


真面目な話おわり。

昔のツイートを消していると、楽しく何も気にせずのびのびやっていたな〜と、少し考えてしまいます。


まあ、かくれんぼをしながらでも、また今日からのびのび一人の私として過ごしていきます。


さて、noteを始めた理由の一つでもある書籍販売、楽しみに待っていただけると嬉しいです。


ご一読ありがとうございました。

_______

余談ですが、noteを書くときは酔っていることが多いです。

大学生という、大人にもなりきれないが大学生という立場がある以上、将来へ少し進まなければいけない。しかし動くと必ずプラスかマイナスに転じる。でも虚無は一番怖い。

そうなった時、酒は逃げの最適な手段なのかもしれません。

しかし、前よりかは動くことに恐怖心はありません。

少し酔ってふらふらしながらでも動くべきかな、と思うので。

動き出した二歩目が、この目に余る文章です。


こんなことを書き始めれたのも、この五ヶ月間手を差し伸べてくださった、寄り添ってくれた皆さんのおかげです。


スポットライトの光が強くなればその分影も濃くなります。前よりは弱まりましたが、しかし私は今のその光の強さが、暖かく、心地良いです。


20歳の小娘を長い目で見守っていただければ、幸いです。
マネージャーは早く辞めれるように仕事できるようになるからさ、もう少し踏ん張ってくれ。

まだいける。


おやすみなさい。初noteを出した日と同じ、今日も雨ですね。

早く晴れるといいなあ。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

涙しか出ない
489

女子大生くつざわ。

twitter→kutsuzawa_desu 20歳現役女子大生くつざわです。twitterが苦手なので、noteがんばります。こちらからは以上です。あと仕事がほしいです。

トピックス(日本)

素敵なクリエイターさんたちのノートをまとめています。
1つ のマガジンに含まれています