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「エモい」とか「チルい」とか

この記事は、チルアウトクリエイティブアワード2021の審査員としてご依頼いただき、執筆したものです。

本題に入る前に、私の幸せだった日のことを書いておく。
こういうのは残しておかないと、きっと味気のない人間になってしまう。


九月の下旬、その日はまだ少し暑くて、チャリンコのサドルの黒がしっかりと熱を吸収していた。

地面に触れるたび虚しくぺちゃっと潰れるタイヤが、全く地面の衝撃を緩和してくれないもんだから「空気入れないとだわ」と思っていた、気がする。

その頼りないチャリでダイソーとマツキヨをハシゴし、激落ちくんと整腸剤を買った。
キッチン周りと腸内環境は、これでしばらく心配ないね。

よし、二歩進んだ。

それならこのまま今日は「いい日」にしてしまおう。そう思ったのか、視線はいつの間にかタイヤに移っていた。



遠回りした道の先の、小さなチャリ屋。空気入れに手こずっていた私を見かねて出てきたおっちゃんの一言目は、
「これ、錆びすぎ。」
ですよねえ。空気もなかなか入れるタイミングがなくて。
「だいぶほっといたろ?」
無愛想に話すおっちゃんが奥から錆止めスプレーを持ってきて、各所にプシュプシュしまくる。
「こんまんま乗ってたらパンクすっからな、頻繁に空気入れおいでよ」

店に戻っていく後ろ姿に、無料で色々やってもらえたことの感謝と少々の焦りが混じった「すんませんどうもでした!」を声量大きめで店の奥に届ける。


あまりに漕ぎやすくなったチャリに体重を任せ昼過ぎの風を浴びると、どこでも行けそうな気さえしてくるのだ。
にしても、あれは無料でよかったのか?消えそうにない少しの申し訳なさを、次のチャリはあそこで買おう、と決意することで打ち消した。今日はいい日にしたいからな。


たくましくなったタイヤを見て、手持ちのポケモンがレベルアップしたような気持ちになる。

そういえば、行ってみたかった台湾料理店があるんだ。徒歩20分かかる、一人では入りにくい、地元の知る人ぞ知る裏道のお店。

今日しかないな。このチャリなら、今日の私なら行けるぞ。
いつも避けていた、勝負を仕掛けてくるであろうポケモントレーナーのいる道を進む勇気が、今日はある。なんせポケモンがレベルアップしたのだ。

夕方の国道沿いの風は綺麗ではないが、スイスイ動くチャリが生んだ向かい風はなんとも爽快である。


店は満席だった。小娘が店の端で待っているのを新聞越しに不思議そうに見るおじさんの視線も、「私はこの日を最高にする権利がある。ここの酸辣湯麺を食わないといけないんだ」という強い意思だけでどうやら耐えられるらしい。

手の込んでないメニューに惹かれ、魯肉飯まで注文してもペロリと平らげてしまう自分の胃と料理の美味さに感謝しかない。覚えの悪い舌のおかげで大体を美味いと認識する私でもわかる、確実に「超ベリー美味い」飯だった。

勢いで2リットルペットボトルごと来てしまうお冷の雑さでさえも、今日といういい日に磨きをかけた。

年齢に見合わない爪楊枝を咥えて、帰りは自転車を押してみる。
急ぐ理由がない、急がない理由がある。

夜の港町、橋の真ん中。消えては点いてを繰り返す街灯の下にあぐらをかき、図体のデカい飼い犬の腹を撫でながら考えていた。
手はもう犬の匂いとヨダレの闘技場と化しているが、ふと考え事をしだしたらそんなことも気にならなくなる。


もしかしたら、私、今日。マジで誰よりも幸せな人間だったんじゃあないか。


いや、幸せというのを「事象」で捉えると、敵わん。きっと宝くじ数億当たったとか、事業が成功したとか、そういうのには敵わんよ。

でも、幸せというのを「状態」として捉えた時。
チャリ屋のサービスと、うまい飯にペットボトルで来るお冷、デカいワンコだけで「最高にいい日である」と認識できるこの精神状態こそが、一番幸せなんじゃないか。


いつかの私が描いた幸せは、いわゆる海賊王のようで。財産、権力、名声!みたいな。そんな陳腐な野望は数年かけて一個ずつ、ゆっくり消えていった。当時なら、ペットボトルで来るお冷には見向きもしなかっただろうな。


「幸せって何?」みたいな哲学はよくあるが、個人的な定義をしてみる。
デカペットボトルを横目に丼二つ構えて「あ、今幸せだ」と、認識できるほどの心の状態が、幸せそのものであって。
決して、お冷と丼2つを構えていること、それ自体を幸せと呼ぶのではない。


これだな。

結論が出てスッキリしたところで、飼い犬が歩きたさそうにしているので、尻についた小石を払い落とし腰を上げた。

いい日だった。

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私はしばしば本題よりも前置きの方が多くなると巷で有名なのですが、今回もそうなりました。すみません。



最近になって新しい造語が出てきた。
それが「エモい」「チルい」のようなものだが、こういった類の造語が一般的に使われ始めると、だいたい賛否両論生まれる。
基本的には語彙の欠如的な観点なのだけど、「わかりやすく」が好まれる時代にはマッチしているのが現実だ。

わかりやすい面白さ、思考せずとも理解できる、時間をかけず見られる、のようなものが好まれ蔓延る時代に苦言を呈す人も多くいる。かくいう私もその一人だが、そんな私なりになぜそういった時代になったのかを考えてみた。

情報の伝達機能が成長しすぎた世のトレンドが、あまりにも早く移り変わり、消えては生まれを繰り返しているからだと考えた。
その中で、ついていけないことが疎外感を覚える根源となり、とんでもない情報量と内容を自分のものにするために「わかりやすさ」というものが歓迎され始めたのかもしれない。

そしてそのトレンドの中に「エモい」「チルい」が生まれ始めたのも、「わかりやすさ」が関係している、気がする。


切なく悲しい気持ち、過去に馳せる想い、懐かしい気持ち、リラックスした状態、それに準ずるであろう体験そのもの。いろんなものが「エモい」「チルい」の枠内に入っている。
その数ある中のどれかに通ずる感情を、他人と特にすれ違いが起こることなく「エモいね」の一言で簡単に共有ができる。今のトレンドの渦を生きる人間にとって、流行って然るべき造語だと思う。


そうやって流行り始めてきたものは当たり前のようにSNSの中に入り込んでくる。
ハッシュタグのついた「エモい」「チルい」は、SNSに投稿するための表情になった。本来は対象から生まれる情緒的な感情を指すはずだが、その対象の見た目がメインのコンテンツに変わってしまっている。


それもそのはず、画面を介した「エモい」は感情部分など伝わるわけもなく、見た目でしか「エモいか否か」を判断せざるを得ないから。

だって、2リットルのペットボトルと丼二つ、小さなチャリ屋さんの錆止めスプレーを「エモい」って投稿したって、何も伝わらないもんね。

夕暮れのビーチとおしゃれな瓶のビールが写るいい画角を探したり、昔を模した可愛らしいクリームソーダとさくらんぼが乗ったプリンを投稿するほうが、「エモい」世の中なのだから。


私のあの日も、こうやって文字に起こせばなんとなく「エモい」「チルい」として伝わるものになるんだろう。3000文字の時点で、この時代には好まれない形にはなっているが。

私は何度も何度もいろんな場で言ってきているが、画面一つ介すだけで情緒を感じられる大事なものはすでに削ぎ落とされてしまっている。
私のあの日の高揚感と、「エモいなぁ」と感じた数々の景色や匂いは、世の中のトレンドに合わせていくほど、伝わらないものになる。


画面の中の「エモい」とか、「チルい」とか、そういう流行り物を模して行うことがエモいんじゃあないんだよ。

別に夕暮れのビーチで乾杯をしなくても、綺麗な河川でサウナをしなくても、SNSで見栄えが悪くても、手持ちの語彙で表せなくて造語に頼ったっていい。
ただ「エモいな」と声に漏れてしまうその瞬間、そしてそれを感じられる感覚は、尊い。それを忘れてまで、画面の中のトレンドに流されないで欲しいと、本気で思っている。


そして、「今幸せだな」と気づけるほどの心の余白を、何よりも大事にしてほしい。
本来のエモさみたいなものは、必ずそういう場所に居る。


SNSに作り上げられてしまったエモさを、どうかあなたの感情の在るところに戻してあげて。


それが、幸せなんだと思う。



−−−−−−−−−審査員であることを思い出すための筆者用の線−−−−−−−−−−


そんなこんなで、私は自分の中の「エモい」日の匂い、音、見えたもの、感情を気が向いたらこうして文章や動画で遺しているんだけども。


私のそのなんでもない備忘録が、チルアウトクリエイティブアワード2021のメッセージを体現している(!?)ということで、審査員としてお声がけいただきました。恐れ多くて心の臓がギュゥンッッとなります。


CHILL OUT」というのは、「ストレス社会にチルでクリエイティブなライフスタイルを」を掲げるリラクゼーションドリンクで、
クリエイティブアワードは作品を通じて「チルすることの大切さ」に向き合って欲しいというメッセージから始まった企画だそう。

(チルい、チルする、とか、簡易的な言い換えで形容詞にも動詞にもなる上にニュアンスも伝わる、というのが改めて造語はすごいなと...)


ということで、トレンドも見栄えも何も関係ない『あなたの』幸せを、私に見せてください。審査員の好みとか、企業からの見栄えとか、ウケとかそういうの全部どうでもいいので。

作品制作のついでに、「あぁ今幸せだな」って思ってくれれば、私は嬉しいです。


■CCA2021応募について

<応募要項>

■開催日時:2021年10月8日 ~ 11月30日

各SNSでの応募方法など、詳細はこちら
https://butfirstchillout.com/campaign/cca/

・最優秀賞(1名)賞金30万円
・審査員賞(3名)賞金5万円
・チルアウト賞(10名)
上記受賞者様には、チルアウト 30缶セット 、チルアウトオリジナルグッズも贈呈いたします。

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それでは、画面の中からでも溢れ出るような、あなたの感情に出会えることを楽しみにしています。

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