2月7日 (巣ごもり31日目) マスクに感謝

今日は「麒麟がくる」の最終回だったはずだ。先週まで、ほとんどの回を試聴してきたけれども、今夜はBS1スペシャルで「謎の感染拡大~新型ウイルスの起源を追う・空白の3週間に何が」を見た。

「謎の感染拡大」の前半は以前、見た気がする。再放送なのかもしれない。後半のレポートにもところどころ記憶に残るシーンがあった。前回、見たときに途中から居眠りしていたのかもしれない。

COVID-19が武漢で観測され始めたのが2019年12月末。最初の患者と言われる人は12月初旬に見つかっている。これが新型肺炎が認知された時点だ。いったん新型肺炎の特徴が捉えられれば、同様の症状の患者が次々に見つかる。

だが、新型肺炎が認識されるまでは、かりに重症な肺炎患者が出たとしてもインフルエンザが重症化したものと診断されたとしても仕方がない。当時はだれも新型肺炎という症例に出会っていなかったのだから。

「もう一年も前のことだから、今さら」と思うところだけれども、科学者たちは保存された下水のサンプルや肺炎患者のサンプルの分析などからCOVID-19がもっと前にきていたことを見つけた。

このあと、番組は各国の思惑と対立、言論統制の被害に会っている市民などが複眼的に描かれていて重みのあるレポートだった。

このなかでぼくが注目したもは、テキサス大学の数理生物学者による武漢での感染拡大のシミュレーションだ。この結果が示すのは12月末には数十人程度だった武漢での感染者数が、わずか一ヶ月のあいだに1万人超という恐るべき感染爆発だ。

一方、この間のSNSに対する中国政府の検閲の証拠などから、新型肺炎に結びつく発言が中国国内で抹消されたことがわかる。武漢とその周辺の住民はこの都市を襲っている脅威を知らされずに日常を送っていた。番組に登場する市民たちは、市民の命を疎かにして事実を隠した上層部を批判していた。

この気の毒な武漢市民の苦しみに目をつぶるって考えてみると、この感染爆発は市民が COVID-19 に無防備に過ごした場合の感染の度合いを示しているということに気づかされる。人口1396万人の東京に対して、武漢は1089万人。ほぼ同規模の都市だ。

COVID-19が日本にやってきてから約1年が経過した。この間、二回の都市封鎖を経験しているが、夏から秋にかけて東京は市民の行動変容によって感染爆発を凌いできた。懸念された鉄道のラッシュもオフィスでのクラスター発生もなんとか乗り切っている。手洗い、マスク、換気、黙、消毒、マスク、巣ごもり、手洗い、マスク。

放置すればとうの昔に火がついたはずのCOVID-19に対して、行動変容でここまで耐えた東京の人々を褒めてあげるべきだ。もちろん、このために多くの犠牲が出ている。商売を諦めた人々、職を失った人々、住むところを失った人々。でも、武漢の人々のように無防備でいたとしたら、東京は地獄だったはずだ。それに比べれば、今の東京はかなりましだ。

COVID-19の危機を迎えて、ぼくらが手にした武器がいくつかある。ぼくの場合は石鹸、マスク、そしてリモートワークだ。リモートワークできたぼくは幸せだ。そうでない人々を守っているのは、石鹸とアルコールとマスクだ。満員電車を利用している人々を守っているのは、マスクだろう。一見、頼りなげな白い布切れに改めて深く感謝したい。

ところで、最近、知ったのだけど、感染防御にガーゼのマスクを使い始めたのはドイツなのだそうだ。そのガーゼは、その原料となる良質の綿花を製造した地域の名前を語源にしているのだそうだ。ガザ。イスラエルの圧力で苦しめられているあの小さな地域がぼくらを守ってくれているマスクの元祖の素材を提供していることを心に留めておきたい。ガザの人々へのCOVID-19の脅威を今もマスクが守ってくれていることを念じたい。

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