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おむすびころりん(ウサギノヴィッチ)

 夢を見た。
 ヒモをしているときにいた街の外れにある大きな河の土手を歩いていた。実際には、そんなところ歩いた記憶はない。そのときは。それから十年して、別の用事があって土手を歩いた。それは夜だったから、そこから見える景色は真っ暗だった。
 ヒモをしているときは、彼女の実家に転がりこんでいた。つまり、両親公認のヒモだった。今、思うと最低だななんて思う。ただ、お金をたかることはしなかった。自分のお金は自分でなんとかしていた。それは内緒の方法で。その内緒の方法で持っているお金で、パチンコ、競馬、麻雀などのギャンブルをやっていた。彼女は、それに対してなにも言ってこなかった。もしかしたら、なにか両親に言われていたかもしれない。彼女の家にお世話になるきっかけになったのは、精神を病みすぎているから、彼女が自分のそばにいたいと言ったところがある。それの言葉に、100パーセント甘えてヒモまで成り下がったのだった。
 土手を歩いているときは、曇りで今にも雨が降りそうだった。低気圧のせいで起きるのがかったるい、今日は活動できないかも。彼女の母親もそのことに理解してくれたらしく、家にいるとこを許可してくれた。本当は資格の専門学校に行かないと行けないのに、見逃してくれた。所詮は、他人なのかもしれないなとか、人を騙すのなんてチョロいとか思いながら、タバコを片手に土手を歩く。有名な学校ドラマのオープンに使われる土手で、後ろを振り返ると鉄橋があり、そこを電車が通り過ぎる。それも見たことがあるような気がする。土手をダンボールを敷いて滑っていく少年少女たちがいる。子供は元気だな、気圧とかのせいにしないで、よく遊んでられるよなと変な関心をしてしまう。
 一回立ち止まってタバコを飲んでいた缶コーヒーの空き缶に捨てる。缶の中には少しだけ入ってるらしく、傾けると液体が傾けた方に流れていくのがわかる。その状態を空き缶と本当に呼んでいいのかわからないが、ゴミであることには変わらない。それを持っていることがなんかイヤな感じがする。前を向く遥か遠くに人が一人いて、後ろを振り返るとだれもいなかった。土手に缶を寝かせて、手を離す。すると空き缶は坂道をどんどんと加速して転がっていく。土手の下はグラウンドになっていて、サッカーコート二面があった。端っこには小さな公園みたいにジャングルジムとブランコがあった。空き缶が転がって行き着く場所は、何も無い舗装された道だった。空き缶は、カラカラと音を立てているような気がして、等速直線運動でスピードを早めていく。その様子を心をゼロの状態で見ている。ただただ、缶が転がっていく。もし、おむすびころりんのおじいさんだったとしても、なにも思わずに事の成り行きだけを見守っていくだけなのかもしれない。それは、電車で無神経な人間が空き缶を座席の下に置いて、なにかの拍子に倒れ、電車が加速や停止を繰り返す度に車内を転げ回る空き缶を見ている心理状態とも変わらない。
 つまりは、傍観者であって、それとはもう切り離されている状態なのだ。たとえ、それが悪い事態を起こそうが、どうなろうが関係なく、ただ何事もなくその場を立ち去るだけなのだ。空き缶は、もちろんスピードを緩めることなく下まで行き、舗装された道でカンカラカンと音を鳴らしながら通り過ぎ、芝生の茂った所で止まった。
 それを見届けると元来た道を戻り、住んでいる家に戻ろうかと思って歩きだそうと思った。
 すると、さっきは遠くにいた人、着物を着て、日が照ってないのに日傘をさしたおそらく三十代の女性が、すれ違いざまに言った。
「意気地無しね」
 表情は読み取れなかった。ただ、声はハッキリと聞こえた。澄んだ小鳥のような声だった。地面がぐにゃりとねじ曲がったよう気がした。もしかしたら、よろけたのかもしれないと思ったが、足腰はしっかりしていた。立ち止まり、振り返ったときに彼女の黒い日傘と薄紫の着物が妙に印象に残った。これからどこに行くのだろうか。こんな土手を歩いてもショートカットになるように思えなかった。
 ここから面白いところなのだが、歩くのは家とは反対方向だった。彼女のせいで方向感覚を狂わされたのかと思ったが、そうではなく、これは夢だったのだ。それを受け入れて歩き続けた。すると家の前にいつの間にか着いていた。その道中なにがあったのか分からない。その不合理が夢の専売特許なのかもしれない。
「あら、おかえりなさい。どこに行っていたの?」
 お世話になってる彼女のお母さんはリビングでテレビを見ていた。
「土手まで行ってました」
「そんなところまで行ってたの? 遠いのに」
「はい」
 なんとも言えない表情をしながら自分の部屋に戻る。
 部屋にはパソコンが万年床の上に転がっている。それを脇に退けて寝転がった。
『意気地無しね』
 その言葉が引っかかっていた。どういう意味だろう。缶を転がしていたところを見られただけで、そんなことを言われる筋合いがあるのだろうか。彼女になにがわかるというのだろうか。顔がのっぺらぼうのようで気色悪い。
「あー」と声に出す。
 結局、のたうち回っても答えは出ずにタバコを一本吸うことにした。
 そのときわかったような気がしたのがしたのだが、それがタバコの煙のように吐き出して部屋に充満する前に霧散するように消えた。
 ただ、着物を着た女性の顔はモンタージュのようにだれか思い出したような気がした。
 そんな中途半端な夢を見た。

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