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一旦、夢は叶いませんでしたが

この文章は、パナソニックがnoteで開催する「 #あの失敗があったから 」コンテストの参考作品として主催者の依頼により執筆したものです。


昔。と言っても2年ほど前のことだけど、21歳そこらの私にとって2年という時はあまりにも濃く、長い。なので昔の話のように思えるという意味で、昔。私には聡明なマネージャーがいた。頭の良さに加えて冷酷で、血も涙もないという表現がぴったりな、そんな青年だった。


彼がマネージャーになったのは、SNSが仕事になってきたあたりからで、仕事というとつまり、世の中との歯車の中にこれまでより大きな責任や信頼関係、金銭契約とか、そういう堅苦しいのが歯車の凹凸に含まれてくる事になる。

その凹凸の細かい部分を見てみると、税金の青色申告が云々とか、源泉徴収がどうとか、メールの冒頭には「〇〇様 お世話になっております」をつけるだとか、請求書と見積書がどうだとか。そんなものが詰まっている。

学生時代は屋上で文庫本をアイマスクに寝ていたり、授業に飽きて近くの海に行って泥色の海水でスカートを汚したり、最高に自由な生活をしていた私が、義務教育で教わっていないことをいきなり「出来て当たり前」と書かれている地面の上で歯車を回すことになったのだ。


いや、大事件すぎる。


その結果頻繁にダブルブッキングかましたり、返信は遅かったり、「見積書の桁間違えちゃったよ、富豪になっちゃうよ」的なミスばかりしてしまう私は、マネージャーをSNSで募ることにした。

もちろん、私のファンであってはならない。なんのフィルターもかかっていない、公平な視点から色々教えてくれそうな、しっかりと叱ってくれる人でないといけなかった。

なんか自分に厳しくて私かっこいいんじゃな〜〜い?と自惚れていたものの、マネージャーをお願いした彼は、怖すぎて3日に一回泣いてたり、電話での打ち合わせなんて事前に台本を作って話していた。それほどまでにしっかりしていて、怖い人だった。

そして、彼がそうならざるを得ないくらいに私は何も出来なかったのだ。


そんな彼は実務以外も色々なことを教えようとしてくれたのだが、正直当時は何を伝えようとしているのかわからなかった。

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「SNSは認識として仕事ですか?遊びですか?」

2年前の夏、お叱りついでにこんなことを聞かれた。

「今は半々です。でも遊びでありたいと思っています。」


そう答えた私に、彼は卵の断面図と、スクランブルエッグの写真を送ってきた。黄身には「仕事」白身には「遊び」と、文字が書かれている。

「どういう半々でしょうか?」

返信には20分ほどかかった。

「ええとたぶん、スクランブルエッグほど認識は混同してなくて。でもなんというか一つの卵としてではなく、黄身と白身を、分けて食べてます。好きな時に分離させて、というか」

「そうですか。白身は全てにおいて1人、または友達とやってください。クライアントやマネージャーは黄身だけです。」

絵文字も何もないメッセージに続けて、ただの卵の写真を送ってきた。うっすら茶色がかった殻の。


「これがワークアズライフの構図です。白身と黄身が1つの殻に収まっていない状態でワークアズライフを実現しようとすると、バグしか発生しません。遊ぶように仕事をしている人は、相応の能力の上で実現されています。


なんでもっとわかりやすく言ってくれないんだ、今の私には遊ぶように仕事ができるような努力をしていないって、今目の前にあることも出来ないような奴が、驕ったことを言うなって、そうやって言えばいいじゃん、そもそもなんでわざわざ卵を使うんだ。当時の私は、ドトールコーヒーの丸い椅子の上で足を揺らしながら、友人にそうやって愚痴を言っていた。



人は教訓やことわざ、何か意味のあるような言葉を、文章としての意味は理解できても、その本質を自分の中に落とし込むにはそれに準ずる経験をしないとわからないようにできている気がする。

受け売りの知識でも、教わったことでも、それが自分のものになる時は、自分の口で経験則として語れるようになったその瞬間だ。つまり、ドトールで愚痴を言う私にとって、彼の言葉への理解はまだ「理解」には到っていなかったんだと、今になって思う。



彼の目標は「自分がマネージャーをやめること」だと、私にも繰り返しよく言っていた。裏を返すと「マネージャーが行なっていた業務を全て1人でこなせるようになること」。そうすれば立派な社会人だと言って、彼は約4ヶ月でマネージャーを辞めた。

言われた通り、それからは1人でなんとかやってきた。最初は結構手こずったけど、だいぶ上手に歯車は回せていると思う。この記事も納期になんとか間に合ったし(?)



でも、彼の言う通り、遊ぶように仕事をしている人は相応の能力の上で実現されていた。

私は結局、この二年間でそれ相応の能力は得られなかったのだ。

仕事というまるで遊びとは対極であるような歯車を、理想だけの力で回そうとすると、少し考えれば当たり前であるような現実といくつも向き合うことになったから。


昨今「好きを仕事に」というスタイルが理想とされているような雰囲気を感じているが、不思議なことに必ずしも「好き」と「得意」の分野が一致していない場合もある。

そうすると自分よりもその「好き」を極めている者、優れた者がうじゃうじゃいる現実を見ることになる。上には上、壁の向こうには壁といった状況が、普通にある。

そしてもし仮に、好きと得意が一致していたとして。

例えば、あくまで例えばだが、自分は人と話すのが好きだし、得意だから営業職に就く、とする。しかし「人と話す」というのは営業職を成り立たせるうちの部分要素でしかなく、契約を取り付けるまでの様々なスキルや要素が重なり「営業職」というものの全体要素になる。が、それを補うことができなかったり、想像以上の苦難に打ちのめされて「自分はこの職には向いていないんだ」と、全体要素に対してネガティブを抱くと、大好きなはずだった「人と話す」という部分要素さえ自信を失くす可能性がある。


まぁなんというか、そうやって私の数々の「好き」は枯れてしまった。

義務、競争、数字、世間、責任、いろんな現実に削られ、「好き」という尊い感情が自分の中から消えていく感覚は、それはもう残酷だった。でも、2年前の私はその程度の「好き」で生きていこうとしていたのだ。黄身と白身を収める殻もないまま遊びを仕事にできるわけがなかった。

マネージャーが昔言っていたことは、こういうことなんだと、そう思った。


これが私の経験則のお話。


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それからはずっと、「好きではないけど得意」な仕事だけをやってきた。遊んでいる感覚は微塵もないけれど、それでも黄身だけを食べることは、「好き」が消えてしまうことより、全然苦痛じゃなかった。

もしいつか「好き」を仕事に出来たとしても、二度とその気持ちが現実に削られないように、仕事とは全く別の場所で1から努力をすることにした。時間は削られるし、もちろん1円にもならないし。それでもいつかあの卵を実現するためだと思うと、結構頑張れる。し、SNSで近道をしようとせず1から頑張っている時間は、結構楽しかったりする。



「好きなことを仕事にしたいのですが」「好きなことがなくて焦っています」と、こんな私にメッセージが来ることがある。

そもそも私は好きなことを結局仕事にできていないし、うまいことがぜーんぜん言えない。なんてったって今の私は、あの卵とは程遠い、夢追いのまま。

だからメッセージの回答ができるような人間でもないけれど、今の私はたぶん、こう答える。


「誰かが魅せた『好きを仕事に』が美しさだけで出来ているわけでもないし、理想や夢の先は壁ばかりだし、スポットライトが当てられていない挫折が、この世には溢れていると思います。もし、どんな現実に打ちひしがれても好きを仕事にしたいなら、それは自分が見つけられた正解。もし、好きなことがなくても、『嫌いを仕事にしない』が正解にもなりうる。どんだけ泥臭くても、思うようにいかなくても、沢山遠回りと選択を繰り返して、いろんな教えを自分のものにして。そうして自分が一番活きる正解を見つけ出せる人を、美しいと私は思います。」



長いし上から目線だしで既読無視されそうだな。もう少し考えようと思います...。


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